よし坊のあっちこっち

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よど号事件の罪

2009年01月15日 | いろいろ
最近、北朝鮮から最後のよど号事件関係者の子供が日本へ帰国したという記事が出た。事件が1970年だから、およそ39年が経ったが、この罪作りな事件は被害者側に未だに解決の糸口が見つからない「拉致被害」というとてつもなく大きな問題として残ってしまっているのは、辛い話だ。

事件は、日本では滅多に無いハイジャック事件である事と、一般の人質との交換で人質となった、「男、山村新治郎」くらいが記憶に残り、それも時間と共に薄れていったが、例の拉致問題がクローズアップされるに従い、その根っこは「よど号」事件と係わり合いがあるという事が明るみに出てきたから驚きではある。それだけ「よど号」事件は罪深い事件だ。

とんでもない国で身動きが取れなくなった田宮某ら犯罪者集団は、それまでの主義主張を捨て、「ご主人様」であるキム・イルソンに忠誠を誓ったらしいが、今後の闘争において、まず必要なのは妻としての同士だと? それも同じ日本人の女が欲しいってことだ。ふざけるなと言いたい。ま、日本にいる自分の恋人を呼び寄せるのは勝手にしろ、だ。ところが北朝鮮が日本人拉致の為に彼らを利用しそして、ヨーロッパを舞台にそれを実行していったとなると、話は別だ。これが、北朝鮮による あまたの拉致の始まりと考えると、この「よど号」事件とその関係者達は相当罪作りな犯罪者だ。

連中も身体が老い、未だ生き残っている者達は望郷の念に駆られているらしいが、連中にはあの国で土になるという、不本意な最期がふさわしい。だいいち、自分で罪を認めて帰ろうにも、北朝鮮が放すまい。彼らも拉致されているようなもんで、自業自得だ。以前、タイあたりで捕まった田中義三なんかは、海外活動を利用して外に出、早く捕まえてくれと待っていたのかも知れない。よくぞ捕まえてくれたと内心感謝しているかも知れない。

思えば、安保反対から、新宿騒乱事件、そして全共闘に代表される学生運動も東大安田講堂の攻防で実質的に終焉を迎えた。この「よど号」事件が起きたのが翌年で、これを境に国内では日本赤軍による浅間山荘事件、連合赤軍リンチ事件へとつながっていくのだから、「よど号」事件は彼らの最終章の序奏とも言える。それだけコーナーに追い詰められていたと言う事だろう。それにしても、「拉致問題」を作ってしまったのは返す返すも残念の一言。