■なんとなくなんとなく c/w ブーン・ブーン / ザ・スパイダース(Philips)
現在ほどリーダーの存在と資質について取り沙汰される時期はないでしょう。
それは一番大切な国難対処にあたる様々な復興プロジェクトのあれこれにおいて、そのトップのあまりにもだらしない姿に接する毎日の嘆きであり、また強いリーダーを待望する国民の願いが反映されたものと思います。
いくら有能な人材を集めても、それを統率する中心人物がダメならば、それは烏合の衆に等しく、なにも国家的規模の実例を云々することがなくとも、例えば音楽の世界ならバンドの存在を鑑みれば納得されるでしょう。
そこで本日ご紹介のスパイダースは説明不要、昭和元禄のGSブーム期には大人から子供まで幅広く人気を集めた7人組のトップグループでしたが、そのメンバー各人の多士済々な個性こそが、その要因でした。
まず看板スタアの堺正章(vo) は歌と演技に芸能界保守本流の輝きがあり、また同じ立場の井上順(vo,per) はさらにエンタメ系のムードメーカーとして絶妙のフロントコンビでありました。
そして実質的な音楽面のリーダーが流行に敏感で曲作りにも才気煥発のかまやつひろし(vo,g)! また努力家の井上孝之(vo,g) に加え、日頃は寡黙ながら実力派プレイヤーとして演奏パートの要になっていた大野克夫(key,stg) と加藤允(b) のふたりの存在も含めて、誰一人欠けてもスパイダースの魅力はあれほど発揮出来なかったでしょう。
そしてこのグループをそこへ導き、成功させたのが田辺昭知(ds) の強力なリーダーシップだったと思います。なにしろその初期から所属事務所内に自らのバンドを優先するマネージメント組織=スパイダクションを立ち上げ、これが後の田辺エージェンシーへと発展したことは今や歴史です。
ご存じのとおり、スパイダースは音楽メインの活動以外にも映画やバラエティの世界でトップの人気を得ていましたし、発売するシングル曲にしても、単なるヒット狙いから日本のロックを創造する意気込みに溢れたものまで、よくもまあ、こんなに幅広くやれたもんだと、今更ながら驚くばかりなんですが、リアルタイムではなんとも自然な感じがありました。
例えば本日ご紹介のシングル盤は昭和41(1966)年末に出た1枚で、この前作が同年秋に発売され、スパイダースの大ブレイクに直結した「夕陽が泣いている」だったんですが、それは決して直ぐに売れたわけではなかった印象です。
つまり世間的には「夕陽が泣いている」が流行ったのは同年末から翌年春頃にかけてだったという記憶ですし、もちろんこれがGSブーム爆発の一因だったことは言わずもがなでしょう。
そして実際のライプステージは当然としても、テレビの歌謡番組に出演するスパイダースがこの時期、「夕陽が泣いている」をメインにしつつも、「なんとなくなんとなく」や「太陽の翼」等々の後続発売のシングル曲を同時並行的に披露していたところに違和感がなかったというわけです。
実は後に知ったことなんですが、スパイダースはそうした一般的な人気を集める直前、バンドとして欧州各地へ出向いていたらしく、件の「夕陽が泣いている」がヒットしてからの帰国は、所謂浦島太郎状態に近いものがあったんじゃないでしょうか。
なにしろスパイダースにとって、「夕陽が泣いている」は浜口庫之助という職業作家の手によるベタベタの歌謡曲でしたから、それ以前に出していたシングル曲が、かまやつひろしの書いた意欲的な日本のロックだったことを思えば……。
そこで再び、かまやつひろしが作った、この「なんとんなくなんとなく」は井上順がリードを歌う懐古趣味的なカントリーロック味のホノボノ曲というあたりが、憎いところです。
またB面には、かまやつひろしがロック魂を唸るブルースロックの「ブーン・ブーン」が収められ、これはご存じ、アニマルズのバージョンを意識したカパー物なんですが、メチャメチャにグルーヴィで侮れません。
つまり結果的かもしれませんが、決して二番煎じを直ぐに狙わなかった潔さ!
深読みすれば、「夕陽が泣いている」でお茶の間にも浸透したスパイダースの存在の中で、スタアは堺正章だけではなく、井上順、かまやつひろし、そしてバンドメンバー全員がそうなんですよっ! という意思表示的なシングル盤だったと思います。
既に述べたように、スパイダースは個性的な7人による大所帯でした。それゆえに幅広い音楽性を表現出来たわけですが、おそらくは様々な方向性を模索した企画の中で、それを纏めていたのはリーダーの田辺昭知の力量でしょう。
このあたりは完全なるサイケおやじの妄想かもしれませんが、でなければスパイダースが解散までトップでいられたわけもなく、また後の個人活動や田辺昭知自らが運営する芸能事務所とテレビ製作会社が成功したはずもないではありませんか。
ということで、曲タイトルは成り行きまかせみたいな感じですが、実は意外にも深い思惑が秘められていたような??!? そんな妄想の翼を広げてみるのも、楽しいかと思います。
最後になりましたが、如何にも昭和元禄なイラストを使ったジャケットに散りばめられたメンバーの顔写真というデザインもまた、スパイダースは個性派の集まりという印象を植え付けようとしたのかもしれません。
ただし現実的に考察すれば、前述したようにスパイダースは欧州から帰国したばかりという事で、使えるような素晴らしいグループショットが無かったのかも……?
まあ、それはそれとして、今こそ田辺昭知のような、現実を見ていけるリーダーが現れないもんですかねぇ。
そりゃ~、現総理が「なんとなくなんとなく」を口ずさんでいるような気がするのは、国民の勝手な思い込みでしょうが、なんだかなぁ……。