九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

随筆紹介「子どもを拾った話」   文科系 

2013年11月29日 12時47分57秒 | 文芸作品
  子どもを拾った話   T.Hさんの作品

 四月も半ばというのに、さくらも咲かず、時々霙が降り、冷たく寒い日が続いていた、昭和三十年の初めの頃。家を出てひとり暮らしを始めた私は街の中をぶらぶらと当てもなく歩いていた。夜になった街は暗く、区切られている歩道は自然のままで歩きにくい。電車が通る所だけが四角い石で整えられていた。道の両側には『夜鳴きそば』と呼ばれていた支那そば屋が、アセチレンガスの青い光の下で店を開いていた。
 寒くて帰りを急いでいた私の耳に電車の止まる大きな異常音と、「あぶない!」という大きな声。ふり向くと止まった電車の前のランプに照らされて、小さな女の子が立ちすくんでいるのが見えた。まわりの人は見ているだけで、だれも近づこうとしない。
 気がつくと私は走り出して女の子を抱き上げていた。電車の窓から顔を出した運転手に、「バカヤロー。子どもから手を離すな」と大声でどなりつけられ、私は何も言えず女の子をかかえてふるえ、女の子も歯を鳴らしていた。抱き上げると、下着も着ていなくて、腹も小さくへこみ、着物の裾は冷たくぬれていた。
 ”支那そば、三十円”という看板の夜店へ入り、それを食べさせると、女の子は丼をかかえて食べ、冷たくなった汁までもチュウチュウと音を立ててすすり、食べ終えるとすぐまたしがみつくようにして私の腕の中で寝てしまった。
 名前もわからず、着物の裾の水分が私の服にしみ入り、寒い。通りすぎる人は見て見ぬふり。私が母親と思ってか、声もかけてくれない。どうしていいのか私はうろたえた。ひとり暮らしの部屋へ連れ帰っても困る。道の片すみに捨てられていた箱にしばらく腰をおろしていた。私の腕の中には、安心しきったように寝ている汚れた顔の女の子。
 近くに交番の赤い灯が見え中へ入ると、部屋の中程に大きな木造の火鉢があり、炭火が山のように赤々と盛り上がり、若い警官がひとり座っていた。
 私は今までの出来事を話し、「この子を預かってほしい」と言うと、「困るなぁー。子どもの拾得物は……。それに女の子かぁー」と言いながら、私の顔を見ながら、火鉢のそばにある板の上に寝かせるようにと言った。火鉢のそばで寒くはないだろうが。
 「何か下に」と言うと、綿のはみ出た汚れた座布団を投げるようにして「これを」と言った。私はメモ用紙に問われるまま住所と名前を書き、頭を下げてその場を離れた。
 あくる日、何の知らせもなく、私も忙しく、行くことはできなかった。二日後交番を訪れると、あの夜と同じ警官が火鉢の前にぼんやりと坐っていた。
 「ああ、あの時子どもを置いて行った人か。あの夜三時頃子どもが居なくなったと、酔っ払って足元もふらふらの男がやって来て、この子だ、こんな所に寝込んでと言って連れて行った。あの子はもうすぐ四歳になると言っていた」と。「住所も名前も聞いたけど、言わなかった」と。私もほっとして、父親に会えてよかったと思い、頭を下げた。
 今も時々、「あの夜の寒さと心細さ、そんな私にしがみつくようにしていた女の子。どんぶりをかかえるようにして汁までのんだ女の子」。あの夜のことは覚えていないだろう。街はすっかり変わり、高い建物。夜もネオンと街灯で明るく、電車は廃止になり、道はすっかり整備され、車が走っている。
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする