かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

漱石が読みにくいなんて、冗談だと信じたい。

2006-03-20 23:23:37 | Weblog
 この間から確かに天気はヘンでしたけど、それでも暑さ寒さも彼岸まで、と心のどこかで信じておりました。でも結局それは甘い幻想に過ぎなかったようですね。いまだに雪はちらつきますし、朝の厳しさは相変わらずな気配です。その一方で桜の花が咲き始めたという便りもちらほら。暖かいのか寒いのか、いい加減はっきりして欲しいものです。
 
 さて、以前(2006年2月18日の日記http://blog.goo.ne.jp/tbinterface.php/b4dbfca8e7c0c7ba91463598785a5333/21 )で、夏目漱石にも現代語訳が必要な時代になるかも、なんて書いておりましたが、どうやら冗談では済まなくなってきているのかも知れません。
 漱石の代表作の一つ「坊ちゃん」の舞台となった愛媛県の県立高校1年生のうち、この作品を読んだ生徒が半分もいなかったという結果が新聞に出てました。私は逆に今時の高校生が4割も読んでいたのか、と驚いたりしたのですが、およそ10年前の調査では7割に達していたと言いますから、その急減はやはり「事件」なんでしょう。
 地元松山は2005年7月22日にも書きましたように、歴史と文化を大事にする街ですが、それ故にこそまだ高校一年で4割も「坊っちゃん」を読破する生徒達に恵まれたと言えるのではないでしょうか? 松山の人にとってはショックな数字なのでしょうけど、読んだとする生徒がそれなりの数いると言うことは、誇りに足るのではないかと思うのです。
 それよりも私は、読んでいないと答えた生徒達の読まないでいる理由が気になりました。「身近に本がなかった」「読みにくい」と言うのです。その昔、私が学んだ教科書には、
ちゃんと「坊ちゃん」が載っておりました。森鴎外とか芥川龍之介とか中島敦とか梶井基次郎とか、皆私は教科書をきっかけにはまりこんだ(森鴎外だけ別ですけど。私は戦前の文豪達の中で、この作家だけ大嫌いなのです)作家達です。でも、「身近に本がなかった」という答えが返ってくると言うことは、今の小中学校の教科書には、これら名作は掲載されていないということなのでしょうか? 
 もう一つ、「読みにくい」という答えの方には一段と戦慄させられます。今手に入る本なら、ほとんどが現代仮名遣い、漢字も旧字と言うことはないでしょう。そして漱石の文章は、2005年6月17日の日記にもしたためたように、1世紀前の文章とは思えない実に読みやすく古さを感じない文体です。それが「読みにくい」なんて、私には理解出来ない理由です。

 ところで、読書率の数字に関しては、もちろん他の地域での数字が判らないので比較しようもありません。でも、例えば教育熱心で知られる私の住む街の高校生達が一体何人読んだと答えるか。想像するに何とも心細い気がいたします。
 是非文部科学省は、全国規模で日本の古典名作を児童・生徒達がどれだけ読んできたか、調査すべきではないでしょうか? そして、その愕然たる結果に、おのが教育政策の過ちを思い知るべきだと思います。そうでないと、本当に冗談抜きで明治の文学は現代国語の教科書から古文漢文の方に掲載場所を移される事になるかも知れません。その時現国の教科書に一体どんな文章が載っているのか、私は怖いもの見たさに覗いてみたい気がいたします。

コメント
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