新型のコロナウィルスによる感染症が、前回ブログに書いた時よりも広がりを見せています。中国だけでなく、実際は日本国内でも症例は多いように思うところです。今のところ、日本国内でのヒトヒト感染による日本人の重篤事例が出ていないことは、幸いな状況と思います。今わかっている状況では、重篤になる割合が低いようで、手洗いやマスクなど、風邪やインフルエンザと同様の予防対処が効果がありそうで、そこに大都市などへの不要不急の外出を控えることで、地方都市では過敏になりすぎなくても良いような雰囲気があると思います。
気候変動の影響についての声がどんどん大きくなっています。地球温暖化の原因と考えられる人間活動に対しても、厳しい視点での意見が相次ぎ、国際社会の動きに影響を与えています。一方で、人間活動の影響は少ないという意見や、温暖化はプロパガンダだというような意見もあり、ある意味で人間社会も不安定な要素を含みながら、次の時代に向かっているように思います。
ここ数年、若い世代の市政への参画に着目、いろいろと意識しながら発言したり、実際に視察や研修などにも参加してきています。大学生のインターンを受け入れていることもそうですし、今年で言えば、大正大学の浦崎先生のお話や、高校生地域創造サミット、神戸高校の鈴鹿学の取り組み、高専と医療大学で開かれた鈴鹿市総合計画後期計画のまちづくり意見交換などに参加をして、高校魅力化の推進、若い世代の参画の重要性を実感しているところです。
そのようなことを通じて強く考えることは、若い世代の声を聴くことや、自治体の意思形成の場への若い世代の参画に対して、足踏みをしている自治体は、地域の力をどんどんと衰えさせていくことになるのではないかということです。
なぜなら、そのような機会が少ないということは、自分のまちのことを「自分ごと」として考える機会が少ないということですし、声を聴いてもらえないまちに「愛着」を形成することも少ないのではないかと考えるからです。そのことは、積極的にまちに関わりながら居住することよりも、外に出て、自分を受け入れてくれると考えるまちへの憧れを強くすることになり、結果として、若い世代がまちから出ていくということにつながるのではないでしょうか。
鈴鹿市議会ではこの1月、市内4校の公立高校で議会報告会(意見交換会)を開催しました。1校は学年集会の形式、3校は生徒会中心の少人数での開催でした。3校について会場にいましたが、懇談することで生徒の皆さんとの距離が近づくことを感じましたし、事後アンケートなども含めて、このような議会が積極的に高校と関わることの意義も確認しました。
高校と議会の連携に可能性があることは、数年前に岐阜県の可児市議会と可児高校の取り組みをお聞きしたとき、すでに感じたものでした。その後、新城市の若者議会の取り組みや、子ども施策における子ども参加の取り組みを学んだときにも感じたもので、それが昨年度の市議会本会議場でのティーンズミーティング(鈴鹿市議会高校生報告会)の実施につながり、今年度の取り組みにつながったことは感慨深いものがあります。
昨年から今年にかけて、自分なりに今回の取り組みにつなげるためにがんばってきたつもりです。この取り組みが続いていくよう、また、より深まっていくように関わり続けたいと思っています。自分から関わらないことを選択することはありません。ご意見やご支援を頂ければ幸いです。