6月から続けてきた連載小説も、今日からはラストのクライマックスへと入って参ります。このペースなら多分8月中には最後までたどり着けるんじゃないか、という予測が何とか出来そうなところまできたようです。あと少し、最後の最後まで気を抜かず、文章を綴ろうと決意を新たに、今週の分をまずはアップいたしましょう。
-------------------------本文----------------------
「判りましたよ、麗夢さん」
榊と二人、頭を抱えていたところへ、朗らかな笑みを浮かべた鬼童が呼びかけた。その後ろには、いつもと変わらない円光が並んでいる。
「え? どこ? どこにいるの?」
驚く二人の目の前に、鬼童は携帯ゲーム機のような小さな機械を差し出した。
「彼には発信器をつけていたのですが、なぜか今頃になって反応がありました」
機械の液晶画面には、細い線で描かれた略地図と、その地図上で点滅する光点が一つ、映っていた。
「一体いつの間にそんなものを・・・」
「いえ、墓地で円光さんに注意を促されましてね。それで、彼が麗夢さんに絡んできたときに、押しのけるついでにその服に貼り付けたんですよ」
ちらりと背後の円光に視線を投げる鬼童の早業に、榊も麗夢も舌を巻いた。だがとりあえず、今はまず朝倉の確保が一番の重大事である。榊は気を取り直して鬼童に言った。
「で、彼はどこにいるんだね」
「ええ、実は先ほどから何度も確かめているんですが、どうも10キロは離れているみたいですね」
首を傾げる鬼童に、麗夢も榊も今度こそびっくり仰天して叫んだ。
「そんな馬鹿な! 一体いつの間に?」
榊は時計を確かめた。資料館に入ってからまだ1時間もたっていない。しかも朝倉がコスプレを借り受けたのは、ほんの20分ほど前であることが、鬼童の後改めて聞き込みを行った榊が確認している。その直後、自分達の目を盗んで資料館を出ていったとしても、たった20分で10キロも移動するには、それなりの足が必要だ。まさか! と一堂は資料館を出て駐車場に向かったが、ここまで乗ってきた車はちゃんと停めた場所にあった。
「どっちにいるんだ? 朝倉君は?」
榊の苛立たしげな質問に、鬼童はまっすぐ目の前の県道40号線を指差した。
「八甲田山の方ですね。多分この反応からすれば、雪中行軍遭難者銅像辺りですよ」
「判った。すぐに追いましょう、麗夢さん」
「ええ。でも、一体一人で何をしに行ったのかしら?」
「捕まえれば判りますよ! さあ、早く!」
榊が運転席に飛び乗り、円光、鬼童に、早く乗って! と声をかける。麗夢は、アルファ、ベータと共に助手席につき、シートベルトをかけながら言った。
「アルファ、ベータ、しっかり見張ってて。円光さんも、よろしくね」
「にゃン!」
「ワン、ワンワン!」
「心得た」
三者三様の返事を合図にしたかのように、一堂を載せた車が幸畑墓苑駐車場を飛び出していった。
「タクシーかバスかは判らないが、何、すぐに追いつく」
榊はほとんど信号がなく、交通量も少ない県道を前に、目一杯アクセルを踏み込んだ。できればいつも使う赤い回転灯を屋根にくっつけたいところだったが、残念ながらそこまでの用意はしていない。これでもし万一青森県警に咎められた時には、身分を明かして協力を仰ぐよりなかろう、と榊は腹をくくっていた。
車は、グレーの袋が木に鈴なりにぶら下がるリンゴ園の間を抜け、田茂木野の集落を過ぎ、急な上り坂へと差し掛かった。高度がどんどん上がっていき、遠くに霞んで見えた八甲田山連峰が、急にくっきりと間近に見えてきたようだ。
「え?」
助手席の麗夢は、目に飛び込んできた八甲田山の様子に首を傾げた。光の加減だろうか。今は生い茂る木立に覆われ、黒と呼んで差し支えないほどの深い緑に染まった山容が、その瞬間だけ真っ白に見えたのだ。しかし、目をしばたたいて改めて確かめようとしたとき、八甲田山は目の前の木立に遮られて見えなくなっていた。
麗夢はアルファ、ベータに問いかけようとしたが、この子達が気づいていたら何も言わないはずもない。ちらりと後ろを振り返ってみると、円光は目をつぶって押し黙り、鬼童もさっきの小型装置を手にして、ぶつぶつ何やら言いながら、難しい顔をしているばかりである。
(見間違い・・・かしら?)
再び視界に戻ってきた八甲田山は、初めて見えたときと変わらない黒々とした山容を示して、麗夢の疑問を勘違いだと主張しているようだ。麗夢はすっかり考え込んで、この一週間ばかりの不安が再び鎌首をもたげてくるのを感じていた。
何かある。
それが具体的になんなのかはいまだに判らない。
麗夢はもう一度八甲田山を見据えると、改めて油断を諫め気を引き締めた。
そのうちに、道の左右はすっかり山の中の緑の木立へと変貌し、見通しも利かなくなってきた。そんな道の脇に、点々と思い出したように長細い看板が現れる。後藤伍長発見の地、賽の河原、第三野営地、と言った文字が、その文字の示す内容の深刻さなど露も伺えぬ丸ゴシック体の青い字で記されている。
やがて車は、その周囲では一際高い丘の上、馬立場という場所に到着した。そこに建つ銅像茶屋と称する建物の駐車場に車を止めた榊は、後ろを振り返って鬼童に言った。
「どうだ、鬼童君、朝倉さんの居場所は分かるかね?」
「ええ、それが何というか・・・」
珍しく歯切れの悪い鬼童に、麗夢が問いかけた。
「どうしたの? まさか見失った、とか?」
すると鬼童は、首を傾げつつも麗夢に言った。
「いえ、彼の動向は捉えています。ただ判らないのは、時々発信器の反応がとぎれるんです。しかも少しずつとぎれる時間が長くなってきていて・・・。うーん、おかしいですね」
「バッテリー切れとか?」
「いえ、それはありえません。少なくとも今日一杯は十分持つはずです」
「まあ機械の不調はまた後で検討したらいいだろう。で、朝倉さんの居場所は?」
榊に促されて、鬼童はタッチペンで装置を操作し、朝倉を示す輝点を、地図上に落とし込んだ。
「ここから更に1.5キロほど南に下って行ったところですね。平沢、とありますよ・・・あ、また消えた」
「1.5キロか、あまり移動してないらしいな。よし、行こう!」
榊は、何とか追いついた、と言う安堵感で、鬼童の機械の不調にも、さしたる不満を抱かなかった。ここまでくれば何とかなるだろう、と高をくくっていたこともあるが、その思いは、走り出して間もなく上がった鬼童の叫び声に、あっさりとうち砕かれた。
「何だこれは! 一体どうなって・・・?」
「どうしたんだ!」
愕きのあまり急ブレーキを踏んだ榊が振り返ると、運転席のシートの後ろに頭から突っ込んだ鬼童が、目尻に軽く涙をためて榊を見上げていた。
「・・・急にブレーキを踏まないで下さい、警部」
「君がいきなり大声を上げるからだ。それより、何があったんだ?」
榊の苦笑に、鬼童ははっと我に返って手元の装置の画面を榊と麗夢に見えるように振り向けた。
「見て下さい! さっきまで、確かに平沢に点いていた発信機の反応が、今点いたと思ったら西に700mもずれていたんです。まるで一足飛びにジャンプしたみたいだ」
「そんな馬鹿なことがあるかね。やっぱり、故障しているんじゃないのか?」
「そんなはずはないんですが・・・」
さしもの鬼童も少々自信なさげに首を傾げたが、やがて、今度は麗夢があっと声を上げた。
「今、動いたわ!」
「えっ?」
鬼童が慌てて画面を見直して操作する。固唾を呑んで見守る二人を前に、鬼童は今度こそお手上げだ、と言わぬばかりな顔で、読みとった結果を二人に告げた。
「今度は北に2キロも飛びましたよ」
「北に2キロだって? じゃあ引き返すのか?」
「ええ、発信機の反応を信じるなら、馬立場から1キロほど戻ったところですよ、警部」
「うーん、君の発信機だけが頼りだったんだが、これでは信用できんな。麗夢さん、どうしたらいいと思います?」
榊もまた途方に暮れたように隣の麗夢に聞いたとき、鬼童の隣でただ黙然と目をつぶっていた円光が、久しぶりに目を開いて榊に言った。
「警部殿、鬼童殿の発信機の告げる通りに追って下され」
「え? 円光さん何か判ったの?」
「ええ、麗夢殿。拙僧の考えが間違っておらねば、鬼童殿の発信機は故障などしておらぬはず」
「円光さん、それは一体・・・」
榊も半信半疑で円光に問いかけた。
「警部殿、急がれよ。拙僧が正しければ、恐らくもう一度発信機が飛ぶはず。そうなると車で追うのはちと面倒になり申す」
「わ、判った」
榊はなおも納得しがたい思いを隠せないでいたが、円光が珍しく強い口調で促すのを聞いて、ハンドルを取り直すことにした。
「では戻るぞ!」
榊は、自分に言い聞かせるようにして一言告げると、思い切り車の進行方向を180度転回させた。
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「判りましたよ、麗夢さん」
榊と二人、頭を抱えていたところへ、朗らかな笑みを浮かべた鬼童が呼びかけた。その後ろには、いつもと変わらない円光が並んでいる。
「え? どこ? どこにいるの?」
驚く二人の目の前に、鬼童は携帯ゲーム機のような小さな機械を差し出した。
「彼には発信器をつけていたのですが、なぜか今頃になって反応がありました」
機械の液晶画面には、細い線で描かれた略地図と、その地図上で点滅する光点が一つ、映っていた。
「一体いつの間にそんなものを・・・」
「いえ、墓地で円光さんに注意を促されましてね。それで、彼が麗夢さんに絡んできたときに、押しのけるついでにその服に貼り付けたんですよ」
ちらりと背後の円光に視線を投げる鬼童の早業に、榊も麗夢も舌を巻いた。だがとりあえず、今はまず朝倉の確保が一番の重大事である。榊は気を取り直して鬼童に言った。
「で、彼はどこにいるんだね」
「ええ、実は先ほどから何度も確かめているんですが、どうも10キロは離れているみたいですね」
首を傾げる鬼童に、麗夢も榊も今度こそびっくり仰天して叫んだ。
「そんな馬鹿な! 一体いつの間に?」
榊は時計を確かめた。資料館に入ってからまだ1時間もたっていない。しかも朝倉がコスプレを借り受けたのは、ほんの20分ほど前であることが、鬼童の後改めて聞き込みを行った榊が確認している。その直後、自分達の目を盗んで資料館を出ていったとしても、たった20分で10キロも移動するには、それなりの足が必要だ。まさか! と一堂は資料館を出て駐車場に向かったが、ここまで乗ってきた車はちゃんと停めた場所にあった。
「どっちにいるんだ? 朝倉君は?」
榊の苛立たしげな質問に、鬼童はまっすぐ目の前の県道40号線を指差した。
「八甲田山の方ですね。多分この反応からすれば、雪中行軍遭難者銅像辺りですよ」
「判った。すぐに追いましょう、麗夢さん」
「ええ。でも、一体一人で何をしに行ったのかしら?」
「捕まえれば判りますよ! さあ、早く!」
榊が運転席に飛び乗り、円光、鬼童に、早く乗って! と声をかける。麗夢は、アルファ、ベータと共に助手席につき、シートベルトをかけながら言った。
「アルファ、ベータ、しっかり見張ってて。円光さんも、よろしくね」
「にゃン!」
「ワン、ワンワン!」
「心得た」
三者三様の返事を合図にしたかのように、一堂を載せた車が幸畑墓苑駐車場を飛び出していった。
「タクシーかバスかは判らないが、何、すぐに追いつく」
榊はほとんど信号がなく、交通量も少ない県道を前に、目一杯アクセルを踏み込んだ。できればいつも使う赤い回転灯を屋根にくっつけたいところだったが、残念ながらそこまでの用意はしていない。これでもし万一青森県警に咎められた時には、身分を明かして協力を仰ぐよりなかろう、と榊は腹をくくっていた。
車は、グレーの袋が木に鈴なりにぶら下がるリンゴ園の間を抜け、田茂木野の集落を過ぎ、急な上り坂へと差し掛かった。高度がどんどん上がっていき、遠くに霞んで見えた八甲田山連峰が、急にくっきりと間近に見えてきたようだ。
「え?」
助手席の麗夢は、目に飛び込んできた八甲田山の様子に首を傾げた。光の加減だろうか。今は生い茂る木立に覆われ、黒と呼んで差し支えないほどの深い緑に染まった山容が、その瞬間だけ真っ白に見えたのだ。しかし、目をしばたたいて改めて確かめようとしたとき、八甲田山は目の前の木立に遮られて見えなくなっていた。
麗夢はアルファ、ベータに問いかけようとしたが、この子達が気づいていたら何も言わないはずもない。ちらりと後ろを振り返ってみると、円光は目をつぶって押し黙り、鬼童もさっきの小型装置を手にして、ぶつぶつ何やら言いながら、難しい顔をしているばかりである。
(見間違い・・・かしら?)
再び視界に戻ってきた八甲田山は、初めて見えたときと変わらない黒々とした山容を示して、麗夢の疑問を勘違いだと主張しているようだ。麗夢はすっかり考え込んで、この一週間ばかりの不安が再び鎌首をもたげてくるのを感じていた。
何かある。
それが具体的になんなのかはいまだに判らない。
麗夢はもう一度八甲田山を見据えると、改めて油断を諫め気を引き締めた。
そのうちに、道の左右はすっかり山の中の緑の木立へと変貌し、見通しも利かなくなってきた。そんな道の脇に、点々と思い出したように長細い看板が現れる。後藤伍長発見の地、賽の河原、第三野営地、と言った文字が、その文字の示す内容の深刻さなど露も伺えぬ丸ゴシック体の青い字で記されている。
やがて車は、その周囲では一際高い丘の上、馬立場という場所に到着した。そこに建つ銅像茶屋と称する建物の駐車場に車を止めた榊は、後ろを振り返って鬼童に言った。
「どうだ、鬼童君、朝倉さんの居場所は分かるかね?」
「ええ、それが何というか・・・」
珍しく歯切れの悪い鬼童に、麗夢が問いかけた。
「どうしたの? まさか見失った、とか?」
すると鬼童は、首を傾げつつも麗夢に言った。
「いえ、彼の動向は捉えています。ただ判らないのは、時々発信器の反応がとぎれるんです。しかも少しずつとぎれる時間が長くなってきていて・・・。うーん、おかしいですね」
「バッテリー切れとか?」
「いえ、それはありえません。少なくとも今日一杯は十分持つはずです」
「まあ機械の不調はまた後で検討したらいいだろう。で、朝倉さんの居場所は?」
榊に促されて、鬼童はタッチペンで装置を操作し、朝倉を示す輝点を、地図上に落とし込んだ。
「ここから更に1.5キロほど南に下って行ったところですね。平沢、とありますよ・・・あ、また消えた」
「1.5キロか、あまり移動してないらしいな。よし、行こう!」
榊は、何とか追いついた、と言う安堵感で、鬼童の機械の不調にも、さしたる不満を抱かなかった。ここまでくれば何とかなるだろう、と高をくくっていたこともあるが、その思いは、走り出して間もなく上がった鬼童の叫び声に、あっさりとうち砕かれた。
「何だこれは! 一体どうなって・・・?」
「どうしたんだ!」
愕きのあまり急ブレーキを踏んだ榊が振り返ると、運転席のシートの後ろに頭から突っ込んだ鬼童が、目尻に軽く涙をためて榊を見上げていた。
「・・・急にブレーキを踏まないで下さい、警部」
「君がいきなり大声を上げるからだ。それより、何があったんだ?」
榊の苦笑に、鬼童ははっと我に返って手元の装置の画面を榊と麗夢に見えるように振り向けた。
「見て下さい! さっきまで、確かに平沢に点いていた発信機の反応が、今点いたと思ったら西に700mもずれていたんです。まるで一足飛びにジャンプしたみたいだ」
「そんな馬鹿なことがあるかね。やっぱり、故障しているんじゃないのか?」
「そんなはずはないんですが・・・」
さしもの鬼童も少々自信なさげに首を傾げたが、やがて、今度は麗夢があっと声を上げた。
「今、動いたわ!」
「えっ?」
鬼童が慌てて画面を見直して操作する。固唾を呑んで見守る二人を前に、鬼童は今度こそお手上げだ、と言わぬばかりな顔で、読みとった結果を二人に告げた。
「今度は北に2キロも飛びましたよ」
「北に2キロだって? じゃあ引き返すのか?」
「ええ、発信機の反応を信じるなら、馬立場から1キロほど戻ったところですよ、警部」
「うーん、君の発信機だけが頼りだったんだが、これでは信用できんな。麗夢さん、どうしたらいいと思います?」
榊もまた途方に暮れたように隣の麗夢に聞いたとき、鬼童の隣でただ黙然と目をつぶっていた円光が、久しぶりに目を開いて榊に言った。
「警部殿、鬼童殿の発信機の告げる通りに追って下され」
「え? 円光さん何か判ったの?」
「ええ、麗夢殿。拙僧の考えが間違っておらねば、鬼童殿の発信機は故障などしておらぬはず」
「円光さん、それは一体・・・」
榊も半信半疑で円光に問いかけた。
「警部殿、急がれよ。拙僧が正しければ、恐らくもう一度発信機が飛ぶはず。そうなると車で追うのはちと面倒になり申す」
「わ、判った」
榊はなおも納得しがたい思いを隠せないでいたが、円光が珍しく強い口調で促すのを聞いて、ハンドルを取り直すことにした。
「では戻るぞ!」
榊は、自分に言い聞かせるようにして一言告げると、思い切り車の進行方向を180度転回させた。
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