★ 平沼赳夫氏
「憲法を語る6 憲法の問題の中で非常に大きな意味のある東京裁判」平沼赳夫の警鐘塾205鐘 衆議院議員 平沼赳夫氏
★ 西田昌司氏
「独立国家なら自然権として自衛権があるということは国民にも国防の義務があるということである」西田昌司の目覚めよ!日本人 第202撃 参議院議員 西田昌司氏
・お話の大意
支持者の女性が「西田先生の仰る通りですが、子供には戦争に行かせないでください」と。
「国民国家」とは政府が国民のかわりに仕事をすすめるが、国民に戻っていくこと。
国民には「自然権として国防の義務がある」でないと成り立たない。
正当防衛する権利は国家にあり実際にそれをするのは国民である。
どの国でも当たり前、独立国ではどこにもある。
これと徴兵とは違う。
ただ徴兵があろうがなかろうが、国民には国防の義務があるということえある。
どの国でも常識になっていることが日本ではなされていない。
占領を前提としての憲法、占領が終わったらそれをきちんと議論しなくてはならない。
徴兵と別に「観念」として国民には国防の義務があり投票権がある。
国防について「国民国家」である限り、自衛隊のほかに国民にも義務があるということ。
これを教育でも教えていない。整理ができていない。
「徴兵制」と「国防の義務」とは違う。よって国民国家とはどういうものかわかった上で
国民に説明しなくてはならない。
その為にも抑止力が必要になる。
★ 今日の音楽はロッシーニのオペラ『セヴィリアの理髪師』から
歴史的名盤 ジーノ・ベーキのフィガロ、モンティのアルマヴィーヴァ伯爵、そして
ヴィクトリア・デ・ロスアンへレスのロジーナで。
V. de los Angeles, G. Bechi & N. Monti "Ah! Qual colpo.." Il Barbiere di Siviglia
ヨーロッパでは庶民階級が台頭、その中で理髪師で世話焼きのフィガロは人気者、
ロッシーニの名曲です。この曲はヨーロッパの古い因習から目覚めていく過程において
絶賛されました。「笑いながら政治を変えた」ともいわれています。
ヴェルディが最も尊敬したイタリアの作曲家、ロッシーニはこのオペラのほかに有名な
「ウイリアム・テル」があります。
ここでフィガロを歌うジーノ・ベーキは、かつて私がイタリアで指導を受けた3人のマエストロのひとりでもあります。
ピアノも抜群に上手くて、レッスンの時の伴奏はオーケストラを彷彿とさせるようなものでした。
ヴェルディバリトンとして一世を風靡したベーキは、ロッシーニのフィガロの役を大変大切に思っていて時々晩年にその一節を歌っておられましたが「声は大丈夫だが息が無理だ」と若き日のようには歌えないことをお話になったのでした。