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憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

「9条」の集客力 へそ曲がり

2008年05月10日 21時09分50秒 | 国内政治・経済・社会問題
★「9条」の集客力★(朝日新聞5/10夕刊「窓」論説委員室から 国分高史)

 3日間でのべ2万2千人。こんなにたくさんの人が集まるとは予想していなかった。4日から千葉の幕張メッセで開かれた「9条世界会議」のことだ。
「武力によらない平和、という9条の考え方を世界に広げたい」。翻訳家の池田香代子さんらの呼びかけに、世界各国から賛同者が集まったイベントだ。
 北アイルランドの平和運動家でノーベル平和賞のマイレッド・マグワイアさんの講演や歌手のUA(ウーア)さんらのライブなど多彩なメニューだった。
 実行委は「初日で4千人ぐらい」と予想していた。だが労組などを通じた宣伝とは別にネットで知ったらしい若者たちが初日だけで1万5千人も押し寄せ、3千人が会場に入りきれなかった。
「9条の交戦権の否認は、世界の多くの人々を勇気づけてきた」。マグワイアさんのこんな言葉に送られた拍手は人気アーティストの熱唱に寄せられる喝采と同じ種類のものだった。
 その3日前。改憲派議員が開いた集会では安倍前首相が「憲法を自分たちで書く決意が、新しい時代を切り開く魂につながる」と声を張り上げていた。
 安倍さんの力みように比べ、幕張に集まった人たちの言葉や振る舞いは、とてもしなやかで自然だった。
 憲法9条は、ふだん国会で取材をしている政治記者の想像以上に広く、深く、若者たちの間に根を張っているのではないか。世界会議の盛況を見て、こんな思いを強くした。
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東海放送人九条の会より    落石

2008年05月10日 20時11分37秒 | 国内政治・経済・社会問題
東海放送人九条の会のブログを見ていたら、
こんな記事がありました。

   
  
イラク戦争開戦以来、自衛隊の募集業務は非常に厳しい事態だと
自衛隊自身が認めています。
自衛官の募集業務は自治体ぐるみで行われています。
愛知県の場合、立て看板が117ヶ所、募集を掲げた懸垂幕や横断幕が6ヶ所、
電光掲示板は5ヶ所、そしてポスターの掲示は538ヶ所もあります。
広報誌への掲載は8回行ったところを筆頭に97%の自治体の広報誌に
募集が掲載されています。

97%の県立高校が自衛隊員募集のポスターを貼り出し、
中学生の職場体験授業として自衛隊艦船の見学が行われています。
とりわけ深刻なのは、適齢者情報の提供を自治体に迫っているという問題です。
住民基本台帳に基づき、15歳から18歳の青年の
氏名、年齢、性別、住所を自衛隊に提供しろということが
上記募集会議で一番強調された中味だったそうです。

既に3自治体で適齢者情報が提供されたと言われています。
また、岐阜県では半分の自治体が、
三重県では93%の自治体が個人情報を自衛隊に提供している
ということも明らかになっています。

詳しくは東海放送人九条の会を見てください。
 
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マルクスの基本命題を振り返る 文科系

2008年05月10日 12時53分47秒 | 国際政治・経済・社会問題(国連を含む)
落石さんの投稿「続、問題の立て方」へのコメントとして本日書いたものを、投稿に格上げします。
もっと簡単なものを書くつもりが、つい長くなってしまったからです。短いものですが、つい真っ向から書いてしまいましたので、率直に討論してみたいです。


マルクス(主義)の基本命題で、歴史的現状に合っていることと、違っていることとを見てみよう。

1 生産力と生産関係、その矛盾を歴史の第1の動因と見る点は、相変わらずその通りだと思う。
グローバリズム資本主義のもの凄い生産力にたいして、私的所有という枠組みが桎梏、発展の障害になっている。つまり、持てる国、個人の膨大な富に対して、持たない国、個人には食物を買う金すらなく、餓死者、その寸前の人々が膨大に生み出されている。しかも、その程度はますます深刻になっている。

例えば、落石さんがここで紹介された中村哲氏の「医者、用水路を拓く」には、こんなことが書いてあった。
1984年にパキスタン、86年にはアフガンへ行って貧民層のハンセン病などの治療を始めたが、病気で死ぬ者は水や食料がない人々だと分かってから、いくつかの診療所経営以外に、井戸掘り、用水路作りを始めた。その規模も半端ではなく、本書で扱っているインダス川最上流部の灌漑用水路は、ジャララバード東方ニングラハル・クナール両州にまたがる13キロというものだし、井戸、水源確保は1000箇所という規模である。01年頃の「水対策事務所」職員だけでも74名という数字があった。これらの人々が現地の食えない人々を雇ったりして、膨大な人海戦術で諸事業を行っているのである。資金は中村医師の背後にある(多分キリスト教会関係に端を発していると思われる)団体が日本で何億という寄付などを募っているのであるが、この団体の力が分かろうというものだ。
食物自給率100%近かったアフガンが、2000年以降には60%を割っていたから、医者どころではなかったということである。原因は、温暖化、干ばつ、砂漠化であった。
つまり、グローバリズム資本主義は「テロ撲滅」なるものにはふんだんに金を使っても、温暖化で食えなくなった人々を当然資本運用の対象とはできないし、見捨てていると断定しても良いだろう。
「資本が有り余っていても、食えない人々をどうしようもない」世の中。いやむしろ、こう語った方がよいだろう。「食えない人々がアフリカ、アジアなどで新たに増えすぎ、先進国でも失業者や低所得者が増えすぎたりして、それと対照的に傍らに大きく貯まり過ぎてふくらんだ資本で何を作っても売れていかなくなった」世の中である。サブプライム破綻で投資場所がなくなったこれらの資本が、食物、石油などを買い占めることによって、貧困国、貧者はさらに困窮していきつつある。

2 国家、政府や「イデオロギー装置」などが、貧者ではなく富者に握られるというのも、おおむね正しいと思う。グローバリズム下の先進国を見ていると、そう思わざるを得ない。
アメリカ政府は産軍複合体に握られていると見えるが、これはマルクスのこの命題を実証するようなものだと思う。
この日本でも、道路特定財源の暫定税率問題をめぐるマスコミの扱いも全く筋を外していて、財界・与党よりだとしか僕には思えない。

3 問題は「労働者が未来を作る」という命題ではないか。レーニンが「帝国主義下の労働者には、労働貴族が現れ、それが変革のじゃまをしている」という次第を説いたが、グローバリズム下では、この程度がはるかに深く、大きいものとなったと思う。
先進国の数少なくなりつつある正規労働者は、非常に恵まれた存在ではないか。また、それ以外の「労働者」にマルクスが期待したような「組織性」が育っているとも思えない。 

4 3に関連して、先進国では「窮乏革命論」のような考え方が全く現実に合わないとも既に実証されたと見て良いのではないか。先進国の膨大な失業者、パート労働者などが、窮乏革命論的なままの左翼政党をこのままで支持し、広げていくとは、これからも思えないからだ。

5 なお、「窮乏革命論」的発想に付随すると思われるレーニン型の戦時共産主義的組織原則、「民主集中制」が今の世に合わないというのも実証されたと思う。中国、北朝鮮などは別として、先進国共産党でこの組織原則を維持している所は希有である。
この組織原則が旧社会主義国を滅ぼしたと述べる政治学者も多いが、正しい分析だと僕は思う。 


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読書感想文~死語累々~   落石

2008年05月10日 09時33分34秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
自然を感じるこころ  ~nature writing入門~ 
 (野田研一 ちくまプリマー新書)

    

nature writing 。
自然の関するノンフィクション形式のエッセイのこと。
19世紀から存在する、この文学形式は、
環境問題が深刻になってから注目を集めるようになった。
環境と人間の問題を、文学の観点から研究する学問
nature writing研究がスタート。
野田さんは、日本での第一人者とのこと。

著者は、十年ほど前、理科系の学生から、
文学は環境問題に何の役にも立たないのでは、という批判を受けた。
たしかに人間の感受性や美意識の表現である文学や芸術は
環境問題の解決に直接貢献することはないかもしれない。
しかし感受性や美意識こそ、私達の「自然観」の根底にあるもの。
私達が自然について何をどう感じているのか。
それを見極めないで自然に対する私達の態度を決定できるのであろうか。

自然は、言語の問題にも深く関わっている。
環境破壊によって、鳥の鳴き声が消え、川の音が消えたら
私達を囲んでいる言葉の森が消失。
これは自然を通じて形作られてきた言語の世界が消えること、
感情や気分を表現する象徴の世界が消滅することでも。

   

桜の木が消滅したら、花見の宴も、桜餅も、いずれは消えていく。
桜に託した歌も、いずれは実感のない空虚な習慣にすぎなくなっていく。

   

21世紀、環境とは何かについて、
自然科学、社会科学、人文科学を
総動員して取り組む必要がある。
文学もまた、そうした研究に取り組む時代に。

自然環境の危機は、文化の危機でもある、
という指摘は重い。
死語が累々という未来は想像したくないな。

    



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グラ、今日の相手  文科系

2008年05月10日 07時24分04秒 | スポーツ
2位グランパスの今日の相手、ヴィッセル神戸を分析してみよう。分析に使う数字はほとんど、Jリーグ公式記録からのものである。

神戸は現在、3勝3敗5分け、得点も失点も16で、得失点差ゼロの11位である。なお、この3勝は全てホームという、はっきり言って、「完全な内弁慶」のチームだ。そして、このうち2勝が、先取点から。また、前半リードでも2勝をあげている。打たれたシュートの本数が多いチームであって、これが18チーム中ワースト3位で168本。40本、つまり名古屋の3分の1ほど多い。

さて、はっきり言って、今のグランパスが負ける要素は少ないチーム、状況だと思う。

まず、闘いの場所が瑞穂だから、アウェイでいまだ未勝利の神戸に勝ち目は少なくなる。マイホームでないと、全く元気が出ないチームなのだろう。
また、ここ3戦未勝利の神戸に対して、前節のグランパスは2位のFC東京を引きずり下ろして3位から入れ替わったばかりだ。彼我のモチベーションにも、大きな差があるのではないか。
現在1位の浦和が今日の川崎戦に破れれば、首位もありうるのである。しかも、今の川崎は3位で、得点が浦和と1点違いの20の2位、シュート数1位(188)、被シュート数の少なさ2位(88)と、きわめて強いチームだ。走り尽くして勝ってきた名古屋に、さらに走り尽くそうというモチベーションが存在するわけである。

同じ「先行逃げ切り型」のチームだが、「先行」の力に大きな差がある。これまで両チーム前半の得点が、名古屋が8点、対する神戸は実に3点しか取っていないのだ。
タックル数とクロス数が多く、シュート決定率が高いという点などでは、よく似たチームと言える。

名古屋の理想的な展開を描いてみたい。当ブログ、今月8日の投稿「グラ、今期の記録から観る」をも、是非参照されたい。
何よりも、前半に点を取ること。
そのためには、両サイドバックとサイドMFの連携によって、右左どちらかのサイドを制する。そこから「名古屋の得点源」と言えるヨンセンにクロスを上げる。前半はとにかく、このクロス数で相手を圧倒することだ。神戸も「クロスのチーム」なのだから、ここで勝てば大きいということである。
なお、神戸のボランチ、キム・ナミルが「相手防御の要」と言えるほどに非常に良い選手なので、要注意である。彼の逆サイドからクロスを上げるのが良いかも知れない。つまり、キム・ナミルが相手右サイドになろうから、こちらも右サイドから攻める。右MF小川と、右サイドバックにはFC東京戦で初めてやったように、バヤリッツァを入れて。

こうして先取点はグランパスのものだ。
これだけで、神戸の闘志は半減する。
あとは、杉本を入れて相手を牽制しつつ、あっさりと逃げ切る。いくらタックルが強い相手でも、杉本の速さがあれば、捕まえることは出来ない。杉本が点を入れるだろう。

なお、玉田が出られるかどうかで、展開はかなり違ってくると申し上げておきたい。得点は少なくとも、彼は、名古屋にとって非常に大切な先発FWなのだと思う。 
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