Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

ヘッダ・ガーブレル

2010年09月18日 | 演劇
 イプセンの「ヘッダ・ガーブレル」をみた。新国立劇場の演劇部門芸術監督に就任した宮田慶子さんの「JAPAN MEETS…」シリーズの第1弾だ。

 120年前のノルウェーを舞台にした作品だが、少しも古さを感じさせない。さすがにイプセンだ。加えて演出の宮田慶子さん以下のスタッフ、主演の大地真央さん以下の出演者の熱意の成果でもある。

 大地真央さんのヘッダは、立ち姿が美しい。ほとんど出ずっぱりの長丁場だが、終始観客の目をひきつけて離さなかった。狂おしい葛藤を抱えたヘッダというよりも、現代的にクールなヘッダだった。

 ヘッダのキャラクターについては、すでに多くのことが語られているが、私は大地さんのヘッダをみながら、復讐という言葉が思い浮かんだ。ヘッダは昔の恋人にも、女学校時代の友人にも、凡庸な夫にも、復讐をしていたのではないか。復讐される相手には身に覚えのないことだ。だがヘッダには、もしかすると自分にたいするものかもしれないが、得体のしれない不満があり、そのはけ口が相手に向かったのではないか。

 この作品は社会的な規範に収まるメッセージ性を欠くので、反発をふくめたさまざまな反応があり得る。私は現代の日本の状況をかんがみて、ヘッダ的なキャラクターはいそうに思った。

 宮田慶子さんの演出は、ヘッダの傲慢さが周囲に引き起こすリアクションのコミカルな側面を拾ったもの。客席にはクスクスという笑いが絶えなかった。それがこの上演の現代性を支えると同時に、ヘッダのキャラクターを相対化する効果をもっていた。

 今回新たに訳出された台本は、ひじょうに自然な会話体だった。多少大げさな言い方かもしれないが、翻訳劇の一般的なレベルを引き上げるものと感じられた。訳者は日本語が堪能なノルウェー人のアンネ・ランデ・ペータスさんと、ドラマトゥルクとしての役割も負った長島確(ながしま・かく)さんのコンビ。演出の宮田慶子さんも深く関わったようだ。プログラム誌に載っている鼎談が面白かった。

 ペータスさんのエッセイも興味深かった。61歳のイプセンが恋をした、ヘッダのモデルといわれるエミーリエ・バルダッハは、当時10代後半だったといわれてきたが、実は27歳だったらしい。また当時、ある嫉妬深い妻が作曲家の夫(スヴェンセンらしい)の新作の譜面を燃やしてしまう事件が起きたそうだ。これが、ヘッダが原稿を燃やす場面のヒントになった可能性があるとのことだった。
(2010.9.17.新国立劇場小劇場)
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