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落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

首飾りの呪い

2005年07月24日 | movie
『銀飾』
舞台は1930年代、四川省西都。大家明徳府の主人呂氏は江陽県の知事だがその長男道景(王同輝ワン・トンホォイ)には女装癖があり、結婚して7年になる妻碧蘭(孟尭モン・イァオ)とは初夜以来まったくの没交渉。堪えかねた碧蘭は意趣返しのつもりで若い銀職人の少恒(谷洋グ・ヤン)と不倫関係を結ぶが、やがてそれは夫の知るところとなり、自ずから姑や舅にも露見し、体面のため互いに無関心を装う大家庭の裏で当事者だけが知らない報復の悲劇が始まる。
※現段階で今作品の日本公開は予定されていませんが、ネタバレ部分が伏せ字となっております。ご了承の上お読み下さい。

コスチュームプレイで不倫で悲恋。文芸メロドラマ。大時代だ。そして大味だ。
割りと面白かったよ。うん。大絶賛は出来ないけどね。けどタクシーで観に行くほどの映画だったか?と問われれば、正直なところ答えは「ノー」です。
ただこれは純粋に好みの分かれるところで、中には「素晴しい!」と云ってる観客の方もおられたので、単にぐりがハイビジョン(以下HD)映像のテイストが好きじゃないってだけの問題かもしれない。HD映画のイベントに行っといて云うことじゃないですけど。
ぐりは映像に関わる仕事をしていてHD映像の限界を知っているし、むしろフィルム質感フェチだったりするとこもあるので、HDのハイコントラストで見えたくないものまでくっきりはっきり映っちゃう画づらをどうしても「美しい」とは感じられない。たとえばこの作品では銀の装飾品が重要なモチーフとしてたくさん登場するけど、その銀細工の繊細華麗な美しさなんかはHDで捉えきれてるとは思えない。なんとなくチープに見える。
最近は日本でもHD撮影の映画が増えて来てるけど、日本の場合は撮影時の処理で微妙にフィルムに似せた画質に加工するのでここまでデジタル臭い画面にはならない。どうもこの『銀飾』ではそういう処理は全くやってなかったみたいです。
うんちく以上。

これは原作が小説らしいんだけど、HD撮影のせいもあってすっごいTVっぽい。ドラマっぽいです。
まず状況が分かりにくい。時代設定とか場所、時間経過が全然分からなかったです(上記の説明は上映後のティーチインで初めて知った)。これはもしかすると中国人には簡単に分かるのかもしれないけど、我々外国人にはせいぜい「民国時代か?」ってことくらいしか分からない。ちょっと不親切だと思った。
もうひとつ意地悪な見方をすれば、監督は原作と設定を変えて舞台を西都にしたと云ってたけど、西都を舞台にした大家族文学と云えばやはりここんとこドラマ化問題で話題になってた巴金の『家』シリーズを連想する。それを意識しての改変だったのでは?
その反面で説明的・概念的なシーンや台詞が異様に多いし、音楽がくさくていちーち大仰。橋田寿賀子ドラマかっつの。大仰と云えばコレ全編アフレコなんだけど、声の芝居も効果音もやたら大袈裟。アニメっぽいです。
その上画面転換のリズムがぬるくて、観てて途中かなり退屈しました。

ところがー。
最初家庭への恨みを晴らすために身分の卑しい男との不倫に走った碧蘭が、少恒の純真さに触れるうち本当の愛に溺れるようになり、それを知った夫との取引の上ふたりの関係を黙認してもらうようになった後が面白かった。
それこそ坂を転がる小石のように転落していくヒロインと恋人。だが本人たちはそのことにまるで気づいていない。ふたりがあまりに純粋すぎるからだ。彼らはひとを疑うということをまったく知らない、子どものように無防備な心の持ち主なのだ。
本人たちが気づかなくても、復讐劇の幕は既に上がってしまっている。それを止めることは誰にも出来ない。観ている方はやりきれない。ああなんで、なんで気づかんの?とやきもきしているうちにどんどん話が展開していってしまう。
だからねー、前半の碧蘭と少恒のラブラブシーンのリフレインとかいらなかったと思うよ。だって本来この話のテーマは愛じゃなくて大家族の家父長制の不毛さ、不条理なんだからさ。大体尺も長過ぎる。こんな話で115分もいらん。90分ありゃ充分です。
えっちシーンも全然セクシーじゃないのにしつこいしー。かと思えば肝心な箇所は当局の指導でカットされちゃってるし(監督は悲しくてこの編集バージョンは観ていないそうだ)。

もっとすっきりめりはりのある構成にして、全体的に人物描写に細かく気を使えば、全然いい映画になったと思うんだけど。
最も不満なのは夫道景の人物造形。たぶんこのヒト今で云う性同一性障害だと思うんだけど、その苦悩や変態ぶりの描き方が中途半端っつーかやっつけ?共産主義中国の映画じゃこれが限界なの〜?みたいなお粗末さ。物語の一方の主人公はこの夫なのに、めっちゃおざなりっす。本人こんなに一生懸命演じてる(メイン3人の中ではこの王同輝がいちばん演技が上手いと思う)のに、完成形がこのていたらくではあまりに可哀想。そこをもっと丁寧に表現すれば作品の世界観がもっと豊かになった筈なのに。
彼自身の描写が乱暴すぎるために、碧蘭の葬儀での「明徳府が碧蘭を殺したんだ」という叫びにも、それをゆーなら最初から女とやれないのに親の命じるままに結婚したあんたに責任はないのけ?とか思っちゃう。
逆にヒロイン碧蘭役の孟尭は全然まだまだでした。大根。ふつーのセクシーアイドル。初めの欲求不満な貴婦人の感じはなかなかよく出てたけど、途中どこで少恒に本気になったのかが分かりにくかったです。夫との間の感情の変化もいまいち表現しきれてなかった。
ラストシーンも蛇足としか云いようがない。あんなラストにするくらいなら、その後十数年をすっとばして日中戦争や国共内戦で崩壊した明徳府でも映しとけば良かったのに。

あげつらえばいろいろいろいろ不満はある。監督の黄建中(ホアン・ジエンジョン)は45年も映画に携わってるらしいけど、45年やっちゃってるからこその古くささがどうしようもなく鼻につきました。
ストーリーそのものはたいへん面白いので、余計に残念。
あと男性メインふたりの手がとっても綺麗だったのがすごく印象に残りました。たぶんたまたまだと思うんだけど、王同輝も谷洋も指が長くてまさに白魚のよーな手をしてて、そこをもっとちゃんと撮ればもっと官能的な映像になるのに・・・と思った。
もし万一日本で一般公開されてノーカットのキネコバージョンが上映されるとすれば、もっかい観てもいっかなーと思います。