以下は、ここ何回かのエントリーで触れてきた「スティグリッツ国連報告」連載要約の再掲第一回目です。ジョセフ・スティグリッツとは、アメリカのノーベル経済学賞学者。この国連文書は、彼を代表者とする委員会が当時の国連総会議長によって選ばれて、2008年に「世界100年に一度の経済危機」と呼ばれたサブプライムバブル破裂・リーマンショックの総括を依頼されたもの。言わば、今やアメリカでも論議されはじめた「中産階級の没落」など「株主資本主義は誤っていた」と言う反省に関わって、その改革方向を探求した国連文書です。
ちなみに、当時アメリカはこの文書の作成経過全てに対して異議を唱え、妨害してきたものでした。5回ほどの連載になると思います。
【 スティグリッツ国連報告・要約 1 文科系 2015年01月17日 | 国際経済問題
この報告の正式名称は、『国連総会議長諮問に対する国際通貨金融システム改革についての専門家委員会報告──最終版2009年9月21日』。言うまでもなく07~08年に起こった「100年に1度の世界経済危機」を国連の英知を集めて分析し、今後世界の改善策を提案したものである。
委員会メンバーは20名で、米、独、仏や、南アフリカを除いたBRICS諸国代表など、日本からは榊原英資が参加し、総会議長特別代表も2名加わっている。当委員会委員長がノーベル経済学賞受賞者であり、クリントン政権の大統領経済諮問委員会委員長などを経て1997年~2000年に世界銀行の上級副総裁およびチーフエコノミストを勤めたジョセフ・スティグリッツであるところから、この文書が彼の名前を冠してこう呼ばれている。
全6章がA5版本文240頁ほどで、目次はこういうものである。
①はじめに
②マクロ経済学的問題と視点
③国際的規制の改革により、世界経済の安定性を高める
④国際機関
⑤国際金融の革新
⑥結論
全てが具体的内容なので、要約がとても難しい。リーマンショックによる世界的危機の分析と今後の対策という実務的な報告であるから、こうならざるを得ないのであろう。第1章「はじめに」(21頁)だけでも先ず紹介したい。これは「導入章」とも呼ばれた総論に当たるもののようだが、3つの節から成っていて、それぞれタイトルは
『1危機:その原因、影響、そして世界的な対応の必要性』
『2危機への多様な対応』
『3発展途上国への影響』
細かい抜粋文章という形で少しずつ紹介していく。先ず初めは、第1章第1節の『1危機:その原因、影響、そして世界的な対応の必要性』を2~3回に分けて抜粋、要約する。この部分は、表題が示す通りに最も大切な部分なので特に要約が利かないのである。
初めにお断りしておくが、100年に1度という世界的経済大事件の分析、対策国連採択文書が日本ではこれだけ話題になってこなかったということに驚く。むしろこのこと自身にこそ、この国連総会決議に対する日本政府・官僚たちの立場が示されているのだと思う。日米が共謀して、マネーゲーム、金融グローバリズムの暴力的利益をなお享受していたいという立場なのではないか。そう考えれば、日本の民主主義的人士は「アベノミクス」をこう見なければならないはずなのだ。世界の弱小国を犠牲にした世界的誤りの上に、さらに大きな誤りを積み上げていくものと。
第1章第1節「危機:その原因、影響、そして世界的な対応の必要性」
『米国に始まり、欧州に拡がった今日の金融危機は、今や世界的なものとなった。少数の先進国から発した金融危機が急速に拡がり世界経済を飲み込んでしまった。このことが、21世紀に入っての変化に対応した国際貿易・金融システムへの大きな改革が必要となっていることを示している。今回の危機は金融に影響を与える国内監督システム、競争やガバナンス(企業統治)の分野だけでなく、国際機関と、金融・経済の安定を確保するための取極めといった、基本的問題を明るみにだした。これらの機関は、危機を回避できなかったばかりでなく、適切な対処方針を企画、実行することにおいても遅れてしまった。まさに、これらの機関が進めていたいくつかの政策は世界の危機を拡げて行く要因ともなったのである』
冒頭のこの文章に次いで、日本ではほとんど話題にならなかったリーマンショック最大の悪影響、今後長きに渡る後遺症が述べられていく。この日本ではもう、日米の高株価を前にして、リーマンショックの後遺症など語られもしないのに。
『危機は中心部で発生し、外周の最も遠いところまで行き着いた。発展途上国と、特にそこに住む貧しい人々は、その危機の発生に何の役割も果たしていないにも拘わらず、危機の犠牲者の中でも最も悲惨な目に会うことになった。(中略) 危機のコストを負担するには貧しすぎる人々が、危機が去ってからも長くその結果に苦しめられる。栄養失調の子どもたちは一生の間、成長阻害に悩まされるであろう。学校を退学した子どもたちは恐らく復学はしないであろう。そして彼らは、潜在寿命まで生きて行けないであろう。もし小企業が倒産に追い込まれたら、将来の経済成長と雇用見通しは弱められよう。経済政策は特にこれらのヒステリシス効果(非線形的で不可逆的であること)に対して気をつけなければならない』
(続く)】