岩波の月刊誌「世界」5月号の「緊急特集 ウクライナ 平和への道標と課題」諸論文は、近ごろ珍しい読み物であった。ロシアのウクライナ侵攻を双方の視点から、歴史的経過なども追って描いている。ネット・テレビ映像や新聞を中心とした主流マスコミが「今のウクライナの視点一色」になっているのに辟易として来たから、これに引き寄せられた。今の日本マスコミは、ちょうど同じようなイラク戦争において侵攻された側イラクの視点を欠いてアメリカの視点だけだったのとあまりにも正反対、好対照に思われてならないのである。
ちなみにアメリカは、イラク戦争では「大量破壊兵器の悪魔」を退治する大天使、ウクライナ戦争ではウクライナ側の「平和の使者」なのである。
岩波「世界」は、明後日14日に「ウクライナ侵略戦 世界秩序の危機」という臨時増刊号を出すと予告している。この5月号からは、この戦争までの経過、背景などに関わって、明らかにウクライナ政府サイドがやって来た暴力、戦争犯罪に類することなどをいくつか抜き出してみたい。ことは8年前、2014年のマイダン革命にまでさかのぼる。
『(2013年末から14年初頭にかけての反政府運動において)2014年2月に突然、暴力革命の様相を帯びるに到り、ヤヌコビッチ(2010年の選挙でウクライナ南部、東部を基盤として選ばれた大統領)は国外逃亡に追い込まれます。その背後の事情は明らかではありませんが、整然たる市民運動のなかに過激な暴力を持ち込む極右勢力が紛れ込んだようであり、そのなかにはネオナチ的な人たちもいたようです。このような「マイダン運動」の暴力革命化は、ロシア語系住民の多いクリミアやドンパス二州の住民を刺激し、前者のロシアへの移行、後者における「人民共和国」樹立を引き起こしました。これは国家秩序の非立憲的な変更であり、諸外国から強く非難されました。もっとも、当事者たちからすれば、その前にキエフで非立憲的な暴力革命があったということが正当化根拠とされるわけです』(塩川伸明東大名誉教授「ウクライナ侵攻の歴史文脈と政治理論」)
『また、最近(ロシア侵攻3週間後)マリウポリでの激戦の模様が伝えられる。なぜ、ここが激戦地になるのかは偶然ではない。マイダン革命で状況激化に貢献し、その後政権に表彰され国軍に格上げされた「アゾフ大隊」ーー 反共・反ロのウルトラナショナリスト民兵集団で、日本の公安調査庁でもネオナチと認定していーーが、対「親ロ派」対策でこの街を拠点化していた』(西谷修東京外語大名誉教授『新たな「正義の戦争」のリアリティーショー』)
『8年来の係争になっているこの地域(マリウポリのこと)の事情については、ほとんど言及されない。じつは情報や独立系メディアの発信も探せばある。フランスのある女性ジューナリストはすでに何年も、そして今も、この地で起きている政府軍による攻撃被害を日々絶望的な思いで配信している。それを主流メディアはフォローしないばかりか、親ロ派のフェイクニュースとしてとりあわない』(同上、西谷論文)
『大きな転機となったのは、2019年のウクライナ憲法改正で、NATO加盟を目指すことが憲法に盛り込まれたのです。この改憲の背後の事情は十分明らかではありませんが、アメリカからの強い働きかけがあったのではないかと取り沙汰されています』(塩川論文)
『要するに根本の対立は米NATOとロシアの間にあったのだが、アメリカはウクライナを前に押し出し、そのウクライナが加盟させろ(つまり集団的自衛権で軍を出せ)と迫ったら、いやできない、きみは加盟させられない、だってそうなると核戦争だから、と言う。これは事実上、米NATOが、ロシアの要求は正しい、と認めたのと同じである。プーチンが要求したのはウクライナのNATO非加盟の保証とその結果としての中立化である。だとしたら、このNATOの返答で、この「戦争」の事由はなくなったことになる。それが分かったからこそ、ゼレンスキーはすぐにウクライナの「中立化」を受け入れると言い出した。だが彼は「国民」を巻き込み、世界世論を焚き付けて「戦争」を続ける必要があるのだろう。基本的に「係争」に決着はついている。その余は、交渉をできるだけ有利に相互の体面を取り繕おうとする鬩ぎ合いであって、その間続く戦闘や破壊は双方の人々を巻き込むだけの権力の都合でしかない』(西谷論文)
ということから、ウクライナの成人男子はすべて国外脱出も禁じられているということなのである。