ロンドンの本屋の店頭でいつも山積みにされていた2年前のベストセラー"Too big to fail"の和訳版『リーマン ショック コンフィデンシャル』を読みました。原語で読みたいと思いつつ、電話帳並みの厚さのペーパーバックは読み切れないのが明白でしたので自重していたのですが、やっと日本語版を読むことができました。
あたかも自分がその現場に居合わせているようなリアリティがある経済ルポルタージュです。経済ルポルタージュと言っても、本書は、リーマンショックの仕組みや影響を解説するのではなく、リーマンショック前後の、米国主要投資銀行の幹部、財務長官、連邦準備制度理事会議長、ニューヨーク連邦準備銀行総裁といった当事者たちの行動・心理を追ったヒューマンドラマです。
彼らの強い個性と、世界経済を左右する緊迫した場面の連続は、サスペンス小説も真っ青の、スリルに満ち溢れています。違いは、サスペンス小説には出て来がちの美人のヒロインがいないことぐらいでしょうか。 一時、ウォーターゲート事件を暴いたボブ・ウッドワード氏の政界もののノン・フィクションを愛読していたのですが、本書はその経済版と言っても良い、手に汗握る一級の読み物になっています。
読みながら、学ぶこと、考えさせられることも多いです。世界経済を牛耳っていると言っても良いほどの大手米国投資銀行トップエリート達の考えや行動、政策責任者、中央銀行の思いと行動、未知の世界を知る楽しさと興奮に満ちています。この前に読んだ『世紀の空売り』が、サブプライムローンの逆に賭けた一方で、今回の主要人物は、サブプライムローンに乗ってこけた人たちが中心。こちらの登場人物から見ると、空売り屋は悪の根源。コインの裏と表を見ている面白さがありますので、両方を読まれることをお勧めします。
700ページにわたって詳細に現場を描いた筆者が、エピローグにおいて一歩引いた視点で総括しているのが印象的でした。以下、引用します。
「かつて金融業界は、広範な経済を裏で支え、新たなビジネスの成長や、成熟企業の適応、拡大を助けてきた。しかし、危機に先立つ年月で、金融分野はみずからが表に立つようになった。ウォール街のゴールは、顧客ではなく自分のための手数料稼ぎに変った。(中略)金融システムをあるべき場所に戻して、リスクを抑制するという提案はいくつか出されているが、どれも中途半端で、熱意に欠けている印象を受ける。」
「その一方で、曲がったものの折れはしなかったウォール街は、新たな利益を求めてまた突き進んでいる。システムには再びリスクが導入されつつある。・・・(中略)・・・なかんずく気がかかりなのは、いまだにウォール街のマシンの中心に位置するのが、エゴであることだ。・・・(中略)・・・・いまの環境に欠けているのは、純粋な人間性だ」(下巻pp356-357)
筆者が「純粋な人間性」というナイーブとも取れる言葉を使っているのは少々意外でしたが、私自身、この現実をどう総括すればいいのかはまだ答えが見つかっていません。
蛇足ですが、ポールソン財務長官とモルガン・スタンレーのCEOジョン・マックとの会話は、笑えないですが、笑えます。
マック 「日本人がいる!三菱が乗って来る」
ポールソン 「おいおい、日本人のことはわかっているだろう。彼らはことを起こさない。迅速に動くことはぜったいにない」
日本人のビジネスってこう見られているんですよね。