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「小沢VSマスコミ」、上杉隆の記事  文科系

2010年09月07日 07時29分02秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
「週刊ポスト」9.10日号
平成22年8月30日(月)発売

「官房機密費マスコミ汚染疑惑」も白日の下へ
大炎上!小沢官邸vs記者クラブ「最後の大決戦」
上杉隆(ジャーナリスト) 

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 小沢一郎氏の出馬表明に戦々恐々としているのは、実は菅でも仙谷でもなく、新聞・テレビかもしれない。なぜなら小沢政権の誕生は、記者クラブによる情報支配に終止符を打つことになる可能性が高いからだ。これ小沢VS記者クラブの最終決戦である。

「座して死ぬのを待つよりも」
 小沢氏側近のひとりが漏らした言葉だ。
 仙谷官房長官や枝野幹事長らは、機密費、政党助成金といった全てのカネを握り、小沢グループを干し上げた。現状、カネの面で圧倒的な劣勢に立つ小沢氏がこのまま2年後の代表選まで沈黙を続ければ、グループから多くの離脱者を出すことになりかねない。子分たちを助けるためには、親分が立つしかない。小沢氏の決断の裏には、こうした背景があった。
 米英から禁輸措置や経済封鎖を受けた戦前の日本が、追い込まれて真珠湾攻撃に打って出たことを思い出す。小沢グループにとって、この戦いはまさに「聖戦」となったのだ。換言すれば「窮鼠、猫を噛む」ともいえるが、小沢氏は鼠にしてはあまりに巨大だ。
 私はこの間、小沢氏が8月19日に軽井沢へ行けば、出馬する意思を固めたことになると公言してきた。小沢氏が過去、軽井沢の鳩山邸を訪れたエピソードとして思い出されるのは、03年の民由合併のとき。自由党党首の小沢氏が、鳩山氏率いる民主党と合併するきっかけとなった。小沢氏が軽井沢に行くのは、進退をかけた勝負に打って出るときだといえる。
 ただし今回、小沢氏が対峙する相手は、菅首相ら現政権だけではない。むしろ本当の敵は、新聞・テレビの記者クラブが作る、日本の権力構造〝官報複合体〟なのだ。

 新聞・テレビの小沢嫌い

 意外かもしれないが、それまで記者クラブメディアに、独占されていた政党の記者会見を最初にオープンにした政治家は小沢氏だった。私がニューヨーク・タイムズ取材記者時代に参加した自由党の党首会見はオープンだったし、その前の新生党、新進党時代も原則としてオープンだった。
 しかし、既得権益を奪われた恰好の記者クラブには、これが気に食わない。新聞・テレビの小沢嫌いは、この頃からすでに始まっていた。
 そうした両者の因縁が顕在化したのが、09年の西松建設不正献金事件だった。ニューヨーク・タイムズ東京支局長のマーティン・ファクラー氏は、当時の報道をこう振り返った。
「記者クラブによるほとんどの報道が検察のリーク情報に乗るだけで、検察の立場とは明確に一線を画し、なぜこの時期に検察は民主党代表の小沢氏をターグットにしているのか、自民党の政治家は法律上問題のある献金を受けていないのか、といった視点から独自の取材、分析を行なうメディアはなかったように思います」(拙著『記者クラブ崩壊』)

 官僚と記者クラブが一体化して情報操作を行なう日本固有のシステムを、私は〝官報複合体〟と名付けた。検察リークに乗った新聞・テレビは、「小沢逮捕」の印象づけに躍起になったのだ。結果は小沢氏の不起訴だったが、新開・テレビは「誤報」の説明責任を果たさないまま、いまだに小沢氏の「政治とカネ」を批判し拭けている。

 典型が朝日新聞だ。小沢氏が出馬を表明した8月26日の朝刊1両では、こう記事を締めている。
〈ただ、「政治とカネ」の問題を抱える小沢氏への世論の逆風は強い。自らの資金管理団体の土地取引事件をめぐる検察審査会の審議が続いている段階で立候補することになれば、一層の説明責任が求められることになりそうだ〉
 無作為に選ばれたたった11人の検察審査会による判断が、選挙で選ばれた国会議員の身分を左右し、有権者の意思をも上回るというのは余りに無謀である。
 朝日は同日夕刊1面の最後でも、
〈ただ、小沢氏の「政治とカネ」をめぐる問題は決着がついていない(中略)この選択は小沢氏にとって「いばらの道」になるだろう〉
 と書き、朝刊と同じ構成で小沢氏への宣戦布告を行なっている。

 機密費にも手を伸ばす

 新聞テレビはこのようなネガティブキャンペーンを代表選まで徹底して続けるだろうが、それも当然だ。いざ小沢氏が首相になれば、彼らの既得権益は全て崩れ去ることになるからだ。

 西松建設不正献金事件で大久保隆規元秘書が逮捕された09年3月、小沢氏は記者会見を開いた。その席上、私は「政権交代したら記者クラブをどうするのか」と質問した。
 小沢氏はこう答えた。
「どなたでも会見においでくださいということを申し上げております。この考えは変わりません」
 この瞬間、記者会見のオープン化が民主党の政権公約となった。今年3月に鳩山前首相が実現した首相官邸の記者会見オープン化。実はそのきっかけを作ったのは小沢氏だったのだ。

 ところがいま、菅政権になり、本来ならば行なわれるはずだった「ぶら下がり会見」の廃止や官房長官記者会見のオープン化は遅々として進んでいない。残念ながら記者クラブ問題は後退してしまった。
 小沢か菅か。この民主党内の権力闘争は、実は記者クラブにしてみれば、自分たちの既得権益を守るための攻防戦でもある。小沢首相が誕生すれば、記者クラブを頂点とする日本のメディァ、システムは完全に崩壊する。新聞・テレビは是が非でも阻止しなければならないのだ。

 もう一つ、官房機密費の問題も見逃せない。今年5月、幹事長だった小沢氏は、機密費に関する私の質問に会見でこう答えている。
「機密費という言葉がいかにも何か怪しげに聞こえますけれども、そういった必要経費は、内緒で予算を流用したり、何なりしたりではなく、おおっぴらに、各省庁とも、官邸だけではなく、きちんと計上するという形にした方が、よいのではないかと、個人的には思っています」
 記者クラブは、小沢氏が官房機密費のマスコミ汚染問題にまで手を伸ばすのではないかと恐れている。小沢氏が首相になれば、「政治とカネ」の「説明責任」を求めもれるのは、新聞・テレビの側になる。小沢氏はこの最終決戦に勝てるのか。p-42
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 随筆「至福のホームコンサート」  文科系

2010年09月07日 00時22分58秒 | 文芸作品
 4日土曜日、表題のことがあった。演奏者は3人、いずれも中部アマチュアギターコンクールの優勝者ばかり。初めは去年の総合優勝者Tさん。次が、今年の総合優勝者Kちゃん、今年の第32回日本ジュニアギターコンクール総合優勝者で、小学6年生である。そして最後が、このコンサートの企画・開催者Uさん。今年のシニアの部第1位の方であり、この日の会場提供者でもあられる。僕は枯れ木も山の賑わいで、唯一の単なる聴衆。もっとも、Kちゃんのご両親もいらっしゃったけど。笑顔がいつも素敵なお父さんと、美しくって思慮深げなお母さんと。
 このホームコンサートって、本当に至福。何か気になれば演奏者の直ぐ脇へ行って、それを観させていただくことも出来るし、ギター経歴なども気軽に問答してもらうことが出来る。そんなこんなで、アマチュアの最高峰である演奏者たちの個性が目の前に全部見えるのだ。下手くそな僕で僭越ながら、それを表現してみよう。おおむね他の皆さんにも確認済みのものでもあって、間違ってはいないと思うし。

 Tさんは、大阪の方。大学時代からのギター弾きで、退職後この10年間を先生に通われたとのこと。信じられないような話で、大学時代からの基礎が余程良かったとしか思えない。いろんなギター技術の模範みたいなカッチリと安定した演奏をされる。アマチュアなのにレパートリーの広さがまた凄くって、常時20曲はあるとのこと。バッハ、「11月のある日」「アンダルーサ」「アルハンブラ」等々、もっともっと多くを弾かれた。
 Kちゃんは、メルツの「ハンガリー幻想曲」、パガニーニ「超絶技巧練習曲」など。あの小さな体、か細い腕手のどこから、あんな強烈な音・表現力をほとばしり出せるのかと、いつも、ただ、目を見張るばかり。32回目だったかの全日本ジュニアにおいて、「小学生でのジュニアグランプリ」は過去3~4人と聞いた。近頃有名な村治佳織、奏一姉弟などもここを通った口であって、プロとしての大成功がほとんどもう保証されたも同じ6年生だ。
 Uさんは、ソルの練習曲作品31の19番や「ガボットショーロ」「フリア・フロリダ]などをいつものように音楽性豊かに優しく弾いてくださり、場が和んだものだった。ただ、今日のホステス役ということで、随分遠慮しておられたようである。彼女については、ここでもよく紹介した「ギター遊びの会」のお仲間でもあり、またご紹介する機会もあるだろう。

 話は替わるが、一昨日5日は名古屋マンドリン合奏団(第52回)定期演奏会というのを、名古屋市芸術創造センターへ聴きに行ってきた。ギターもあったし、多分低めのマンドリンである「マンドラ」とか、マンドリンをバイオリンとするとチェロのように大きな「マンドロンチェロ」とかを初めて見たり聞いたりして、興味津々だった。初めのほうの演奏がなんか音質が悪く、後に行くに従って良くなっていったと感じたが、あれが演出であったら嫌だなとも思った。3部に分かれていたから、せめて1、2部を入れ替えたほうがもっと気が利いているのではないか。それ以上に、あらかじめ誰か1部の音を注意する人がいなかったのかと、不思議な気もしたものだ。最後のマスカーニと「未完成交響曲」とが良かったので、全体としては満足したのだが。
 それにしても、大学のギター・マンドリン同好会のOBたちがこの会をずーっと52年続けてきたらしいその努力には、頭が下がる。会場も満員であったりして、この国、この地の音楽文化の発展にとって、数人の優れたプロの出現よりも遙かに計り知れない功績があったのではないか。
 なお、事後にこんな事もあった。僕の中・高一貫校、そして同じ大学大学と通した同級生が1人出演したのでちょっと同窓会のような趣もあって、終わってから5人ほどで食事をして、その後、僕の行きつけのスポーツバー「グランスラム」にご案内した。演奏会場の近くだから、歩いて行けるのだ。みなさん大いに興味を持たれたらしく、このうちの誰かがお孫さんでもつれてここに来られればいいと僕から申し上げた。実現すれば僕にとってこんな嬉しいことはない。
コメント (2)
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