先日の伊勢参りの帰りに、東海道「宮の宿」に立ち寄った。旧東海道は多くの川が交通の障害となるが、ここ宮宿と桑名宿は船で渡ることになる。通称『七里の渡し』と呼ばれる。まさにその距離は七里という事らしい。(写真はクリックすると拡大します)
東海道にはこうした渡船場所は天竜川・相模川・多摩(六郷)川にもある。このほか、かの有名な大井川や安部川等、人力に頼る多くの徒渉箇所がある。(『宿場の日本史』宇佐美ミサ子)
江戸幕府は何故橋を架けなかったのは、軍事的・政治的目的という説、或いは、経済的・自然的理由という説が分かれるが、いずれにせよ、江戸徳川体制の前近代性を物語るものだと思う。まあ、今の時代から見ると、緩やかな時間の流れの時代であったことは確かだろう。