鈴鹿市議会議員 中西だいすけの活動日誌

鈴鹿市議会議員として年齢も含め5期目のベテランになりました。日々の活動や感じたこと、議会での動きなどをつづります。

老いを考える

2019年04月06日 13時49分30秒 | Weblog

今日は、若松の深田神社で開かれていた「お花見茶会、コーラス奉納」の様子を見に行っていました。今年は、寒くもなく風もそれほどなく、桜の花がきれいでした。

その場には、白子高校茶道部の学生のみなさん、近隣の高齢者福祉施設の方々、公民館で活動するコーラスサークルのみなさん、地域の方々がいらっしゃいました。そこで地域の方とお話させて頂く中で、ふと頭に浮かび考えたのは、“老いる”ことについて、どれだけ私たちは自分ごととして考える機会があり、その上で、“老いる”という課題に向き合っているのだろうかということです。

極論を言うと、私たちは生まれ出た瞬間から“老いる”ことから逃れられないのだと思います。ただ、段階によって「成長」なのか、それとも「老化」なのか、とするだけで、人として誰もが向かいあうことになる変化なのだと思います。

そう考えると、茶道部の女子学生のみなさん、コーラスサークルのみなさん、高齢者福祉施設のみなさん、目の前の状況だけをとらえると、世代が分断されているように見えますが、実際はみなさん、“老いる”という流れに同じようにのっているのではないでしょうか。その観点から将来を展望して政策を整理、自分ごととして考えることが大切だと思います。

コミュニティの観点から考えると、地域によって違いはありますが、現在60代後半以上の方々が形成されているコミュニティへの帰属意識や交友関係などを下地に、将来の地域コミュニティの形を考えるだけでは、スマホなどの機器やSNSなどを利用したコミュニケーションが普通となり、一方で、PTA活動などから距離を取ろうとする世代の方々にとっての、地域コミュニティの形とは合わなくなる恐れがあるでしょう。できることは、社会に一定の責任を持って自分たちも生活していることを前提に、自分たちにとって、お互いに支え合う社会、コミュニティの形はどのようなものなのかを、すべての世代で考える機会を持てるような仕組みをつくり、社会を維持していくことなのかと思います。

介護予防についても同じで、65歳以上の高齢者となったときにそのことが課題に出るのではなく、高齢になるまでの過程の中でも、骨折になりにくい骨や、身体を支える筋肉量の維持、脳機能の活性化、認知症の予防といったことが関係しているということを、若い世代から考えることが大切になるのだと思います。

少子化が進む一方で高齢者人口が増加し、人口が減少していく世の中に対して、人口の数だけで物事を解決しようと考えるのではなく、これから高齢者となっていく世代が、相応の考えと取り組みで、これまでとは違う生活を実現することで、社会の変化を柔軟に受け止めて、それに適応していくという考えも必要だと思います。

いま良いと考えていることが、10年後には陳腐化している可能性も多いにあります。それにコストをかけることに気を取られすぎるあまり、将来への変化が柔軟にできず、かえって社会を混乱させてしまうことがないよう、年齢がすべてとは言いませんが、このようなことを考えられるように、政治に関わるものは意識するべきなのだと思います。

 

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