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「さよならテレビ」  らくせき

2018年09月08日 16時25分55秒 | Weblog
先日、「さよならテレビ」というドキュメンタリーを見ました。
名古屋のテレビ局の報道部の一年を追った番組です。

突然の取材に驚き、戸惑い、怒るデスクや部員たち。
そんなシーンから始まり、やがて3人を軸に番組は進んでいきました。

残業の多いことが社会問題となり、新しく入社した契約社員のWさん。
視聴率4位の汚名をそそぐために活躍が期待されるキャスター。
そして地元経済紙から転職してきたベテラン記者。

Wさんは経験も浅いことから取材もうまくいきません。
インタビューをした取材相手とのトラブルからOA直前の放送中止も。

キャスターのFさん。個性を押し出すことが求められていますが、
なかなか決められたセリフを出ることが出来ません。

ジャーナリストを志すベテラン記者は、共謀罪で起訴された人を取材。
権力の暴走をチェックする内容のレポートをOAします。
見出しには「テロ等準備罪」とあり「共謀罪」の文字はありませんでした。

そして一年後、視聴率は低迷したまま、キャスターは交代。
Wさんも契約を打ち切られて退社していきます。
ベテラン記者は番組のディレクターに問いかけます。
「テレビの描く現実って何ですか?」

これまでテレビカメラが紹介したことのない自分たちの職場。
飾ることなく淡々と描かれており、興味深く見ました。
番組のタイトルは「さよならテレビ」です。どういう意味でしょう?

「会社員なんだ」番組の中での報道部長の言葉。
番組を支配しているのはこの言葉でした。
「テレビ」という言葉には夢のあった時代があります。
今は誰も夢を託すこともありません。
そこで働く人たちのこころはテレビを離れてしまっている。
それが「さよならテレビ」というタイトルの意味でしょうか?

キャスターが交代を告げられたあと、ふっと肩の力が抜けて
個性を表現できるようになるシーンはとても印象的でした。
いったい何が彼を縛っていたのでしょう。

会社員であり、放送人であるという矛盾をまるごと抱えて生きる。
そんなキャスターに育って欲しいと思います。
                   

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モウリーニョとグァルディオラ  文科系

2018年09月08日 14時32分29秒 | スポーツ
 題名のサッカー・2監督は、世界のサッカー好きなら今や誰でも知っているだろう。ただし以下の文章は、これを10年近く前にここに書いたものという所に大きな意味があると自負している。グアルディオラにとっては、監督2年目のことである。以来僕はこの二人を追ってきた。例えば、この翌年の2010年の当ブログには、モウリーニョ・インテルがグアルディオラ・バルサをCL準決勝で破って奇跡のような優勝を遂げたゲーム観戦記が4つある。2010年の4月21日、29日がそれで、4月30日、5月2日もこの関連の記事だ。
 ともあれ、この10年の世界希代の名監督二人、当ブログ最初のころの紹介文章、お読み願えれば嬉しい。


【 モウリーニョとグァルディオラ  文科系 2009年07月22日 | スポーツ

 ストイコビッチの監督初体験が失敗に終わりそうな光景を見ながら、サッカー監督というものをいろいろ考えていた。「集団球技はある程度お金があれば、あとは監督次第」と何回かここにも書いてきた。もう少し若い頃までの野村克也や今の落合を見ても、アメリカや日本のバスケットチームなどを見ても。まして、世界でずば抜けて最も人気のあるサッカーの世界なら、なおさらである。なにしろ、老舗チームや国家代表を有名な外国人監督に委ねることなどは日常茶飯事になっているのだから。金のあるグランパスも、ちょっとはサッカー監督の大事さというものを学ぶと良いなどと思う。

 サッカーでは特に誇り高いイギリス人が今、国家代表をイタリア人に任せているし、世界10強クラブにも入るであろうイングランド4強クラブの監督3人までが外国人であって、残りの1人も確かイングランドならぬスコットランド人なのである。外国人3人とはそれぞれ、スペイン、フランス、オランダ人だ。日本野球界でも外国人監督が増えているようだが、読売巨人軍がアメリカから監督を呼ぶなどということが、近く起こりうるだろうかと考えてみていただきたい。

 さて、現在の世界で最も優れたサッカー監督は、5人いると思う。まず、イングランドはマンチェスターユナイテッドのファーガソンと、イングランド代表監督を務めるイタリア人のカペッロ。あまりにも功成り名遂げた感のあるファーガソンと、日本の中田英寿とも縁が深いカペッロのことは省く。
 次いで、同じくイングランドのチェルシーに臨時で雇われて見事に持ち直してみせたオランダ人・ヒディング。韓国をワールドカップ4強にまで上らせたこの名監督は、ロシア代表の現役監督だったかとの二股を見事にやりおおせてしまい、世界を驚かせた。

 さて、この3人に比べれば非常に若いが、既に彼らの名声に近い監督が2人いる。
 1人は、イタリアはインテルミラノのモウリーニョだ。ポルトガル人の彼の名が初めて世界に知られたのは、04年にポルトガルのとあるクラブをヨーロッパチャンピオンクラブにしてしまったときのことだった。それからの実績が凄い。直後にイギリスはチェルシーの監督に転出するとすぐに何回かリーグ優勝をして見せた。これには前述のファーガソンも、アーセナルのベンゲルも本当に驚いたはずであって、彼に一目も二目も置いていることは間違いない。そのモウリーニョの現在の野心はこんなところだろう。去年の夏に就任したイタリアはインテルミラノにおいて、ヨーロッパチャンピオンクラブ杯を握ること。今年1年目にして即座にイタリアリーグ優勝を成し遂げながら、ヨーロッパチャンピオンクラブ杯は惜しくもスペインはバルセロナに取られてしまったからである。

 さて、本年度彗星のように世界に出現したのがもう1人の名監督、スペインはFCバルセロナのグァルディオラである。1部リーグでは監督初年度の08~09年シーズンでスペイン杯を得て、先頃ヨーロッパチャンピオン杯をも握って見せたのである。ヨーロッパチャンオン杯決勝の相手は、誰もが連覇を予測した先述のファーガソン・マンチェスターユナイテッドであった。若干38歳、これら全てが監督初年度のことなのだから驚きのほかはない。
 ちなみに、スペインの”読売巨人軍”、レアルマドリードが最近300億円を遙かに超える大型補強に打って出たのは全て、このガァルディオラ対策と言えなくもない。よほどのことをしない限りは、彼のチームを崩せないと見たはずなのだから。前にもここに書いたが「阪神タイガース子飼いの新人監督に日本1、いや世界1を取られたら、そのオフの期間には読売巨人軍が黙っているわけがない」と、そういうことなのである。しかしながら、この超大補強は実を結ぶまい。多分400億円近い金(ドイツはバイエルンミュンヘンのリベリーのマドリード移籍がまだ流動的である)を予定しながら、マドリードの大補強は失敗に終わるであろう。サッカーは組織で戦うものであって、だからこそ監督が最も大切なのだから。
 さてまた、このガルディオラから、グランパスのストイコビッチが学ぶべき点があるので、ここに特記しておこう。ガルディオラは就任早々、花形幹部選手二人を切って捨ててみせた。有名なロナウジーニョと、現在チェルシーで大活躍中のデコである。さらに今年の今も、チーム内得点王(確かリーグ2位)エトーを切ることも発表してしまった。ガルディオラが既に「俺が決めた」と広言している。規律を乱すダビにいつまでも恋々としていたピクシーに見習わせたいものである。
 このガルディオラ、サッカー選手としては野球のキャッチャーに似ていると思う。ボランチという、攻守双方が見える立場の名選手だった。

 ジョゼ・モウリーニョとジョゼップ・グァルディオラ、世界のサッカー界はこれから間もなく、この二人を中心に回り始めるのではないだろうか。】
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小説  道連れたち   文科系

2018年09月08日 14時24分37秒 | 文芸作品
〈ピンクと赤と白、チェックの模様、たしか先週日曜日に彼が買ってきたテーブルクロスね、ヨメナの花もそれにグラスのワインレッドも、よく映ってる〉、朝子は、見るともなく見ていた眼の前の対象に焦点を合わせ直し、グラスの脚に指を伸ばす。寝起き姿のままに椅子に投げ出した体の中で、グラスに触れた指先だけがやっと目覚め始めたようだ。

〈昨夜、あの部屋、あの時の、飲み残しビールとテーブルクロスからの連想なのか〉、口にワインを含み、薄暗い灯につつまれたその場面のそこここを、霧の中のような脳裏から順に引っ張りだしてみる。
〈あの後すぐに彼がコップを取りに行って、飲ませてくれたんだ〉、ことが終わって間もないのに素っ裸のままに素早く立ち上がって、息を弾ませるといった様子もなく俊司はよくそんなふうにする。その終始に朝子はいつも身を委ねているのだけれど。
 と、ここで覚め始めた朝子の眼に、この新築の家の東窓を通り抜けた陽光がつきささってきた。太陽が隣家の屋根の上に顔を覗かせたらしい。眼をしばたたきながら、何度か言ってみた言葉を朝子はまた繰り返す。
〈俊司さんとはもう二年目か。まだまだ続きそうだ。ほんとに私がこういうことをやってるんだなぁ〉
 するとやはり、思い浮かんだことだが、
〈恒男のことも最近なにか、いろいろ見えるようになってきたみたいだ〉
 現に今、このテーブルクロスの端に小さくこんもりと生けられたヨメナの花。これなどにもこの頃では、〈恒男が一昨日くらいに庭から取ってきたんだ、彼の口癖だけど確かに素朴で可愛い紫、それが濃いから咲いたばかりなんだろう〉、この程度のイメージは浮かぶようになっていた。
〈ほんとに花なんかでも、何にも知らない。勉強して勉強して、たまに人とおしゃべりするくらいで、それから看護婦やって、結婚して、すぐに恒秋が生まれて、その面倒みてきて、小学校の頃恒秋に言われたことだけど、ほんと、いつも走ってた〉

 十月末の土曜日。恒男はまだベッドの中だし、一人っ子で大学三年生の恒秋は昨夜も帰ってこなかったらしい。朝子は、ほんの一、二口の朝のアルコールに頬を熱くしている。この頃度々あるのだが、眠ったという感じがほとんどないままに迎えた早い朝だった。

 右手を伸ばして、ヨメナの花びらを指でつまんでみたその時、玄関の扉が鳴った。そのまま二階へ行こうとする足音が聞こえる。
「恒秋、どこ行ってたの!」
 刺すような口調にも、何の返答もない。足音が調子も乱さずに上がって行く。
〈まだ完全無視が続くのね。長いこと!〉、と強がってみた。が、どうしようもなく沈んだ気持は拭いようもない。それでも癖になっている調子で、「恒秋、ちょっといらっしゃい」抑えにかかってみた。二階で扉を閉める音が返ってきただけだ。
〈昨夜も、あの子の家にいたんじゃないかしら〉
 何日か前の詰問に恒秋がさりげなくそう応えたので、言い争ったことを思い出している。ぴんと伸ばした激しい胸のうちを、前に組んだ両腕と、前傾させた顔で抑えながら。
 この街の児童館の厚生員を職とする子とのことだ。家に二、三度あがって来たが、朝子には明るいだけが取り柄の、調子の良いギャルに見えた。そんな感じが恒秋にも伝わったのだろう、後味の悪い言い争いになった。もっとも、ほとんど朝子だけが問い、言い放っていたのだった。それでも朝子には、吐き出したいことを全く出していないという、そんな気持だけが残っている。しょぼしょぼと何日も秋雨が続いて、うっとうしい日の夜のことである。
〈恒秋にはもう、何にも開いてもらえないのかも知れない〉
 ふと、車を転がしてこようと思い立った。

 朝子の軽セダンは今、川岸の児童公園の脇にあった。〈彼をお腹に乗せたあお向け逆さ滑り、「ジェットコースター」とか、あの山でもいろいろ二人でやったねぇ〉、すべすべでピカピカ光ったコンクリート地肌の小さな富士山が、昔のままだ。自然にほほ笑んでいたのだが、目がじーんとしていた。

 軽セダンは次に、薄黒い木造の保育園にさしかかる。朝子には、一階の靴箱の横に立っている若い自分が見えてくる。二歳になったばかりの恒秋がすっと部屋に入っていくか否か、それがその頃、日々の難関だった。部屋が騒々しく、入り口から保母の「志村おばさん」が見えない時には、「一大事の形相」で取って返し、泣き叫んで朝子の体にしがみついていたものだ。大学病院の始業時間との板挟みで泣きたいような自分がよみがえる。手前の砂場には一人っきりで遊ぶ三歳の痩せた恒秋が見え、また切なくなる。他の子どもが近付くのを極端に嫌い、例のように一人ぼっちで砂をいじっている。それで、迎えの朝子を認めてもにんまりと手をあげて、また一人砂遊びを続けるという、そんな感じの子どもだった。
〈友達と遊びをどんどん創造し、それをすっかり遊び尽くしていくこと、それが学力の土台、”見えない学力”である〉、少し後に読んだ本のことを思い出している。まさにこの点で、いつまでも幼い恒秋だった。だからだろうか、学業は並の下。高校まで学年有数という優等生の経験しかない夫婦が二人してあれこれあがいてみた頃の、ほとんど鬱病のような当時の心のもやもやが思い出される。その恒秋もやがて、いろんな大学の入試を二年受け続けた未に、唯一入学を許された名前を聞いたこともないような大学へ入って、今は三年生である。
〈看護婦って大学病院と言っても消耗品だったし、そのうえ共稼ぎなんてみんな毎日戦争やってきたようなものよね。そんな所で私、係長試験も真っ先に通ったし、来年はきっと総婦長になるんだろうし、いつも先頭にいようとしてたし、こういう私だからあの子にも同じようにやっちゃってたのかなぁ、それほどのつもりもなかったんだけど。高校人った頃には、私の言葉なんかもう聞き流されてた感じじゃなかったかなぁ〉
 いつの間にか、近くの川岸の舗装道路を歩いている。ここは、保育園帰りなどの恒秋とのおしゃべり通りで、今歩いていてもなにか「鬱が和む」ようだ。
〈それでも当時のこの場所と時には、恒秋とのおしゃべりという目的があって、何もしない時、場所じゃなかったんだけれども、今の私はほんとにそんなときを過ごしてるわ〉


(続く、あと2回です)
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