その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

世代リトマス試験本?: 村上春樹『村上T 僕の愛したTシャツたち (Popeye books) 』マガジンハウス 、2020

2021-04-26 07:30:57 | 

とっても懐かしい匂いを感じる一冊である。

雑誌『ポパイ』(まだ、あったんだ!)に連載された村上春樹さんのエッセイ集。村上さんのTシャツコレクションの中からのお気に入りの一枚について、写真と文章が添えられる。こんな「イージー」な作りなのに、1冊にまとめられると、そこには確固たる村上ワールドを感じる実に不思議な本である。(というか、それが村上さんの力なんだろう)

村上さんほどではないが、私も30歳くらいになるまで、コレクションというほどではないにしろ、旅先や訪問先で気に入ったTシャツがあれば買っていた。数年前、断捨離ということで多くのTシャツを泣く泣くお見送りしたが、1枚1枚にその時の風景、思い、気候、匂いがしみ込んでいた。今でも、捨てるに捨てられなかったTシャツを手に取ると、ほんわか残る当時の匂いで、瞬時に昔の感覚が蘇る。五感に訴える、3次元・4次元の品々なのだ。なので、村上さんの文章には共感できること多く、頷きながら、含み笑いをしながら一気に読んだ。

忘れかけている昭和の匂い(バブル?)が漂う。村上さん同様、私も、今となっては全く袖を通さないTシャツが、まだ引き出しに収納してある。所有から利用へ、効率性、断捨離、コスパ(経済的合理性)、ミニマリスト、シンプル・ライフ・・・といった現代の風潮からは、「無駄」の一言で片付けられる世界だ。その「無駄」をリスペクトし、持ち上げて、所有欲を満たし、それが一つの自己主張と考えていた当時を思うと、いわゆる「昭和」だったんだなあ~と思い返される。

この本に共感できるかどうかは、一つの世代リトマス試験紙なような気がする。今時の若者には意味が分からない、「無駄」な本と感じる人も多いかもしれない。本書で村上さんも70歳を超えたということを知った。自分の中では、村上さんは永遠に村上さんなのだが、家にあるTシャツを眺め、本書を読み、時間が着実に流れていることを改めて感じた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする