九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

時の人、孫崎亨の日本マスコミ批判   文科系

2013年03月05日 19時36分48秒 | Weblog
 阿修羅掲示板に、今の日本最大の癌を的確に批判するすばらしい記事(紹介)があった。戦後アメリカの日本への支配を具体的な内部告発として暴き続ける著作を連発している孫崎氏。今の彼の言葉は本当に信頼できると思う。多分民主党マニュフェスト政権・未完に終わった小沢政権のブレインになるはずの人だったのだろう。そんなことも彷彿とさせる孫崎氏のマスコミ批判である。


【 孫崎享氏の視点ー(2013/03/03)★  :本音言いまっせー!

 日本の政治の混迷を考えると、マスコミの罪は大きい。

 民主党政権に変わろうとする時、小沢氏を徹底的に叩いた。結局小沢氏は無罪であったが、マスコミは、小沢氏の人物破壊をし、政治的に抹殺したといっていい。
 普天間問題では、沖縄県民の望みを踏まえて、最低でも県外を提案し、防衛・外務が早々と白旗をおろし、首相の意向に全く沿わないことは民主主義の原則を踏みにじるものとして糾弾されるべきなのに、鳩山氏攻撃を執拗に続けた。
 原発、TPP,増税、オスプレイと国民の目線で考えれば多くの疑問があるにもかかわらず、権力の代弁機関となってしまっている。まあ、読売新聞の渡辺恒雄氏なんかは、権力はおれだという倒錯した考えを持っているようである。

 こうした中で、我々は大手メディアをどこまで信じていいか、真剣に考えるべきだ。

 私がソ連に勤務した時には次のジョークがあった。
「(ロシア語でプラウダは真実という意味で、イズベスチアは報道という意味である)党機関紙プラウダにプラウダなく、政府機関紙イズベスチアにイズベスチアなし」
 同じように共産体制のチェコのジョークに次のようなものがあった。
「サッカーの試合の結果の点数が報じられたら、100%信じてよい。天気予報が出たら50%信じていい。政治の報道が出たら0%信じていい」
 共産圏や独裁国では人々は新聞ラジオは政府の支配下にあり、信じられないと思っている。

 だから、中近東では一般の人々が使うツイッター等が猛威を振るい、政権崩壊につながる民主化の動きが出た。
 中国でも人々は党の機関紙人民日報などをあまり信用していない。従ってツイッターの一つ、新浪微博が2012年3月時点で3.24億人を超えるユーザーがいる。事件が起こると新浪微博の素早い報道は政府を動かすまでになっている。

 しかし、日本では新聞・テレビに対する盲信が強い。
 勿論、新聞・テレビが時の政府を厳しく糾弾し、社会の木鐸の機能を果たすことはある。
 しかし、歴史や世界を見渡せば、新聞・テレビが統治機構の一部として機能することの方が多い。
 加えて、日本では米国が日本を統治・影響力を行使する際に日本のマスコミ・新聞を利用するケースが多い。信頼度は不明であるが、読売新聞や、その社主正力松太郎や読売新聞自体、CIAから特別のコードネームをあたえられる存在であったし、朝日新聞の緒方についても、「アメリカ国立公文書館におけるCIA文書の公開により、CIAが緒方政権擁立のために積極的な工作を行っていたことが明らかになっている」とされている(ウィキペディア)。

 CIAなどが過去日本の報道界に工作を行ったのであれば、それが今日まで続いていると考えてもおかしくはない。

 いずれにせよ、日本の新聞社は権力の統治機構の一部になり、米国の日本支配の一部になってきたし、それは多分現在も続いていると考えてよい。
 多くの国民は新聞は「社会の木鐸の機能」だけと誤解している。
 だからテレビや新聞が公平でないという。違う。もともと公平でなく、統治の一部分なのだ。
 そう思えば、新聞、テレビへの全面的依存が終わる。その時にはソーシャルメディアの重要性は一気に伸びるであろう。】
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

   五輪はフクシマで開催、費用は東京持ちで。       只今

2013年03月05日 11時18分29秒 | Weblog
   五輪招致については、賛成・反対あって当然。しかし
   「反対派は、しばらく引っ込んでいてもらいたい」とのイノセ都知事発言を受けるかのように
   メディアはいつしか招致賛成論調に彩られ、
   賛成反対を超えて怖いのは、こうした翼賛一色がまかりとおること。

   ●“オリンピックは夢をくれる
     そして力をくれる
     仕事をくれる
     私たちは、東日本に具体的な経済効果が及ぶような
     オリンピックにしたいと切望しています”
       
   ★ 上記は、招致委員会のメッセージです。
     ここには、オリンピック精神の一片もみられず、クーベルタンは張り倒されています。
     スポーツの祭典は、国の野望=偏狭ナショナリズム(メタル)と経済(金儲け)の論理によって一蹴されています。
     
   ☆ オリンピックによって、東北の復興が成るとしたら、
     2004年五輪開催したギリシアは、どうであったか!
     1兆2千億円の開催費が経済破綻の大きな要因となり、ヨーロッパ経済恐慌の引きがねとなったとも言われている。   
   
   ☆ 「ノーマネー、ノービット(お金なくして招致なし)」
     これは、招致委員会が雇う外国人コンサルタントのせせら言。『朝日3/5』
     09年の招致費用150億円の内訳は、ブレザー1着30万円といったことは週刊誌話題になったが、未だ不明。
     フクシマ行きを希望する委員の要望をはぐらかすべく
     皇居への招待などあれこれの「おもてなし」などグレードアップ。
    
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする