『恐怖の男 トランプ政権の真実』に続く、ボブ・ウッドワード氏によるトランプ政権レポート第2弾。前著は関係者へのインタビューをもとにした叙述であったが、今回はトランプ大統領(当時)本人との17回に及ぶインタビューがベースになっている。
いつもながらディテールがしっかり描写されたルポで、トランプ氏個人の価値基準や言動、そして政権内部の様子がビビッドに伝わってくる。 興味を引いた箇所は数多いが、3点書き留めておきたい。
一つは、新型コロナウイルス感染症に対する政策決定過程。この問題は進行形なので政策の評価は難しいが、トランプ氏が2020年3月16日の「感染鈍化の15日間のガイドライン」発表以前の2月時点で、コロナウイルスの致死性が高いことを知りつつも、問題を矮小化して伝え、対策に後れを取ったこと。その後も科学的根拠に基づかない(この点はオリンピックに振り回されて、ダッチロール対応を続ける日本が言える話ではないが)コメントを繰り返す迷走ぶりはひどい。一方で、米国側の要請にもかかわらず、いかに中国が情報を秘匿し、協力的でなかったことも良く分かる。(本書自体はトランプ政権がテーマなので範囲外であるが、いつか誰かが、コロナウイルスのグローバルでの感染プロセスとその時々で各国のリーダーが得ていた情報、そして取ったアクションを同時並行的に俯瞰、解明して欲しいものだ。)
二点目は、北朝鮮への対応過程。トランプ大統領と金正恩委員長は計27通の親書を取り交わしたという。それらを目に通した著者が伝える米朝のやりとりは緊張感も含め迫力満点だ。トランプのビジネス経験で培われた交渉術と金委員長とのやりとりは、伝統的な首脳外交とは違った賭け事的なスリルに満ちている。結果の評価は難しいが、トランプ外交として成功したとまでは言えないのは明らかだろう。
そして、三点目は、トランプ氏の腹心といえる娘婿クシュナー氏のトランプ評価。前著では、閣僚クラスの人物たちからはクシュナーはプロセス無視して、政策決定をかき回す人物として描かれていた印象があるが、本書では最もトランプに近い人として、賛否はあれども、トランプ政策を実現に移す実務の人として、相当な仕事をしていることも分かる。
そのクシュナー氏のコメントはトランプ氏を理解するうえでとっても興味深い。 彼曰く、トランプを理解するために必要な4つの教科書の一つとして、『不思議の国のアリス』を上げ、トランプは「どこへ行くのかわからなくても、どの道でもそこに行ける」チェシャ猫と言う。また、「彼は予想がつかない。それが大きな力なんだ。一線がどこにあるのか、だれにもわからない。・・・一線も変わる」との評は、リーダーとしての適格性について首を傾げさせられる。なるほどと思ったのは「トランプは『共和党を敵対的買収した』」との表現。言いえて妙だと思う。中身があるのか、ないのか(きっとない)それが分からないが、自分ファーストで他人の評価を全く気にすることなく徹底的に戦えるのが、トランプ氏がモンスターたる所以だろう。
相当数のインタビューを経たうえでのウッドワード氏の結論は明快だ。 「私は50年近くかけて、ニクソンからトランプに至大統領九人について書いてきた(中略)。大統領は、最悪の事態や、悪い報せといい報せを、進んで国民と分かち合わなければならない。どの大統領にも、報せ、警告し、守り、目標と国家の真の利害を明確に説明する義務がある。ことに危機に際しては、世界に向けて真実を告げるという対応が必要だ。ところが、トランプは、個人的な衝動を大統領の職務の侵しがたい統治原則にしている。大統領としてのトランプの業績全体から判断すると、結論はたった一つしかない。トランプはこの重職には職には不適格だ。」(p513)
バイデン大統領になって4月ばかりだが、アメリカ国民の選択は正しかった。本書を読めば、リーダーを選ぶことの重要性が良く分かる。
(余談だが、日米のアマゾンのレビューポイントの違いが興味深い。英語版は28848個の評価で4.7ポイント、日本語訳は16個の評価で3.4ポイントとなっている(2021.4.29現在))