■You Must Believe In Spring / Bill Evans (Warner Bros.)
おそらくはビル・エバンスでは最高の人気盤にして、ピアノトリオ盤の大傑作! しかし驚いたことには、なんとビル・エバンスの死後、1年ほど後に発売されたという追悼盤にもなっています。
実際、1982年当時の我が国ジャズ喫茶は下降線でしたから、混み合うこともない暗い店内に、この淡い色彩のジャケットが飾られ、耽美の極北というピアノ演奏が流れる空間は、今でも忘れられない味わいがありました。
そうです、このアルバムこそが、ある意味ではビル・エバンスが目指した到達点だったのかもしれません。
録音は1977年8月22~25日、メンバーはビル・エバンス(p)、エディ・ゴメス(b)、エリオット・ジクムンド(ds) という当時のレギュラートリオで、しかもワーナーへ移籍後の初セッションだったと言われています。
A-1 B Minor Walts
ビル・エバンスのオリジナルで、自身の美しいアドリブフレーズだけを抽出して書かれたような魅惑のメロディ、そして全てが華麗にして耽美な即興演奏の極致という演奏です。
ゆるやかなテンポは、まさにビル・エバンスが十八番の世界てあり、これを完璧に表現できるのも、またビル・エバンスしかいないでしょう。
ベースとドラムスも、その意図を完全に理解した、レギュラートリオならではの纏まりが全くの自然体♪♪~♪ 3分ちょっとの短いトラックですが、アルバム全体のムードを決定づける抜群の露払いになっています。
A-2 You Must Believe In Spring
そして続くのがミッシェル・ルグラン畢生の名曲なんですから、たまりません。 陰鬱にして華麗なメロディの魔術という、ゆったりしたテーマ演奏からビート感を速めたベースソロ、そしてクールなピアノのアドリブへと展開されるあたりは、ビル・エバンスのトリオならではの定石ですが、明らかにマンネリを逆手にとった安心感は流石だと思います。
A-3 Gary's Theme
ビル・エバンスの盟友だったゲイリー・マクファーランドが書いた、なかなか綺麗なメロディの佳曲ですが、このトリオの解釈によって、尚更に耽美な印象が強くなっています。
なにしろビル・エバンスのピアノからは、せつないほどに美しいメロディしか出ないのです。
これって、ほんとうにアドリブ!?
その意味では、些か小賢しいようなエディ・ゴメスのペースワークが、効果的なスパイスになっているのかもしれません。
A-4 We Will Meet Again (For Harry)
ビル・エバンスの実兄で、音楽家のハリーに捧げられたスタンダード曲の名演です。
ゆるやかに原曲メロディをフェイクしていくテーマ部分の美しさ、そしてエディ・ゴメスの躍動的なペースソロから再び登場するビル・エバンスのアドリブは、感情の機微や人生の浮き沈みをも表現しているような深みが感じられ、エリオット・ジグムンドの素晴らしいドラミングもあって、数多い同曲のジャズバージョンでは最高級の仕上がりだと思います、
B-1 The Peacocks
B面に入っては、これまた絶句するほどに素晴らしい大名演が続きますが、その最初に聞かれるのがモダンジャズでは隠れ名曲の誉れも高いジミー・ロウルズのオリジナル♪♪~♪ というよりも、丸っきりビル・エバンスが自作したようなムードに変奏されているところに強い印象が残ります。
ジェントルなメロディ展開をクールに表現し、さらにハートウォームな余韻がたまりませんねぇ~~♪ 繊細なピアノタッチを完璧にとらえた録音も最高だと思います。
B-2 Sometime Ago
これは私の大好きな名曲メロディなんですが、このビル・エバンスのバージョンは原曲を活かしつつ、それ以上の美メロが出まくった傑作バージョンになっています。
ビートの芯を失わずに空間を浮遊するようなフェイクを聞かせるテーマ演奏から、既にしてトリオの一体感は抜群ですし、ビル・エバンスの究極の美学が完成されたピアノには、ジャズを好きになって良かった……! という感想しかありません。
エディ・ゴメスの何時もは饒舌なベースソロも、ここではほどよい言葉の選び方で好感が持てますし、メロディ優先主義のビル・エバンスは、やっぱり素敵です。
B-3 Theme Form M*A*S*H
そのあたりが大団円を迎えるのが、この有名映画音楽曲で、このアルバムの中では一番の力強い演奏になっていますが、あくまでもメロディを中心とした潔さが魅力です。
疑似ボサロック調のリズムも心地良く、しかし決して定型ではない変幻自在な躍動感とジャズ的な面白さに満ちていますから、ビル・エバンスも相当にハードな一面を聞かせてくれますが、それはイヤミではありません。
もしかしたら、このアルバムの中では最高に分かり易い演奏かもしれませんね。そして最後の最後であっけなく終ってしまうところが、何故か絶妙に感じられます。もちろんそれは、ビル・エバンスはもう、この世の中にはいないんだぁ……、という感傷が作用しているのですが……。
ということで、実はこの時のセッションには幾つかのアウトテイクも残されているのですが、その中から選び抜いた7曲で構成されたアルバムには、既に述べたように究極の美しき流れが顕著です。
ジャズ喫茶では店によってA面かB面かに人気が分かれていたのも、また事実であるように、耽美華麗で統一されたこの作品にも、アナログ盤ならではの個性が微妙に存在しているのも聞き逃せません。
告白すると発売直後に入手したアナログ盤を聴きまくり、さらにアウトテイク目当てにCDを買って、AB面を一気に聴き通したこともありますが、やはりA面を聴き終えてB面にひっくり返すというアナログ盤LP特有の儀式が、このアルバムにも必要なんじゃなかろうか……? なんて思っています。
ちなみにCDのボーナストラックには「Without A Song」「Freddie Freeloader」「All Of You」という、同日セッションからの3曲が聞かれますが、明らかにオリジナルLPの流れからは異質です。ただし、いずれも出来は最上級なんですから、苦笑いというか……♪
つまりこのアルバムは、プロデュースを担当したトミー・リピューマとビル・エバンスのマネージャーだったヘレン女史の手腕が抜群だったという証でもあります。なにしろトミー・リピューマはソフト&メロウな路線でジョージ・ベンソンを大ブレイクさせ、そのままフュージョンやAORをブームにした仕掛人のひとりですから、このアルバムの統一された耽美感覚はある意味のお洒落です。それゆえにリアルタイムではあまりジャズを聞かない女性にもウケたと言われていますし、当時流行のカフェバーでも御用達♪♪~♪
しかしそれにしても、これが死後に出たというのも意味深です。ここからは全くサイケおやじの妄想なんですが、ビル・エバンス本人は、ここまでやってしまったら最後……。なんて思っていたのかもしれません。
実際、鉄壁のレギュラートリオはこのセッションの直後にメンバーチェンジが行われ、長年の相棒だったエディ・ゴメスが去っていきました。
アガサ・クリスティは自らが生み出した名探偵ポアロの最後の事件を、発表された時期よりもかなり以前に書きあげていたそうですし、ビル・エバンスにしても、このセッション後には若手メンバーを起用して、新しい道のりを歩み始めたのですが……。
そんな現実を思い起こしながら聴くのも味わい深く、また、あまりの人気盤ゆえに様々な反論・反感も承知しておりますが、何も考えずに耽美な世界に浸り切る素晴らしい時間を提供してくれる名盤として、私は素直に好きだと、もう一度、告白しておきます。
寒い季節に聴いても、静謐な気分の中、心に温もりが広がりますよ。春も近い♪♪~♪