今、福島第一原子力発電所の原発事故を追ったルポルタージュ『カウントダウン・メルトダウン』を読んでいます。日本を代表するジャーナリストである船橋洋一氏ならではの、資料、関係者へのインタビューを駆使した、その日、その時、何が起こったのかを明らかにした力作です。危機管理とは何か、リーダーシップとは何なのかを考えるケーススタディとして最高水準の一冊だと思います。事故当時、日本に居なかった自分にとっては、日本人として必要な追体験の機会でもあります。
まだ上巻を読んだだけで、これから下巻ですが、考えさせる記述、知らなかった事実が多く、自分の備忘として、上巻で気になったところを抜き書きしてみました。全体を通じての感想は下巻を読んでからにします。
《以下、上巻からの引用》
保安院は、原子力事業者に取り込まれる形で、原子力の過酷事故を「想定外」として捨象してきた。
そのため、緊急時の対応と過酷事故発生の際のオンサイトでの対処の危機管理のプロを育ててこなかった。(p37)
池田(元久原子力災害現地対策本部長)は深く感ずるものがあった。
(政治指導者に必要なのは大局感だ。いま、日本が直面しているのは福島原発事故だけでなく地震・津波もある。すべての人々の生存の可能性が高い初動の72時間が勝負だ。そういうときは、総理はどんと構えて、司令塔の役割を果たさなければならない。総理たるもの、所作、言動、言葉遣い、それなりの風格がなければならない。それがこの人には感じられない)(p129)
福山が枝野に言った。
「爆発の状況についてもう少し詳しいことが言えるまで、会見の時間をずらしてはどうでしょうか」
何の情報もない。わからないことだらけだ。記者会見すれば、「政府は知らない」ということを国民に告白するようなものだ。そんなことをすれば、国民の政府に対する不信感を高めるだけではないのか・
「うーん」
枝野は、しばらく考え込んだが、きっぱり言った。
「やはり、やろう。これだけの映像がもう流れている。会見を遅らせれば、政府は何をやっているんだ、何かを隠しているのはないかと言われる。国民は余計動揺する。会見は予定通りやるよ」
菅も「うん、やってもらおう」と枝野の背中を押した。
枝野は、「手ぶらで」記者会見に臨むことになった。(p151)
危機管理では、一番危険な状態に置かれている人々をいかに早く見つけるか、の勝負となる。
それには基準を引き上げ、一番危険な状態に置かれている人々いち早く保護、管理する。汚染拡大を防いで他の人々を守ることが肝心である。
危機管理上、とくにトリアージュの観点からは、そうした緊急選別が不可欠である。
ところが、日本ではトリアージュをされると「見捨てられた」とのイメージでとらえられがちで、従って、社会的抵抗も強い。(p207)
「(福島)県知事の判断によって服用のリスクが生じることは避けたい、しかし、それによって被爆のリスクが生じることは見て見ぬふりをするということだった。(福島県は)被ばくのリスクと、ヨウ素の吸引によるリスクと安定ヨウ素剤を飲むことのリスクのバランスをきちんと考えなかった。安定を保ちたい、県が考えていたのはそれだけだった。騒ぎにつながることはことごとく避けよう、過去のいろいろな知見を覆すことは避けようという気持ちが、いろいろな場面で強く働いた」 (p222)
「自ら自治体と住民に指示を出さなくても済むように、国に指示を出させないよう国を牽制していた」(p223)
その時々で、どこが一番危機的な状況にあるのか。
それを判断する際のデータは確かか。
対応の優先順位をどう決めるか。
限られた人材と資源をどう振り分けるのか。
どれかを選ぶことによって他の何が犠牲になるのか。
それぞれのリスクの相互連関をどう評価するのか。
認識と評価と対応のすべてのレベルを統合的にとらえ、作戦を立てなければならない。(p287)
原子力のような巨大技術と巨大リスクを管理しなければならない保安院のトップが専門性と知見を欠いていたことは自己管理では致命的だった。(p362)
日本には原子力安全・保安院の他、原子力安全委員会という安全規制のお目付け役がいる。・・・安全委員会は、(安全規制を行う経産省や文科省などの行政機関の)安全規制をチェックするのが役目である。
首相を通じて関係行政機関に勧告権を持つので、権限は強い。
・・・・・11日午後、委員会事務局は、一斉携帯メールシステムを使って専門家リストの20人の非常招集をかけた。そのメールは誰にも届かなかった。・・・その日に委員会に駆けつけたのはわずか20人だった。(pp369-370)
《下村内閣官房審議官のメモ。斑目原子力安全委員会委員長らの管首相へのブリーフィングを聞いて・・・》
「批判されてもうつむいて固まって黙っているだけ」
「解決策や再発防止策をまったく示さない技術者、科学者、経営者」
「技術そのものではなく、人間力として、原子力を持っちゃいけない社会だと確信した」(p373)
安井正也資源エネルギー庁省エネルギー・新エネルギー部長
「設計図面通りにつくる点では日本は世界一だろう。しかし、システム・デザインを変えていく技術を持たないと、世界のトップランナーにはなれない」
<日本には技術政策全体のバランスや優先順位を見て、的確な判断と方向を示すチーフ・エンジニアがいない>(p378)
こうした中で、自衛隊はプロフェッショナルに対応した。
ここは、危機対応作戦を自己完結型に遂行する能力と意思と専門性を持っていた。(p387)
17日の自衛隊の上空からの放水作戦によっても、放射線量はほとんど低下しなかった。
(中略)
少なくとも、この作戦は、日本政府が一丸となって、地上からの注水作戦を発動する契機を与えた。
(中略)
細野は、かろうじて踏みとどまったと感じた。
<日本と言う国家の背骨が折れようとしていた。それをなんとかもちこたえさせた。>と感じた。
<日本が独立国として残りうるかどうか、もう瀬戸際だ>
<これができないのなら、アメリカももう日本を手助けしないだろう> (p424-425)
折木は答えた。
「総理。どう思うかと聞くのはやめてください。行け!と言って下さい。命令されてやるのが自衛隊です。相談されても困るんです。」(p473)