神聖天皇主権大日本帝国政府の大蔵省管理局が敗戦後まもなく編纂を開始し、1947(昭和22年)12月に完成させた調査報告書に『日本人の海外活動に関する歴史的調査』なるものが存在する。このようなものを作った理由は報告書によると、「連合国に対する賠償」問題などに備えるためであるとする。「海外活動」の内容は、経済が中心で、その「海外活動の性格」については、「これらは侵略とか、掠奪とかいう言葉で、一列に言ってのけられる取引の結果ではなく、日本及び日本人の在外財産は、原則としては、多年の正常な経済活動の成果であった。(略)これは連合国に対する弁解という意図からでは勿論なく、吾々の子孫に残す教訓であり(略)。日本及び日本人の在外財産の生成過程は、言わるるような帝国主義的発展史ではなく、国家或は民族の侵略史でもない。日本人の海外活動は、日本人固有の経済行為であり、商取引であり、文化活動であった。」などとし、日本人の海外活動は侵略ではなく、あくまで正当なものであり、賠償要求の対象となるものではないと主張するものとみなす事ができるもので、また敗戦直後の政府及び為政者の見解であったという事も表しているといえるものである。
「朝鮮編」は全35冊のうち第2冊から第11冊までの計10冊である。朝鮮統治の最高方針は「同化政策」「一視同仁政策」であったとして礼賛し、「内鮮一体を具体化する為の歴代総督の諸政策は、統治者の意図に於て革新的な同化政策と言うを憚らない。蓋し民度低き後進者たる朝鮮人を内地人のレベルに迄引き上げ、内鮮人を全く平等にし、内地人の優越的差別待遇又は感情を絶滅せんとの崇高な目的を以て計画推進されたと言う面から見る場合、進歩的であり、革新的であり、又民主的である事は、異民族統治史上その類を見ないというも過言ではあるまい。(略)日本の一視同仁政策は決して洗練された植民政策ではなかったが、その根本においては、日本の朝鮮統治という枠内において所謂植民地体制を止揚せんとした革新的、民主的性格を有っていたという事ができ、その意味において世界植民地史上一つの特異な型を代表するものといってよいであろう」とする。そして、同化政策=一視同仁政策とは、「究極の目標は朝鮮の四国九州化である」とし、朝鮮を抹殺して一切を日本に吸収する事とする。
上記の政策を実施した理由については、「朝鮮統治の如斯き根本方針は、過去数千年に亙る日韓交渉の歴史、併合に至る経緯、並びに日本と朝鮮とが地理的に近接すると言う客観的事情に由来する事の外、日鮮両民族が祖先を共にしその発生の根源を同じくするのみならず、永き歴史の経過に於て血族相混淆せる史実の徴すべきもの歴然たり。両民族が人種的にも将又民族的にも極めて近く、もともと血を同じうせるものなるを以て遂に混然一体となる可能性あり、との歴史上の信念に由来するものである」との日鮮同祖論に基づいている。この論は「皇国史観」と不可分の関係で、その核となっている『日本書紀』の朝鮮観が大日本帝国政府の朝鮮支配の支配原理に再編されたという事である。そして、「日本の朝鮮に対する関係は、普通の植民地なる観念を以ては律し得べからざるものであり、日本は所謂植民地支配、則ち彼は搾取の対象であり、本国及び本国人の利益の為に統治され支配さるるものなりとの意向を以て彼に臨むべきに非ずとなしたのである」とする。そして統治の実態の内容について、統治の実績を誇示し、日本の統治期間中に、朝鮮がいかに成長したか、統治の効果がいかに大きかったか、という成果を示し、根本方針は正しく、実際の統治内容も立派であったとする。
「皇民化運動」についてはある程度の誤りを認めて、「一視同仁の皇恩が等しく朝鮮人に及ぶという意味においては誤りではなかったが、朝鮮民族たる事を止め心底から大和民族になる事ができると考えたのはあまりにも性急なる要求であった」とする。しかし、大和民族になる事ができると考えたのは、朝鮮人の大多数が日華事変(日中戦争)以来日本人との運命共同体たる意識を濃化するに至り愛国心の昂揚顕著なるものがあったからである」とし、朝鮮人の愛国心の昂揚を過大評価したために、皇民化運動の行き過ぎが生まれたとする。
「教育」についても、学校その他の教育施設を誇示して、併合以来短期間に就学率を高めたのは大日本帝国政府の文化的事業であるとする。つまり、大日本帝国政府による朝鮮統治は朝鮮人の生活をあらゆる面で向上させたとする。
このような朝鮮統治礼賛論の根拠は、朝鮮の「停滞論」である。「朝鮮編」第1章「旧来朝鮮社会の政治・経済・社会・文化の性格」では開国前の朝鮮社会について、「李朝五百年間、いつの時代を取り上げてみても、同様の生活様式があり、同様の思考形式が支配し、生産方法の躍進もなく、消費生活の変化もなく、常に同様の非難が繰り返さるるに拘わらず、反省も改革も行われなかった。常に両班は支配し常民は屈服し、常に朱子学は金科玉条であり、常に原始的農業が行われ、常に国民は最低限の生活に満足させられた。かかる酔生夢死的時間の経過を包括的象徴的にそのように名づけるのである」とし、大日本帝国政府による統治により朝鮮が発展したとして統治を美化し正当化する。
この「停滞論」については、日韓国交正常化予備交渉において、日本側全権久保田貫一郎が、上記と同趣旨の「日本の朝鮮統治は恩恵を与えた」発言をした事から韓国側が重大問題視し、交渉が中断する事態を引き起こした。
(2022年2月25日投稿)