有って無いもの

2015年08月15日 | Weblog


時々、現役中のほうが生活し易かったと思うことがあります。時間というより、時刻とまではきっぱりとは言い切れないのですが、とにかく時に従って動けば良いという面がありました。
ところが、それがなくなると、《 一体何時に起きて何時に朝ごはんを食べ、何時から何をすれば良いのだ 》 ということになります。それは日によって、季節によって自分で決めていかなければならないことになります。現役中も、まったくそれが無かったというわけではありませんが、こう何から何まで抜かりなく決めていくのは疲れます。特にのんびり屋の私には、かなりきついことになります。

 

こんな身分になりたいなぁと思うことも、たまにあります。新聞紙を入れる袋を置いといたところ、その中に入っちゃいました。急いで撮ったのでちょっとブレちゃった。

 

コガネムシに食べられた大豆の葉っぱ。茂りすぎると豆が生らないので、食べられるくらいが良いみたいです。ただ、これでも実がつかないなら、少し刈り取って陽が入るようにしなければなりません。

大豆は普通、肥料をやりません。この大豆の前に作った作物の残り肥料くらいの養分で良いのだとか。特に、窒素を与えると葉っぱが喜んでワッサリと立派に茂って、豆は全然生らないなんてこともあります。

 

キビが色づいてきました。キビは穂の茎が硬くないので、このようにザラ~~~~ンと垂れ下がるのが特徴です。しかも、一つの穂の中でも熟する時期にずれがあるので、刈り取る前に熟したものはこぼれます。
このキビは種がこぼれてこの春に自然に発芽したものです。

穀物は収穫するには、刈り取り、乾燥、脱穀、乾燥、製粉(製粉しないものもありますが)と、かなりの手間がかかります。それなので、小麦は止めました。これだけは、自然にでてしまうので、私の範囲内のことですが、絶滅してももったいないかなと思って、収穫しています。

アマランサスなどと言うものも作ったことがありましたが、キビより種が小さく面倒なので一度で止めました。収穫をしたのですが、もうやり切れず、中途で捨ててしまいました。

 

時は金なり などという言葉がありますが、どうやって時を過ごすか責任は自分にあります。義理ごとなどで、自分では自由にならない時間というものもありますが。

まあ、何をやってもやらなくても一生は一生です。満足しようと後悔しようと時が経てば・・・・・。

 
      世の中は  夢かうつつか  うつつとも
                夢とも知らず  ありてなければ   古今和歌集 読人知らず  

        この世は夢なのか、現実なのか 現実とも
                夢とも分からず あって無いものだから