都市徘徊blog

徒然まちあるき日記

旧第一信用金庫本店

2006-09-20 | 新宿区  

 市谷柳町、大久保通り沿いに建つ洋風建物。

旧第一信用金庫本店
所在地:新宿区市谷柳町1
建設年:1925(大正14)
構造・階数:RC・2F
Photo 2006.8.27

 久々に訪ねてみたら、外壁が塗り直され、ちょっとオシャレな感じに変わっていた。現在はレストラン・洋菓子店として利用されている模様だが、以前は居酒屋だった記憶がある。

Photo 1995.6.3

 10年ほど前の写真と比較してみると、側面や正面上部の看板が取り外され、側面には照明も取り付けられたことが分かる。店舗の庇も建物にマッチしたものに取り替えられている。建設当初の色と同じかどうかは分からないが、外観は改装によって、オリジナルの建物を活かしたものになり、良い感じになった。

 しかしこの建物、昔から飲食店だったのかしら? そう思って、例のごとく日本近代建築総覧を見るも記載なし。手掛かりは浪漫亭という新聞などにも載ったことがあるお店の名前。Netで検索してみると「新・浪漫亭/ビストロかがり火」というHPがあり、その中の「浪漫亭あれこれ」にこの建物の来歴が記されていた。それによるとこの建物は、以下のように変わってきたという。

1925(大正14) 第一信用金庫本店(注1)
   戦後    柳町病院(注2)
1989(平成 元) 浪漫亭
1996(平成 8) 新・浪漫亭
2005(平成17) ビストロかがり火

注1)第一信用金庫は、後に帝都信用金庫となる。更に2000.3に合併し、現在は東京シティ信用金庫  注2)柳町病院は1982に道の反対側に移転

 浪漫亭あれこれというページには第一信用金庫本店当時の姿が載っている。

 これと現在の姿を比較してみると、現在は2階部分のみになっている半円形の付柱が、もともとは1階から立ち上がっていたこと、また中央上部には第一信用金庫の社章とおぼしきレリーフがあったことも分かる。

 単なる商店にしては立派な外観だったので不思議に思っていたのだが、もともと銀行系の建物だったということで納得。戦後、病院になったり、居酒屋になったりと紆余曲折はあったが、それでも残り続けたのは幸運なことだと思う。

 大江戸線が開通して、市谷柳町は交通も便利になった。オシャレなレストランとしてこれからも残り続けていって欲しい建物だ。

#失われた建物 新宿区  #近代建築  #銀行・保険  #商業系  #病院 
コメント (3)
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