毎日がしあわせ日和

ほんとうの自分に戻れば戻るほど 毎日がしあわせ日和

続 ・ 映画「インセプション」考

2013年12月17日 11時52分56秒 | 大好きな本・映画・ほか


え~っと、今回もまた 盛大にネタばれしておりますので、ご注意下さいませ <(_ _)>











* * * * * * * * * *

















「インセプション」って、辞書的には「始まり、開始、発端」みたいな意味らしいけれど、この映画では 「エクストラクト(アイデアの抜き取り)」の反対で 「アイデアの植え付け」を指すんですね。

サイトー(渡辺謙)が 報酬プラス コブの犯罪歴の抹消 と引き換えに依頼したのは、ライバル会社の社長の息子で 近々父の跡を継ぐことになるロバート・フィッシャー(キリアン・マーフィ)に、父の会社を進んで潰すようなアイデアを植え付けて欲しい、というもの。

「インセプション」は 「エクストラクト」よりもはるかに危険で難しいらしく、サイトーやアリアドネ(エレン・ペイジ)との会話や 仲間内の作戦会議などで、植え付けに際してのポイントや注意点などがあれこれ語られます。


・人は常に なぜそのアイデアを思いついたか探ろうとする。それが他人の考えであるということをごまかすのは不可能だ。

・(植え付ける)深さだけの問題じゃない。ターゲットの心に定着させるには、シンプルじゃなければダメだ。

・ターゲットの先入観が 成功の鍵だ。

・夢の第一階層で (ターゲットと親しい人物に扮して)ターゲットにある概念を抱かせる。
 すると、より深い層へ潜っても、今度は意識の中のその人物が、それを伝え続け、植え付けるアイデアに導く。
 だが、本人は 自分でそのアイデアにたどりついたと思うんだ。

・潜在意識は感情に左右されやすい。理性ではなく 感情に訴えるような動機付けを考えるんだ。

・ネガティブな感情より ポジティブなほうが いい結果を生む。

・アイデアはウイルスみたいだ。しぶとくて感染力が強い。小さな種が大きくなり、人に道を示すか 破壊するかだ。


こういう言葉をせっせとメモしながら 何度も繰り返し鑑賞するうちに、ふとひらめくものがありました。


人は、生まれてすぐ、いや、お母さんのお腹にいるときからでも、周囲の大人(多くは親)の偏った思い込みを それと氣づかぬうちに刷り込まれ ずっと抱えて生きていくことになる。

これも、一種のインセプションと言えるんじゃない?

知らないうちに植え付けられて、それを自分の考えだと思い込んで ず~っと影響され続けるんだもの。



またもや起こったインスピレーションにわくわくしながら、映画で語られたインセプション成功の条件と照らし合わせてみるうちに、はたと氣づきました。

子どものころの刷り込みは 脳の神経回路の配線が未完成のうちに行われるから、無条件に取り込まれ がっちり根付いてしまうと聞いていたけど、インセプションと思って見てみると、意外と不完全なところもあるんだなぁ。

たしかに 愛されたいという先入観があるところに働きかけてくるし、感情に訴えかけもする。

最初は親など 自分ではない者の考えだけれど、いったん入り込むと 自分自身の考えだと思い込むようになるし、小さな種を長年に渡って育て続け、生き方を左右されることにもなる。

だけど、明らかに他人の考えだから、その出所に氣づけば 切り離すこともできるし、自分を幸せにしない思い込みは当然ネガティブだから、これも植え付けにはマイナス条件のはず。



そうか。

「脳が未完成のうちに入り込んだ情報は根深い」っていうのは 単なる知識だけれど、私はそれを「だから容易には外せない」という思い込みに変えてしまい、ずっと影響されてきたんだ。

たしかにてこずりはしたけれど、決して不可能なことではないし、現にその大半からこうして自由になれているじゃないか。





もしかしたら、これもそんなふうに意図して仕掛けられていたんじゃ?

なにもせずに放っておいても外れるほどやわに植え込まれてはいないが、あきらめずに取り組んで からくりに氣づき 外すコツさえ掴めば 十分クリアできるっていう 絶妙なさじ加減になるように Σ( ̄□ ̄;)

うわ~



面白半分のお遊びのつもりが、いつの間にかほんものの氣づきに変っていました。

こうなってみると、映画の中の謎解きよりも、映画に絡めた実際の人生の謎解きのほうが はるかに面白い!



がぜん興味が増し、相変わらずDVDを見続けるのと並行して いろいろなサイトでこの映画について調べてみたら。



こんな記事 を見つけました。



「ラストシーンで最も大事なのは、コブがコマを見ていないという点だ。コブはあのとき自分の子どもたちを見ていた。彼はコマを捨てたんだ。それこそが、あの場面において最も大事なことなんだよ」



そうだ。

大事なのは、夢の中か外か、ということじゃない。

大事なのは、幸せかどうか、ということだ。



私たちは、とにもかくにも この人生を生き続ける限り、三次元世界という夢の世界に身を置くわけだ。

その夢の中で、夢を現実と思い込み コントロールする力を失ったまま翻弄され続けるか、夢とわかった上で 幸せに生きられる世界を 自分の手で意図的に創ってゆくか、大切なのは その選択だ。

放っておいても、いずれ夢の時間は終わり、目が覚める。

それまでの人生を、悪夢になすすべもなくうなされ続けて過ごすか、思い通りの世界を創り 楽しく過ごすか。

この世界が 手のつけようもないほどひどいところに思えることもあるけれど、それでも自分の手に舵を取り戻して 自分の意思で人生を創り続けていく、それこそが、私たちがわざわざ不自由な身となってまで この世界に生まれ出てやりたかったこと、神々の戯れ・リーラじゃないか。




こう氣づいたときの 満ち足りた思いといったら。。。






「インセプション」を見始めたとき、まさかこんなところに導かれようとは 思いもしませんでした。

クリストファー・ノーラン監督はじめ この映画作りに携わって下さったすべての方々に、そしてこの映画に出会えたことに、心から感謝します。


そして、ここまでお読み下さった方々も・・・ありがとうございました。