ベッラのブログ   soprano lirico spinto Bella Cantabile  ♪ ♫

時事問題を中心にブログを書く日々です。
イタリアオペラのソプラノで趣味は読書(歴女のハシクレ)です。日本が大好き。

西田昌司「最高裁違憲判決の顛末」(+ 再生リスト)

2013年11月07日 | 政治
西田昌司「最高裁違憲判決の顛末」(+ 再生リスト)


西田議員、お疲れ様でした。
民主党は「戸籍も差別だからなくそう」と言っています。
国民の90%以上は最高裁判所の判決に反対しています。
「司法の暴走」を認めるわけにいきません。

必聴の動画です。

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ヴェルディ「シモン・ボッカネグラ」高貴なる三重唱 そしてフィナーレ、(カップッチッリ他)

2013年11月07日 | オペラ
Simon Boccanegra [6 of 7] "Ei dorme!... Ecco il petto!" - Aragall, Tomowa-Sintow, Cappuccilli


有名なスカラでのライヴでなく、バルセロナで1990年のライヴ、
ジェノヴァ総督シモン・ボッカネグラにカップッチッリ
貴族ガブリエレ・アドルノにアラガル
シモンの娘マリア(アメーリアと呼ばれてきた孤児・・・シモンの若き頃の結婚を誓った女性との子供で、シモンが海賊だったことなどで結婚を反対され、その女性は娘を産んでまもなく死去、娘は行方不明だったが、やがてシモンの娘とわかる)にトモワ・シントウ


ヴェルディのオペラの中でも特に美しくパセティックだ。
若い青年貴族ガブリエレ・アドルノは父の政敵だったシモンを暗殺しようとするが、アメーリアに止められる。
アドルノはアメーリアを愛しており、いつも一緒にいるシモンを恋敵という噂に苦しんでいるが、父の仇としてシモン殺害を考えている。
しかし、アメーリアがシモンの娘であることを知り、深い後悔で「私に死を」と。
必死に父に許しを乞うアメーリア、
ジェノヴァ総督である自分を殺そうとしたアドルノを迷いながら許すシモン、

音楽は限りなく美しい。
アドルノを歌うテノーレ、アラガルはかつてカレーラスが憧れた名歌手である。
青年というイメージには遠いが、その声の素晴らしさ、凛々しさはやはり名歌手、

アメーリアを歌うアンナ・トモワ・シントウの、特に高音域の澄みきった美しさは
ドナルド・キーン氏をして「あっけにとられるほどの美しさ」と評するほど。
トモワ・シントウはカラヤンが見いだし、その美声に天上の美しさを感じたというが、
私も実演で聴いた。ワーグナーなどドイツオペラも得意とし、同時にヴェルディも歌うが、
スケールの大きな歌は特筆すべきものだった。

そしてカップッチッリである。
彼の声は「苦悩に満ち誇り高い」ヒーローを人間的な魅力で高める。
ステージで演じる表情も、ヒーローの抑制された苦悩がにじみ、見事なブレス・コントロールは声をいっぱい広げることなく、役の持つヒロイックさを内面に高める。
http://blog.goo.ne.jp/bellavoce3594/e/d770f35a04d62a13ba51148ea8824a7b・・・シモンの演説「平民よ、貴族よ」

シモンは政敵をも魅了する人間性を持ち、ジェノヴァを危機から救った実在の人物。
そしてシモン死後、ジェノヴァ総督を継ぐのはかつての政敵の息子でシモンに傾倒した
ガブリエレ・アドルノである。
Simon Boccanegra [7 of 7] "Chi veggo... Maria coraggio!" - Aragall, Tomowa-Sintow, Cappuccilli


ジェノヴァ総督シモンは毒を盛られており、娘の結婚を待っていたかのように娘夫婦を
祝福し、死ぬ。
この時のシモンの祈りが美しい。
そしてシモンはガブリエレ・アドルノを総督の後継者とする。
このフィナーレは涙なしには聴けない・・・。


史実のシモン・ボッカネグラをWIKIで。

歴史上のシモン・ボッカネグラ

表題役となったシモン・ボッカネグラは実在の人物(? - 1363年)である。14世紀のジェノヴァ(当時はジェノヴァ共和国)では、4つの有力貴族が教皇派と皇帝派に分かれて争っていた。フィエスキ家、グリマルディ家のグェルフ党(教皇派)とスピノーラ家、ドーリア家のギベリン党(皇帝派)である。この対立に、商人や平民による平民派との対立が加わった。こうした中で、シモンは1339年に初代ジェノヴァ総督に就任した。1344年に貴族派の陰謀によりいったん失脚するが、1356年に総督に復帰する。1363年、宴会の席で倒れて没した。ワインに毒を盛られたのが死因であるという。

また、『シモン・ボッカネグラ』は、リヒャルト・ワーグナーの歌劇『リエンツィ』の物語と同時代であり、『リエンツィ』の主人公ニコラ・ディ・リエンツォがローマで殺されたのは1354年である。本作の第1幕フィナーレでのシモンの演説には、この史実を受けて「リエンツィと同じ栄光と死の予言の声が、いまやジェノヴァ一帯にも響き渡っている。ここにペトラルカの手紙がある。」という一節がある。


   
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