ツツジ。一つの苞に3つの花が含まれている。
保護者会の会長が小学生を殺害したことが大きなニュースになっている。
殺害云々については私の言うべきことはないが、取り上げたいのは、保護者会という訳のわからない集まり。事件と保護者会の仕組みに何か関わり合いがなかったのか、私にはすごく気にかかるのである。
保護者会というのは本来はPTAだろう。では、PTAと保護者会とはどう違うのか。報道メディアでこれをきちんと説明しているところはない。
yahoo知恵袋で調べてみると、PTAと保護者会の違いについて尋ねた投稿に対して次のような回答を載せている記事があった。
「保護者会と一般のPTAとの違いは、教員が参加していないことと連合PTAに加盟していないことの二つだと思います。
「過去、PTAの方が大変で役員のなり手がなく、保護者会になった」という経緯を読むと、連合PTAから脱退するための名称変更だように思います。
連合PTAに加盟すると、役員は、連合PTAの総会・役員会・研修会などに参加しなければなりません。また、一般の委員も、それぞれの委員会の研修に駆り出されこともあるのです。(例。広報委員が編集のプロを講師とした広報委員研修会に出席・・・)
この負担がばかにならないのです。」
つまり通常の活動はPTAと同じなのだが、PTAにすると上部組織に加盟し各種の負担を負うということだ。PTAの場合、さらに地域青少年のための育成会とか、各種の活動が加わっている。子供の保護の名目で、行政の末端までの役割を受け持っているみたいなのだ。
教育は、国家とか宗教とかの制約から独立して、教師と父兄が共同して行うものであり、その運営をつかさどるのが地域の教育委員会である、という戦後のアメリカ流教育理念で結成されたのが、PTAである。それは当時の理想であった。結果として生徒に対する教師の横暴がなくなった。
だがそのPTAは、時代の変遷の中で、今日では父兄に様々な負担を強いる教育行政の網目に組み込まれてしまったのである。
保護者会というのは、そうした網目からのがれた、いわば任意の団体ということになる。本来のPTAであれば、各学年から役員が選出され、教師と連携しながら、学級を経営していくことになる。しかし、保護者会は教師との連携は薄い。役員の選出も満足な手順を経ているとは思われず、会長等、特定の人の善意の活動に依存しているのである。そういう人に、見守りなどと子供達を任せているのである。
役員になる人は子供のことに熱心だし、みんなから信頼されているのだろう。しかし、考えてもみよ。PTAの活動は負担が重いから受ける人がいないのだ。そんな任務を進んで受ける人というのはどういう人なのだ。
おそらく今回の事件に限らず、保護者会がかかわる様々な問題事が起きているのだと、私には思える。【彬】