書店でこんなタイトルの本を見かけたら
「ミスタッチを恐れるな」(ウィリアム・ウェストニー)
…ついつい手にとってしまいますよね。
←人間誰しもミスはあるよねしょうがない。って本じゃなかった。
恐れるなっていわれてもー
日々、自分のミスタッチの多さにげんなりしてて…
いや、別にほかの人の演奏聞くときに、そんなミスタッチの多寡にばっかり集中して聞いたりはしてませんよ。
ミスなしで魅力もない演奏ってのもあると思いますし(とはいえピアノサークルではそんなにお目にかからないw)
ミスはけっこうあるけどそれが気にならなくてずしんと心に届く好演もありますしね。
ミスなし演奏といえば。この私も、実は子どものときというのがありまして、
子ども時代最後の発表会であるところの小学校三年生、曲目はお約束といいますか「エリーゼのために」。
このときの録音が、当時ですからカセットテープに残っていたものを大人になってから聞きましたが。
ミスタッチなく停滞なく拍どおりにそれはそれはもうカタカタと。
聞いていて心躍るところは一片もなく、別の意味で心に響く(ヒヤっとする)ミスもなく、
なんてつまんない演奏なんだろうって。
このあとすぐ、私は「ピアノやめたい」母は即「いいわよ」ってな話になるわけですが、母だってそりゃー本人やめるっていうなら止めないよなって思いました。このピアノじゃね。
言うまでもなく、人はアマチュアの演奏聞くときに、なにもカタカタとノーミスで曲再生するのを聞きたいと思ってるわけではなく、その人なりの表現というか心に届けたいもの、主張したいことに耳を傾けようとしているのですから…
だから、ミスの有無が問題だというわけではない。けれど、ものには限度というものがあるというか、あまりにガタガタしているとノリを壊して、何がいいたいのかさっぱりわからんということになるので、少ない練習時間と、衰えた目と頭という制約の中で、悩むのですね(^^;;
で、まぁ、この本のタイトルを見るとそんなこんなが頭をよぎりますが(前置き長っ)、期待に反してというか、そういう本(ミスを気にせずバーーンと行け、的な)ではありませんでした。
この本でいうところの、「ミスタッチを恐れるな」というのは、本番というより練習中、練習の仕方についての哲学なのですね。
つまり、単に不注意に雑に弾いてミスをしてもそりゃもう何の役にも立ちませんが、
集中して、かつリラックスして、大胆に生き生きと弾いてみて、その結果ミス(訳が適切かどうかわからないが、この本では「正直なミス」と呼ばれている)をするのであれば、
それは何かしらそのミスを生んだ原因というものがある。これは、さらなる前進のための宝となるはずだ。
取り組む部分を明確に定めて(たとえば、弾き始めてから、最初にミスをするところまで)、
問題個所をどうしたいのか詳細にイメージして、
やってみる。
そしてまた結果をしっかり観察する。
ミスは決してランダムに起こっているわけではなく、何か原因があって起こっているのだ(それが、不注意なミスでなく正直なミスであれば)。この「正直なミス」をしっかりとらえて、体と頭がコミュニケーションをすることによって、でたらめでなく真摯な改善ができるのだ。
と、まぁ、そんな趣旨でした。たぶん。たぶん、というのは、上記は私の理解を私の言葉でまとめてみたもので、本にある表現とはかなり違うからです。この本、翻訳が悪いのか元がまわりくどいのか知らないけど、とにかくまとまりが悪いし読みにくくてわかりにくいんです。
長くなっちゃったんで続きはまたこんど…あぁ前置きばっかり長かったせいで内容がないよう。
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「はじめての中学受験 第一志望合格のためにやってよかった5つのこと~アンダンテのだんだんと中受日記完結編」ダイヤモンド社
←またろうがイラストを描いた本(^^)
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「発達障害グレーゾーン まったり息子の成長日記」ダイヤモンド社
(今回もイラストはまたろう)
「ミスタッチを恐れるな」(ウィリアム・ウェストニー)
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恐れるなっていわれてもー
日々、自分のミスタッチの多さにげんなりしてて…
いや、別にほかの人の演奏聞くときに、そんなミスタッチの多寡にばっかり集中して聞いたりはしてませんよ。
ミスなしで魅力もない演奏ってのもあると思いますし(とはいえピアノサークルではそんなにお目にかからないw)
ミスはけっこうあるけどそれが気にならなくてずしんと心に届く好演もありますしね。
ミスなし演奏といえば。この私も、実は子どものときというのがありまして、
子ども時代最後の発表会であるところの小学校三年生、曲目はお約束といいますか「エリーゼのために」。
このときの録音が、当時ですからカセットテープに残っていたものを大人になってから聞きましたが。
ミスタッチなく停滞なく拍どおりにそれはそれはもうカタカタと。
聞いていて心躍るところは一片もなく、別の意味で心に響く(ヒヤっとする)ミスもなく、
なんてつまんない演奏なんだろうって。
このあとすぐ、私は「ピアノやめたい」母は即「いいわよ」ってな話になるわけですが、母だってそりゃー本人やめるっていうなら止めないよなって思いました。このピアノじゃね。
言うまでもなく、人はアマチュアの演奏聞くときに、なにもカタカタとノーミスで曲再生するのを聞きたいと思ってるわけではなく、その人なりの表現というか心に届けたいもの、主張したいことに耳を傾けようとしているのですから…
だから、ミスの有無が問題だというわけではない。けれど、ものには限度というものがあるというか、あまりにガタガタしているとノリを壊して、何がいいたいのかさっぱりわからんということになるので、少ない練習時間と、衰えた目と頭という制約の中で、悩むのですね(^^;;
で、まぁ、この本のタイトルを見るとそんなこんなが頭をよぎりますが(前置き長っ)、期待に反してというか、そういう本(ミスを気にせずバーーンと行け、的な)ではありませんでした。
この本でいうところの、「ミスタッチを恐れるな」というのは、本番というより練習中、練習の仕方についての哲学なのですね。
つまり、単に不注意に雑に弾いてミスをしてもそりゃもう何の役にも立ちませんが、
集中して、かつリラックスして、大胆に生き生きと弾いてみて、その結果ミス(訳が適切かどうかわからないが、この本では「正直なミス」と呼ばれている)をするのであれば、
それは何かしらそのミスを生んだ原因というものがある。これは、さらなる前進のための宝となるはずだ。
取り組む部分を明確に定めて(たとえば、弾き始めてから、最初にミスをするところまで)、
問題個所をどうしたいのか詳細にイメージして、
やってみる。
そしてまた結果をしっかり観察する。
ミスは決してランダムに起こっているわけではなく、何か原因があって起こっているのだ(それが、不注意なミスでなく正直なミスであれば)。この「正直なミス」をしっかりとらえて、体と頭がコミュニケーションをすることによって、でたらめでなく真摯な改善ができるのだ。
と、まぁ、そんな趣旨でした。たぶん。たぶん、というのは、上記は私の理解を私の言葉でまとめてみたもので、本にある表現とはかなり違うからです。この本、翻訳が悪いのか元がまわりくどいのか知らないけど、とにかくまとまりが悪いし読みにくくてわかりにくいんです。
長くなっちゃったんで続きはまたこんど…あぁ前置きばっかり長かったせいで内容がないよう。
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「発達障害グレーゾーン まったり息子の成長日記」ダイヤモンド社
(今回もイラストはまたろう)