台風が来るとか。時折、激しい雨が降ります。そのままずっと降り続けるのかと思うと青空が見えて来たりして、何だかいい加減というのかムラがあります。
風が強くならないうちにと思ってビニールハウスを全部閉めたら、きれいに晴れてジリジリと太陽が照り続けるではありませんか。仕方なしに、また開けましたよ。中から熱風が吹き出てきました。
今朝の東の空です。普通ではない空なので、何だか変な気持ちになります。まあ、毎日のことですから、雲や湿度の具合でいろいろな夜明けにはなるだろうと思いますが。
こういう写真は、カメラなんか取りに行って、ましてや 「あれ? カメラはどこだ?」 なんて探してなんかいたら、もう普通の風景になってしまうのです。今までには、撮れなかったシーンは数知れず。せっかく撮ってもピンぼけだったり。
裏山に咲いている ツリガネニンジン。 山菜です。早春に出たばかりのところを摘んできて茹でてたべられます。トトキと言う地方もあります。
下の方には大きくなりすぎたものもあります。すぐに大きくなるので、其の年に出来た総数の半分も食べないでしまいます。
白菜 手前は大根と葱
もう、ずいぶん時間をかけて読んでいます。ほぼ半分くらいまで読み進めて来ました。全部で十巻あります。他の本も数冊読んでいますので、気まぐれなものですから、その時の気分によってどれにするか決めるということですので、なかなか順番が回ってこないこともあります。
順番が回って来ないというときは、たいていは、その本の持っている独特の雰囲気に飽きて仕舞っているときです。毎回毎回、御殿の上の貴族たちの恋心の行方などをだらだらと書いてあるものなど、本気で追ってなどいられませんからね。
『更級日記』を書いた女性などは、何でもあの菅原道真の子孫なのだそうですが、昔のことですから、今のように本が溢れている時代では無かったし、時代も書かれている場面の時とも、そうは離れていなかったこともあったせいでしょうか、手に入れたときには天にも昇るような気持ちになったとか。夢中になって読んだと本人が書いています。現代でも、女性なら夢中になって読める人は多いと思います。
何であれ、夢中になれる物があったということは幸せなことです。
世界の街角や田舎の道を歩く番組をよくテレビでやります。見るともなくパソコンのキーを叩きながら見ることが多いのですが、特に観光地では駄目という意味ではないのですが、観光地では無くてごく普通の所に興味があります。
世界のこんな所に日本人がいたなんていう番組もありますが、見られない時間帯にやっていたり、とてもあれやこれやと付き合いきれないということもあるので、それは時々しか見ていません。
布団干しが錆びてきたので塗っているところですが、さっそくトンボが飛んで来て一休み。ここはもう乾いているので大丈夫です。最悪の場合、足がくっついてしまいますからね。そうなったら、引き離してやっても足がちぎれてしまうので、もう助けられません。
初収穫
それで、世界でも日本でも行って見たいな~とよく思うのですが、やっぱり家にいて画面を見ているくらいで良いかなとも思うという二人の私がいるのです。
風になりたい と思う事がよくあります。風になったら人間でなくなりますので、世の中のことに感心が無くなってしまうかもしれない。そこはメルヘンと同じ次元になり人間のままで風になりたいのです。
そうすれば、さ~~~っと街角や牧場をひと吹き。「北風小僧の寒太郎」じゃないですが、そのシーンを堪能できるのです。
朝
とまあ、こどもみたいな気持ちですが。それはそれとして、そういう番組ばかり見ていると、身体はここにいて、という仮想現実の世界で満足してしまうと言う、あまり好ましくない状態に陥ってしまうのかなと、少し心配になります。
廃 句
小田 実(おだまこと) 『何でもみてやろう』が 懐かしい
我が家が 世界の中心 そこからだ
脳内は 時間空間 自由の旅
いったん涼しくなったのに、また暑さが。それもかなりの暑さがぶり返すと困ります。身体も心も暑さとは おさらば してしてしまったんですから。
「お前なんか困ったって知ったことか」、と言わんばかりに暑いのです。言わんばかりに・・・ 言わんばかん・・・ 「イヤンバカン・・・」 あ、それは林家木久扇でしたっけ。
それにホレ、空は秋の青空・白い雲。「暑さよ、きっぱりと気前よく立ち去れ。台風よ来るな。」 予報によると、こんどは来るかも。鴨は葱を背負って・・・、来るはずないですが。
大げさな表現は、ありもしないことをありそうに言うものです。「もしも〇〇校が負けたなら、絵に描いた魚が泳ぎ出す。電信柱に花が咲く~」 なんていう私の出た高校の野球応援歌がありましたっけ。
昨夜は、つくば市まで行って春風亭昇太と林屋たい平の落語を聞いてきました。いやはや、あきれるほど面白かったです。笑い転げるほど笑いっぱなしのおばさんもいましたっけ。
昔の話のはずなのですが、現代のことばを取り入れてしまったりして、やっぱり弾みがあり、動きがあり、たて続けに笑わせるのは若手がいいですね。あまり年寄りすぎる噺家ですと、会場が全員して海の底にずんずんと沈んでいってしまうんじゃないかと思います。「私は貝になりたい。深い深い海の底で・・・」なんていうドラマが以前ありましたっけ。(「私は貝になりたい」)
しかし、ものによってはしんみりと聞かせるものもありますからね。どっちが良いなんてことは言えません。どっちも出来なければ。特に若手は。
まだまだたくさん出来ます。私が好きなのは素揚げですね。あのとろっとしたのに生醤油の味がひきたててくれて・・・。たまんないです。気をつけなければならないのが油の摂りすぎですかね。
この とる という言葉。漢字がたくさんあって使い分けるには何度もキーを打って目当ての漢字にやっとたどり着けるのです。摂る、撮る、獲る、取る、録る、採る、捕る、執る、盗る、穫る。もっとあるでしょうか。それなので、盗る、執る などは使い分けるとして、他はみんな 取る にしてしまおうかなと思うのですが、国語学者は何と言うでしょうか。いや、やっぱり 撮る、録る なんかも使うべきでしょうかね。
クヌギの木の根元にある土の中から長く伸び上がったもの。これは中に蜘蛛が入っています。なんという蜘蛛なのか分かりません。子供の頃は「何だろう?」なんて思って引き抜いて見たことがありましたっけ。彼らの静かな生活を乱してしまったのです。
調べたところ ジグモ(地蜘蛛) と言うのだそうです。そうです。こういう蜘蛛が入っているんです。ありとあらゆる所に生き物が住んでいるんですから感心してしまいます。
廃 句
暑き秋 袋の中にゃ 何が住む
胡瓜には 辟易すれど 茄子好む
暑くなり ツクツクホウシ なお元気
お彼岸だ お彼岸までは 覚悟せにゃ
見てきたが 迷いに迷う タブレット
私のブログは、どういう方々が見てくれているのかなと思うことがあります。たいして気にはしていませんが、ずっと続けて見ていてくれる方もいるかと思いますし、一時は読んでくれても雰囲気に慣れてしまうと飽きてしまい、次第に離れて行くということも・・・ たくさんあったのでしょうね~。知らぬが花です。
キビが実ってきました
同じ雰囲気で続けるべきか、それとも全く違ったものにして行くべきか。まあ、たいして価値のないブログに悩むこともないのではないかと思うので、その日その日に思いついたことを書いているに過ぎませんが、それにしても、いつも仕事とは言え大変なことだなと思うのが、『天声人語』のような何万人もの人が読む新聞の第一面の下にあるコラム。数人の人が担当して書いているらしいですが、長く続けるには何を話題に取り上げるかがまず大変なことです。
よく見ると殻が割れて、もう収穫の時期です
次には、どうやって話を進めどのように結ぶかです。教養がなければ、いろいろな例をとりあげ説得力のある文は書けません。この頃は、私の嫌いな筆法はあまり使わなくなってきたので、楽しんで読んでいます。嫌いなやりかたというのは、故事に因んだすてきな話から始まるのですが、なるほどそうなのかと感心しながら読んでいると、結局は政治批判への導入であったりすることです。その場合は、全般のなるほどと思わせるところだけいただく、という読み方をしています。
まだまだ実っています
その感心しないやり方というのは、まるで美味い餌を鉤にくっつけて魚を釣るようなやり方に似ているから嫌いなのです。人を釣ってはいけない。信頼関係に曇りが生じる。
そんな堅苦しい話は適当にして。これはゴミの入った袋を入れておく箱ですが、数年前に廃材を使って作ったものです。左は燃えるゴミの入った袋入れ。右は、資源ゴミの入った袋を入れるものです。資源ゴミは鉄、アルミニウム、ガラスの三種類です。紙類は別なところに置いてあります。
年を経てだんだん傷んできました。これを作る頃は、材木屋さんから端材をたくさんもらってきてあったので、適当に選んで作る事ができましたが、今度は板を選んで買ってこなければなりません。でも、なにか役に立つ物を作ることは楽しいことですね。
シオン
夏の名残で、日中はまだ暑いです。でも、一日中どこにいても暑いというのと、朝晩が涼しくなって・・・と言うように、涼しい時間帯があるということは、大いなる救いになります。
煎餅屋さんに行ったときに、袋入りの駄菓子を売っていたので、買ってきました。カルメ焼きです。なかなか減りません。
旧茨城県庁のあったとこは水戸城の堀の跡がいまでもあります。この内側つまり写真では右手の方は三の丸と言います。
ちょうど写真を撮ったあたりに水戸警察署がありますが、そこに水戸城跡のことを簡単に説明した掲示板があります。よくそこを通るのですが、先日はカメラを持っていたので撮ってきました。
掲示板は一枚の板に書かれていますが、大きめの文字を出すと画面から溢れてしまいますので、二つに分けてみました。これくらいの大きさの文字なら、何とか読めるでしょうか。
堀はこの他に、四カ所つまり南北に四本掘られていたそうです。城跡は舌状に東に突き出た大地の上にあるので、四角に掘る必要はなく、南北に掘れば良かったのです。
本丸と二の丸の間の堀の底にはJR水郡線の線路が通り、二の丸と三の丸の間は、旧6号国道が通っています。そして此処と、他の二本の堀のある地区は商業地区になっています。そこは端の方は名残がありますが、ほとんどが埋め立てられて建物がたっています。
ミニトマトのように見えますが葉が違います。茎もちがいます。これはハマナスの実です。この実が茄子のように見えたのでしょうか。
「あまちゃん」に出てくる まめぶ汁 です。甘いのかしょっぱいのか、わがんねえ味だけんども、とにがぐ んまかった~~~。
夏になると雑草を目の敵にしがちですが、それは極々個人的なものであって、もっとマクロ的に考えると、決して敵ではないことは知っています。
ジュラ紀と言って、植物が繁茂し、恐竜も増えて地球が今とは違った賑やかさを持っていた時があったそうです。ジュラ紀は現在よりも暖かく、降水量も多く、湿度も高くて、そのため動物、植物はともに種類が増え、大型化していったのだそうです。今から凡そ2億年弱まえから1億5、000万年まえの時期だったそうです。
今朝の東の空
その、暖かい、という部分が今も似ているのではないでしょうか。現在、北極の氷は夏はだいたいとけてしまいます。そのためユーラシア大陸の東西の荷物の運搬は北極海を通れば、南のインドなどの沖を経由して運ぶより、航路ははるかに短いのだそうです。温暖化のせいで皮肉にもかえって便利になるという苦笑いのような現象が起こっているとか。
さてその雑草ですが。雑草が繁茂すると酸素同化作用を盛んにやりますから、炭酸ガスを植物が吸い、酸素を吐き出すと言うことで、次第に温暖化を防止する役もするようになってくるのかなと、素人の私は思ってしまうのですが。しかしそれは正しい判断なのか、その判断にはとんだ落とし穴が潜んでいるのかは私には分かりません。
シソも秋を感じて
炭酸ガスつまり CO2 は、C と O の結びつきがかなり堅固で、とてもぶち壊しにくいのだそうです。簡単に壊せて C と O を分離できたら、これほどは騒がないはずですからね。それを植物はいとも簡単にやってしまうわけです。生き物というのは、信じられないようなすごい能力を持っているものだなと思います。
だから、雑草、雑草とやたら呼ぶのは不謹慎この上ないことなんだろうなとは思いつつも、このわずかばかりの狭い土地にはお願いだから生えないで、おいしいものを作らせてくれと思いつつ除去しているわけなのですが、そうは都合の良いようにはなりませんね。
こういう花ひとつとっても、これと同じようなものは人間にはつくれないですね。当たり前のことですが。それでも、人はたゆまぬ努力を続け、少しでも出来ることをしてきたわけでしょうが、その努力の結果が思いも寄らないことをもたらしてしまうことも多々あったはずです。
とまあ、キーボードの前に座ったら、今日はそんなことを考えてしまいました。
風は涼しいのですが、日差しが強い。日なたは暑い。動くと暑い。と、体力をなくしたような感じの日です。体力がないのかも知れませんが。
せっかく草刈りをしても、草むしりをしても、雨が降ると草は勢いを増し、刈った草の根っこは残っていますから、茎が伸びて立ちががり、むしったところはこぼれた実が発芽し、いつの間にかうっすらと緑になり、それがすぐに濃い緑になり、そして小さなジャングルのような草むらになります。
あー、まただー。取らなくっちゃと思うだけで、もう疲れがドッと出るような感じ。草は無言でどんどん迫ってくるから恐ろしい。
桃栗三年と言いますから、この小さな栗の苗は気になってから三年は経つのでしょうか。今年は幼樹ながら多めに実がなりました。
虫食いだったから拾わなかったのか、それとも草に隠れて広い損なったものなのか、とにかく実から発芽して苗になったものです。
栗は拾ったり イガ の始末が大変なので、栽培を止めようと思って苗木は買わないことにしていますが、いつのまにかこうやって次の世代が出来てくるのです。
廃 句
一秒も惜しみつせわし蝉の声
故郷へ帰らずスイスイ赤とんぼ
狂喜の日明けてまだ騒いでる人がいる
寒すぎる暑すぎてまた降りすぎる
パソコンやテレビのない頃月見した
曇っていたのですが、お昼前ごろからとうとう降り出して本降りになりました。出来たらあのお盆過ぎの渇水期にでも少しずつ降っていてくれれば良かったものを。天気は人生と同じでなかなかままならぬものです。
今朝起きてすぐに牛乳を一杯のんでから二時間ほど草刈りをしました。戻ってきて汗を拭いてニュースでも見ようかと思ったら、オリンピックの開催地が東京に決まったとかでテレビの世界では大騒ぎでした。
それぞれマイクを持った人が興奮して声も高らかに喋りまくっていました。どのチャンネルでもコーフンの渦。なんだか、私ひとりがさめていくのを感じてしまいました。
<景気回復に役立つだろうか。そうなれば良いが。罹災地の人たちに励みになるだろうか。それならば良いことだ。放射能漏れがふせげるだろうか。だが、騒ぎすぎないで欲しい。うるさくてたまらない。関係ないように思えるが、この興奮でマスコミの見張り番の気持ちが緩みはしかいだろうか。> と、いろいろと考えてしまいました。
しとしと雨は良いですね。ひと雨ごとに涼しくなる、という言葉を聞きますが、本当に涼しくなって行ってくれたらいいなぁと思います。
映画の録画を見たり本を読んだりネットで楽しんだりして過ごすのも悪くないですね。
ショウガは案外作るのは難しいです。なかなか発芽しないので、何もないと思い、間違えて耕してしまい全滅してしまったり、今年のように暑すぎると、うまく出来ません。
昨日は「晴れない」と書いたら、午後になってきれいに晴れて暑くなりました。歩こうと思ったのですが、暑いので夕方にします。
ツクツクホウシが夢中で鳴いています。もう夏が終わりというのを感じているのでしょうか。
いつも、暑い時には家で音楽を聞く気持ちが起きないのですが、今年はどうしたわけか、他の季節と同じように音楽を楽しんでいます。
私が好きな分野はクラシックとジャズが筆頭なのですが、その他にイージーリスニング(昔は ムード音楽 なんて言っていましたが)、日本のフォーク、フォーク、昔の歌謡曲、カントリー&ウェスタン、タンゴ、ラテンなどなど、けっこう分野は広いです。
また、分野で分けると何に入るのか分かりませんが、フォークソングから少し外れたところにある歌なども好きです。以前はニューミュージックなどと言った分野に入るものかな~と思うようなものです。
一つ趣味があるとひとつ幸せな感じがします。二つあれば、もちろんふたつ。たくさんありすぎるとメチャクチャ。
音楽を聞くということは、家でも楽しめるから手軽で良いものです。今は音楽が溢れていて、一日中聞いていたいならネット・ラジオというのがあって、ずーーーーっと放送しています。分野別に放送しています。
映画も好きですが、この頃は面倒くさくて映画館に行かなくなってしまいました。それに、商業ベースに乗せられてしまうのもしゃくですし。映画館では何本も予告編をやりますが、それを見ていると、また行きたくなります。まるで中毒症状。予告編というのは、人を惹きつけるために作るわけですから、「次のも見たいな~。絶対にみるぞ~」と暗示をかけられてしまうのです。気をつけています。
急に涼しくて、朝の一仕事を終えてゴロゴロとしながら休んでいたら、寒くなってしまいました。しかし、外にでて少し歩くと暑いのです。変な感じです。
まあ、真夏のかんかん照りで、熱風がくるような日よりはずっと過ごしやすいですが。
今日は一日曇っていますが、これは昨日の入道雲。西のそらに成長してきたところです。ですが、雷にもならずにそのまま空に広がったままで助かりました。「今日はやーめた」と思ったのでしょうか。
止めてほしいです。
昨日もカマキリの写真を出しましたが、この頃やたらあちこちで見かけます。秋になってきた証拠ですね。彼らの動きはきっとかなり鈍くなってきたはずです。そう言えば、虫も少しずつ減って来ているような気もします。
小雨でも通り雨でも、けっこう数にすれば多めに降っていますので、こういう生き物も見かけます。昨日は百合の花に座っているのがいました。
何を考えているんでしょうかね。
ヤーコン
廃 句
秋もまた 梅雨があるかと あまがえる
秋の雨 ヴィオロンの音 冴えぬなり
天災で 招致のニュース かすみがち もちろんオリンピック招致
「東京は 安全です」は ほんとかね 外人の疑惑
地震雷火事竜巻
土砂降りだったというのに、英語では It rained cats and dogs.ということがあります。なぜ猫と犬なのかは
不明だそうです。
この頃は、温暖化のせいだといっている、その道に詳しい人もいるそうですが、なんか自然現象で程度の激しい
ものが多いような気がします。乾きすぎる。降りすぎる。風が強すぎる。長く吹く。大地震。竜巻。などなど、挙げれば
もっともっとあるでしょうが、とにかく今は穏やかな日本ではなくなってきているような気がします。
やっぱり人為的なものが原因なんでしょうかね。確かにものをたくさん生産したり、早く目的地に着けたり、極端に
大量の物を運べたり、暑いのに寒いくらい涼しくしたり、寒いのにTシャツ一枚でいられるように暖かくしたり。
生活が私が子供の頃からくらべると、ものすごく違うというのは感じています。
だいたい、蛇口をひねればジュースが飲めればなあなんて子供の頃に思ったことは、缶ジュースの自動販売機
という形で実現しています。夢のような話です。水戸から岩手県の中尊寺まで日帰りで行って見てこられるなんて
これもまた想像すら出来なかったこと。
インゲン
自然エネルギーを多く使ったり、山を削り海を埋め立て地形をまったく変えてしまったり出来ますからね。原子炉が
放出する熱は、いままで地上になかった熱。宇宙に放射されきれなければ、熱も蓄積され南極北極の氷も溶ける
わけです。
メタンガスは保温力があるのだそうです。炭酸ガスの何倍もあるのだとか。それで、牛のげっぷはメタンガスを
含むので、げっぷが出ないようにする薬の入った餌をたべさせる、という記事を何年か前に読んだことがありました。
全世界の牛のげっぷは相当なメタンガスを含むのだそうです。それなら人間の後ろの方に放出する臭いガスは
どうなんでしょうか。まずは人間から薬を飲むべきかと思います。
とまあ、思いつくことを並べてみました。いくら努力をして良い家を建てても土砂降りで山が崩れ押し流されて
しまったのでは、努力も水の泡です。もっと穏やかな自然にもどってくれると良いですね。
大変蒸して、部屋の中がかび臭くなるのではないかと思って、せめてブログの更新をするときくらいはエアコンをつけてみようと思ったのですが、さっぱり涼しくなりません。
はて? おかしいなと思ったら、気温は確かに17℃に設定したのですが、「暖房」のモードになっていました。
あることを検索して調べるのに夢中になっていたので、設定については確認しないまま10分くらい経ってしまいました。
昨日の夕暮れ時の写真をいくつか撮ったので載せてみようとおもいます。
保育園は一人帰り二人帰りと、だんだん寂しくなってきます。元気な声が脳裏に残っています。
やがて建物の中は真っ暗になり、非常口のグリーンの標識だけが建物の中で光ってみえるようになります。街灯はしばらくは点いています。
茨城空港から新千歳空港に飛び立って行く飛行機を撮ったわけなのですが、ぶれてこんな面白い写真になりました。降りてくるときにはかなり地上近くになるのですが、飛び立つ時には一気に高度を上げるので、小さくしか見えません。
今日は降ったり止んだりの繰り返しで、やがて晴れましたが、ずいぶん蒸し暑くなりました。雨上がりなので湿度がかなり高いせいもあるでしょうね。
ゴーヤは何かの動物の鼻と口のような格好になりました。かなり茂って見事な緑のカーテンになってくれました。
あまりおいしいとも思わないので、実はなりますがあまり食べなかったですね。毎年ほとんど食べません。
遠き樹(き)の上なる雲とわが胸と
たまたま逢ひぬ静かなる日や 尾上柴舟(さいしゅう)
ある本の説明によると「・・白雲が、自分の心の思いにふと寄りそう漢字がしたのだ。
静けさがそれで一層深くなった。」とあります。
遠い白い雲を眺めて、空虚な何も思う事がないことがあったり、静けさと重なったり、いろいろと煩わしい
世間をあとにして、雲の方を目指して飛んでいきたくなったり、呼びかけてみたくなったりするものです。
おうい雲よゆうゆうと
馬鹿にのんきさうぢやないか
どこまでゆくんだ
ずっと磐城平の方までゆくんか 山村暮鳥
少しずつバイオリンの音色が心にしみるような季節になってきました。暑い夏はエレキ・ギターや金管
楽器の音色が合いそうな感じがします。
そらも少しずつ澄み渡る気配が見えてきたような気がします。
目にもさやかに見えるような秋が早く来ますようにと思うこの頃です。
一種の自家製ガスパチョ? 濃くてとても美味しかったです。
森のレストラン
むらさき系の花と赤系の花の二種類の百日紅があるのですが、どうしたわけか赤い花が咲きません
でした。しかし、この頃になってやっと咲き、ひと安心しました。
何かこれも天候が不順である影響なのでしょうか。黙って咲いているだけですから聞くわけにもいきません。
キビは一部熟したところがあります。しかし、熟したとは言っても作物ですから、実の入り具合は見て
みなければなりません。ただ、色が黄色くなったというだけでは分かりません。
大体のところは、頭の垂れ具合では分かりますが。
季節は着々と移りつつあるようです。
あと24~5日くらいは暑い日があるでしょうから、我慢しなければなりません。この頃は季節がおかしくなっていますから、もっと後でも暑い日がある可能性があります。
すると秋が短くなるとか・・・。嫌ですね。
こんな日なたに置いといたら熱くなっちゃって、ハンドルなんか触れなくなっちゃいそうです。
ニラは花盛り。このあと全部花はちょん切っちゃいました。
順調にいけばいいのですけどね。
途中でこんな風になってしまうのも時々あります。案外デリケートな作物です。日本の風土には少し合わないのかも知れません。それとも育て方が下手なのか。見よう見まねでやっていますから仕方がありません。
昨日は盆踊りがありました。私は笛のメロディに興味があります。録音してきました。教わらなくても、メロディくらいは出来るようになると良いのですが、ちょっとむりかも知れません。
笛は交代でやっていましたが、女性も参加していました
二三日前ですが、稲刈りをやっていました。早いですね。まだ8月のうちです。かなり遠くでやっていたのを、望遠を最大にして撮りましたが、最大近くまでにすると工学的に望遠になるのではなく、あとはデジタルで拡大するのだそうで、良質の写真は撮れないのだそうです。一眼レフはそれがないので、望遠にしても比較的くっきり撮れますが、小さなコンパクトデジカメ、略してコンデジではそれが出来ないです。
稲のことを昔は 年(とし) と言いました。稲が取り入れられてから、次に取り入れられる周期。つまり一年を 年 と言うようになったのだそうです。
夕方、空模様がだんだん怪しくなってきて、
すごい雷雨になりました。大雨洪水注意報がでていたようですが、それほどまでは降りませんでした。むしろ結構なお湿りになって嬉しいです。
雨樋から古いステンレスの風呂桶に雨水を受けているのですが、これで一杯になったのではないかと思います。
今は雨上がりですので涼しいですが、これで明日から少しでも涼しくなってくれるといいですけどね。