Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

あわれ彼女は娼婦

2016年06月23日 | 演劇
 沃野のように豊かなエリザベス朝演劇の作品群の一つ、ジョン・フォード(1586受洗~1639頃)の「あわれ彼女は娼婦」。シェイクスピア(1564~1616)の「ロミオとジュリエット」を下敷きにしたと思われる作品だが、本家本元とは違ってドロドロしている。

 ロミオとジュリエットに相当するカップルが、ジョヴァンニとアナベラの兄妹。兄妹は愛し合い、アナベラは身ごもる。世間体を取り繕うため、修道士ボナヴェンチュラはアナベラを貴族ソランゾと結婚させる。事態は込み入り、悪化する。

 ジョヴァンニとアナベラの純愛物語と捉えられないこともないが、幕切れで、自ら刺殺したアナベラの心臓を剣に刺し、狂気の態で現れるジョヴァンニの姿を見ると、これはそんな口当たりのいい芝居ではないことが分かる。むしろ露悪趣味が行き着く先のカタストロフィが本質ではないかと思えてくる。

 ジョヴァンニ役は浦井健治。シェイクスピアの「ヘンリー六世」3部作の大成功(2009年)以来、早いものでもう7年経つが、ピュアな感性は失われていない。アナベラは蒼井優。身体の切れがよく、また舞台姿が美しい。多少頭は弱いが、憎めず、そしてどこか哀しいバーゲットを野坂弘が好演した。

 演出は栗山民也。今回もぎゅっと凝縮した舞台だ。焦点が合っている。栗山民也の演出には失望したことがないが、本作も優れた舞台の一つ。舞台美術もすばらしい。赤く焼けた鋼鉄のような壁面、床に交差する赤い十字路、その他赤が主体の舞台美術。担当は松井るみ。すっかり感心してプロフィールを見たら、井上やすしの「雨」もこの人だった。「雨」は今でもよく覚えている。「雨」の和風のテイストと、今回のイタリア的な赤と、いずれも鮮烈だ。

 音楽はマリンバ1台(舞台右脇に配置)。中村友子(桐朋学園大学非常勤講師)が、出すぎず、引っ込みすぎず、絶妙な間合いでドラマを彩る。舞台裏から微かに聞こえてくる中世またはルネッサンスの教会音楽の合唱が、ドラマに陰影を添える。

 全体としてじつに現代的な舞台だ。約400年前のエリザベス朝演劇だとは、観劇中一度も感じなかった。

 本音を言うと、うらやましかった。演劇ではこんなに現代的な舞台が作れるのに、(こう言ってはなんだが)どうしてオペラではそうならないのだろうと。とくにこの数年間はその傾向が感じられる。
(2016.6.22.新国立劇場中劇場)
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