かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

08 原日本人の秘宝 その3

2010-10-17 12:00:00 | 麗夢小説『夢の匣』
「どうした、もう終わりか?」
 膨らむ疑問、そして手も足も出ない手詰まり感に動きが止まった麗夢に、ルシフェルの嘲笑が突き刺さった。今、飛び込んでも、正直この剣が届きそうには思えない。だが、余裕綽々でこちらを見下すルシフェルを見ては、やはり無理矢理でも攻めて、突破口を探るよりない。麗夢は憤然とルシフェルに言い返した。
「これからよ! 覚悟なさい!」
 麗夢は改めて気力を奮い起こし、練り上げた力を手にした剣に送り込んだ。力を受けた剣の青白い光が、一段と輝きを増して辺りを照らす。だが、今度はルシフェルを斬るのではない。あの箱が生み出す夢と幻を切り裂いて、ルシフェルの実態を引きずり出すのだ。これで本当にルシフェルの幻術が破れるかどうかは判らない。玉櫛笥の生み出す濃密な夢の結界の中では、麗夢とて揮える力に現界がある。ならば少しでもこの力を増幅できればいいのに……、とそこまで考えて、麗夢はようやく、一つの方法を思いついた。
“そうだ! これならなんとかなるかも!”
 麗夢はその突破手段を持っているはずの仲間に声をかけた。 
「鬼童さん! 今、アレ持ってる?!」
「アレ? なんですか麗夢さん」
 苦しい息をつきながらも、鬼童は必死に麗夢の問いに反応した。
「ほらアレよ! 闇の皇帝を封印するときに使ったヤツ!」
「え? し、思念波砲ですか? この装置にも組み込んでありますけど、一体なにを……」
 足元で所在無げに転がっている巨大拡声器もどきを見て戸惑う鬼童に、よし、と麗夢は頷くと、一足飛びに鬼童の脇まで下がった。
 アルファ、ベータが油断なく麗夢の退いた後を受け、ルシフェルに睨みを効かせて唸り声を上げる。麗夢はルシフェルが嵩に懸かって来ないことを改めて確かめると、今思いついたアイデアを鬼童に言った。
「ルシフェルに一太刀浴びせるにはあの幻術を破るしかないわ! だから、闇の皇帝を封印した時みたいに私の力を増幅してぶつけてやるの!」
「なるほど、でも……、円光さんの力はあてにできませんよ」
 鬼童も必死に頭を働かせ、おおよその計算を組み立てた。だが、闇の皇帝封印の時は、麗夢と円光二人の白の想念を増幅して打ち出した。その円光は今も力を失ったまま回復すること無く、ルシフェルのすぐ前で倒れ伏したままだ。それでもやるしかない、と麗夢は言った。
「代わりにアルファとベータがいるわ! とにかく少しでもあの結界を揺さぶらないと、ルシフェルに剣が届かない!」
「判りました麗夢さん。やるだけやってみましょう。榊警部! 力を貸してください!」
「分かった」
 鬼童はよろよろと上体を起こすと、傍らに落ちていた大型拡声器もどきに手を伸ばし、幾つかのスイッチを押して、思念波砲モードを立ち上げた。榊も脱力した身体に気合でムチを打ち、鬼童の装置を二人がかりで持ち上げて、その砲口をルシフェルに固定した。
「アルファ、ベータ! 来て!」
 麗夢の呼びかけに、二匹の魔獣が飛び下がった。榊、鬼童の二人がかりで支える思念波砲のすぐ後ろに麗夢が立ち、その麗夢を挟みこんでアルファ、ベータが陣を取る。
「何をするつもりか知らんが、無駄なことだ」
 ルシフェルが、半ば呆れたようにしゃべるのを、麗夢は大声で遮った。
「無駄かどうか、受けてから言いなさい! 鬼童さん!」
「準備OK!」
「ようし、いくわよっ! アルファ、ベータ、気を集中して!」
 麗夢はルシフェルを睨み据え、大きく息を吸い込むと、意識を集中して心のエネルギーを練り上げた。一瞬遅れて、左右からアルファ、ベータの霊力が無形の波となって立ち上がり、どんどん高まっていくのが感じられる。麗夢は気を更に高めながら、ふとルシフェルの足元に踏みつけられていた荒神谷皐月の顔に目がいった。苦しげに顔をしかめつつも、こちらを向いて何か必死に訴えようとしているようだ。待ってて、今助けてあげるから。麗夢は心のなかでそう呼びかけると、更に気力を集中した。アルファ、ベータの力がそれに寄り添い、重なりあって、一段と強力に増幅されていくのが判る。これなら行ける!
「今です麗夢さん!」
 鬼童の叫びに、麗夢は貯めに貯めた全力を、一気に解き放った。
「思念波砲! 発射!」
 一瞬、麗夢とアルファ、ベータの気が爆発的に大きくなったかと思うと、そのエネルギーが鬼童の装置を通じて更に巨大に炸裂した。その力は、凄まじい霊力の津波と化して、猛然とルシフェル目がけて疾駆した。その先頭がルシフェルの構築した結界にぶつかり、周囲に強烈な電光がほとばしった。予想外の威力にルシフェルの目が驚愕に大きく見開かれ、榊や鬼童が勝利を確信したその時、強引にルシフェルの足を外した皐月が叫んだ。
「ダメぇーっ!」
「え?」
 全力を振り絞った虚脱状態に剣を下ろした麗夢は、皐月の叫びに、ルシフェルの顔がひきつるように崩れるのを見て目を疑った。
 笑ってる? なんで……?
「もらったぞ! 麗夢!」
 ルシフェルは再び皐月を踏みつけて黙らせると、自ら結界を解いて襲い来る思念波砲のエネルギーに身を委ねた。
 ルシフェルの手の玉櫛笥が、突然倍、更に倍と巨大化したかのように麗夢には見えた。その一瞬後。
 突如夢匣が爆発した。ルシフェルの放つ闇を瞬く間に呑み込み、辺りを真っ白に塗りつぶす燭光を放つ。
 円光の身体が、暴風にさらわれた木の葉のように吹き飛び、榊、鬼童を巻き込んだ。麗夢も、巨大な光の圧力に抗しきれず、あっさりと後方へ弾き飛ばされた。アルファ、ベータは身体を低くして四肢を踏ん張り、絡まり合って倒れる円光達を支えるのに精一杯だ。鬼童の霊波測定装置が、甲高い警報音をわずかに鳴らして、すぐに沈黙した。測定限界を遥かに超える力の前に、その機能を完全停止したのである。
 それは、ほんのコンマ数秒程度の、正しく刹那の出来事だった。
 視神経が灼き切れるかと疑うほどの凄まじい光の奔騰が止んだ。まだ、朧に霞む視界よりも先に、麗夢、円光、アルファ、ベータ、更に榊、鬼童ですら、圧倒的なボリュームで魂を圧する、漲る力を肌に感じ取った。思わず怖気を震う面々に、嬉しさを隠せないでいる死神の哄笑が降り注いだ。
「礼を言うぞ、麗夢、それに榊と鬼童よ。そのガラクタ、思念波砲といったか、わしから見れば幼稚で未熟な機械だが、まあ役には立った。褒めてやるぞ」」
 呼びかけられて、3人は涙のにじむ目でルシフェルを見た。その姿は、一見、いつもの闇を体現する漆黒の老紳士然とした姿にしか見えなかった。さっき異様に膨らんだように見えた玉櫛笥の小箱を右手に持ち、いつの間にまた抱えたのか、左脇に小柄な皐月の身体を無造作に持って、泰然として佇んでいる。だが、麗夢と円光、それにアルファ、ベータの5感を超える研ぎ澄まされた超感覚が、ルシフェルを取り巻く膨大な力の存在をはっきりと感じ取っていた。その力は、白と黒の太い二本の帯となってルシフェルを足元から幾重にも取り巻くように交差し、ゆっくりと回転しつつシルクハットの上まで揺らめいている。ちょうどルシフェルの細身の体に、二匹の色の異なる大蛇が絡みついているような姿だった。
「これが見えるか? 麗夢」
 ルシフェルは、その二本の帯に目配せして言った。
「これは、わしと貴様らの力、即ち、ドリームガーディアンとしての力を寄り集め、増幅した純粋なる夢のエネルギーだ。黒はわしの力、白は貴様らの力というわけだ。分かりやすいだろう?」
「な、何をするつもりなの? ルシフェル!」
 尻餅をついたまま、辛うじて麗夢は言葉を返した。最悪の予想が脳裏に浮かび、思わず額に脂汗が浮かぶ。対するルシフェルは、そんな麗夢の焦りなど歯牙にもかけぬ様子で、朗々と喜びを口にした。
「これでわしの夢が叶う。増幅された貴様とわしの力、そしてそれを更に強力に練り上げる夢の至宝、玉櫛笥。この全てがそろった今こそ、この世に地獄を顕現するまたとない好機よ」
「地獄を顕現する?」
「その通り。わし一人の力ではまだ不足した。もちろん貴様の力を使っても、この世に地獄そのものを安定化させるには足りない。だが、今、わしの手にはこの玉櫛笥がある。これさえあれば、ここに地獄そのものを露出させ、現世と、霊的にも、物理的にも文字通り地続きにすることができるのだ。そうなれば麗夢、貴様が幾ら剣を振るおうとも、もはやどうにもならぬ。この世は真の闇に覆われ、光が駆逐されて消滅する。死と恐怖が全てを律し、破壊と混沌があらゆるものを支配するのだ。この世は破滅し、宇宙は滅びる。わしのこの手で、究極の終焉へと世界が導かれるのだ。どうだ、素晴らしいと思わぬか麗夢!」
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする