(2012年『オモシィ・マグ』創刊号より)
「「ミュージカル界の貴公子」は、この数年、自らのイメージを変えるかのように、これまでは彼の範疇にはなかったさまざまな役に挑戦してきた。それは確実に彼の糧となり、
俳優としての深みが増した。そんなタイミングでのトートへの再挑戦だ。
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前回公演(2010年)で、石丸がトート役にキャスティングされたとき、驚いたファンは多かった。劇団時代、王子様的な役柄を持ち味とし、退団後も「ミュージカル界の貴公子」と表現されることの多い石丸の「黄泉の帝王」役はたしかに少し意外な気がした。
「(トート役は)これまで演じてきたことのないタイプの役柄でしたからね。でも、やってみたら楽しくて。とくに公演の後半は精神的に自由に演じることができて、ちょっと癖になりそうでしたね」
徹底的にビジュアルにこだわる、小池修一郎の演出も新鮮だったという。
「かつらに衣装、長い爪、舞台上の所作まで、いかにトートが”人間ではなく””リアリティなく”存在するかをとことん追求します。それぞれの俳優の個性にあわせて、どこまで胸をあけるか、どんなペンダントを付けるかまで指示がある。日々驚きと発見でした」
そんなふうにして、作り上げた石丸のトートは、美しく、思いのほか攻撃的だった。前半のハイライトのひとつ、「最後のダンス」では、激しく、情熱的なシャウトも披露している。
「ヘビメタのアーティストの歌を聞いて、彼らがどんな風に喉をうならせ、リズムを取っているのか、腹話術師がどういう風に声を変えているのかを研究しました」
ラストシーンでエリザベートを棺におさめたあと、ニヤリと笑うラストシーンも印象深い。
「あのニヤリには、ついにエリザベートを召し上げて、してやったりという意思表示と、悪夢はまた繰り返すという意味が含まれています。ルキーニが生き返り、この世の地獄は永遠に続いていく、それをトートが仕掛けているわけです」
ラストシーンの演技は、それぞれの俳優に任されているという。演出の支持ではなく、石丸自身がつくった世界観だ。
「あるものをコントロールしていくことに喜びを感じる-。ルドルフとの「闇が拡がる」や最後の「悪夢」のシーンでは、自分のなかにS気質が芽生えてきているのを実感しました。たとえば、トートはエリザベートをただ征服したいわけではありません。調教して、きちんと自分のものにしたい。非常に手がかかりますが待ちがいのある女性で、舞台上では、彼女がもがきながら生きる様子を愛おしく思いながら見ていました。それはルドルフに対しても同じこと。今回は、ルドルフに対しての死の接吻も、エリザベートへのアプローチと同じように作っていこうと考えています」
「そんなSの部分が、実生活で出てこないように気をつけないと」と笑う石丸が、今回、自分のトートに課したテーマは「妖艶さ」だ。
「前回公演後は、いろいろな作品をやって積み上げてきた経験をいかし、さらに妖艶な部分を追求していきたいですね。相手役に対して、妖しい魔球を投げるトートを目指そうかな、と思っています」
また、今回は小池から、「なるべく動かないトートを作って欲しい」と指示があったという。
「前回はパッショネイトな感じだったのですが、今回の僕に与えられたテーマは、「クールビューティー、これがなかなか難しく、試行錯誤を重ねています。マテさんはかなり激しく動きまわるハードなトートですし、山口さんのトートも日々、進化していますし、まったく別のアプローチになるのではないでしょうか」
舞台上で、真っ向から対峙するエリザベート役とのやりとりにも興味が集まるところだ。
「宝塚という様式美のなかでトップスターとして走り続けてきた神々しさは、春野さんにも瀬奈さんにも共通していますが、お二人のエリザベートにはそれぞれの持ち味が散りばめられています。たとえば、春野さんは楚々としたイメージを、瀬奈さんは堂々とした雰囲気をお持ちです。それぞれのエリザベートに対するトートのスタンスも、楽しみながら作っていきたいですね」
取材時、「まだ、『最後のダンス』をどのように歌うか、決めていないんです」と語っていた石丸。果たしてどんな新たなトートが作り上げられたのか、ぜひ確かめてほしい。」