かつて、「政・官・財のトライアングル」とか言われていた。よく考えると、マスコミが報道で言うからそう思っていたが、そもそも国民主権の民主制ならば、「政」は国民が担うことによって成り立つ。本当は「官・財・報の協調」なのではないか。
政治の議員を選ぶのは国民の選挙なのだから、国民が賢明であるならば、当然に政治は国民の側に在るはずだ。しかし実際は、政治は国民の側に無い。それを操作したり、邪魔しているのが、官僚であり、財界であり、報道ではないのか。
南京が落ちてないのに、「祝・敵首都南京陥落」と新聞の一面を飾ったそうだ。ポツダム宣言を「黙殺」と見出しを打ったのも新聞だ。
近頃「統一教会解散」を報道せず、「WBC騒ぎ」で時間稼ぎ、「放送法」も「高市の捏造発言」に矮小化している。またメディアは戦前からの来た道を後戻りしているようだ。
でも「放送法」の問題が顕在化したから、羽鳥モーニングショーに玉川さんが戻ってきたのかもしれないが、…。
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