2008年1月1日 天皇一家
2008年1月1日 参内する雅子妃。しかし、新年祝賀の儀には出ず
2008年1月2日 新年一般参賀
2008年1月2日 参内する愛子内親王と悠仁親王
サンデー毎日2008年1月20日
「超多忙日程が示す雅子さまの「4月完全復帰」
週刊ポスト 2008年1月20日号
「全国民必読「平成日本」と皇室:ヒゲの殿下寛仁親王「皇太子殿下への御手紙」「皇族の在り方」から「8回目の手術で落ちた体力」まで熱論4時間」
竹田 お2人が偶然お会いになって、どのようなお話をされたのでしょう。
殿下 雅子様も私が宮内庁病院に入院していることをご存知だから、すぐ車から飛びおりてきてくださり、「お身体の調子はどうなの?」と、いつもと変わらずにおっしゃいまして、それで私は「いや、もう歩くのが苦しくてたまりません」とお返事しました。そういうことが2回ありましたけど、私がお目にかかっている限り、どこもおかしいところをかんじませんね。
竹田 貴重なお話だと思います。それ以外にも妃殿下とお話しになる機械はございますか?
殿下 紀宮様のご結婚式のときも、雅子様はわざわざ私の隣にいらっしゃって、そのときも私は入退院を繰り返していたので「お身体はどうなの?」とおっしゃるから「いや、もういろんな難しい問題がございまして、私の身体はもうよれよれでございます」とか申し上げました。
先日も皇室会議の議員の選挙で皇族が宮殿薔薇の間に集まったときに、たまたま雅子様の横に私が座っていたので、雅子様のほうから「その後トレーニングはなさっているの?」とおっしゃいましたので、私は「もう参っていまして、相変わらずつんのめってしまいます」などといつものペースで話したわけです。すると雅子様もそのペースで話してくださるから、横で聞いていた娘の瑤子が「おとーまとは全く普通にお話しになるじゃないの」と言っていました。
週刊文春2008年1月17日号
「雅子さま三ツ星レストランロォジェ「深夜の饗宴」を許した東宮職の見識」
雅子さま三つ星レストランロオジエ「深夜の饗宴」を許した東宮職の「見識」
その宴は深夜0時を回っても続いていた。恵比寿のイルミネーション、ミッドタウン、イブは小和田家と晩餐…「遊び過ぎ」。改めて問われる皇族のあり方──
女性セブン2008年1月17日・24日号
「笑顔のお出かけショッピングにオペレッタを楽しまれ愛子様ママにおねだり銀座・青山の満喫の冬休み」
週刊現代 2008年1月26日号
「満身創痍の皇室の中で雅子妃だけ「お休み」の不安~三ツ星やイルミネーション見物に行けても新年一般参賀は3出4欠」
週刊女性2008年1月29日号
「雅子さま。リフレッシュなのか?ご回復の証明なのか?高級レストラン通いで生じる新たな心配」
女性自身2008年1月29日号
「雅子さま実父が動いた!「愛子さまと五輪へ」娘への思いやり」
2008年1月15日 両陛下との夕食会へ
週刊朝日2008年2月3日号
「美智子さまのご病気雅子さまの「お歌」」
近年の雅子妃の「歌」は愛子内親王ばかり題材にしている
平成8年「もろ手もちひたすら花の苗植うる知恵おそき子らまなこかがやく」に対し、東宮職は発表について躊躇したが、公務についての歌だからと雅子妃のたっての願いで発表
令和2年の「災いを~~」も「たっての願い」なんですかね・・・東宮職は反対しなかったのでしょうか。
週刊文春 2008年1月31日号
「雅子さまと小和田夫妻「元旦おせち事件」
新年祝賀の儀。雅子妃は皇太子を残して東宮御所に帰った。
その時、小和田夫妻と池田礼子一家が東宮御所を訪れていた。
体調の為に東宮御所に帰って来た筈なのに親族とおせち料理を囲んでいた。その頃、東宮は御所で祝賀行事に参加していたのに配慮がなさすぎるのではないか。
親族には大膳課が用意したおせちがふるまわれた。
朝早くから東宮御所に入り浸っておせち料理を食べたりお酒を飲んだりしていたって事ですよね。
2008年1月25日 長野県行啓
到着時は白コート。そしてダウンに着替える
夫妻が新幹線の中で食べたとんかつ弁当
小布施の北斎館鑑賞
栗の小径散策
2008年1月26日 国体の開会式出席
でも、フィギュアスケートはドタキャン。
帰京時は元気