Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

ヒトラーへの285枚の手紙

2017年07月19日 | 映画
 ナチスに対する抵抗運動は、ドイツ国内にもあった。もっとも有名なものはミュンヘンの「白バラ」グループだろうが、映画「ヒトラーへの285枚の手紙」で描かれているのは、ベルリンの夫婦が二人だけで行った抵抗運動。

 夫婦の名前はオットー・ハンペル(1897‐1943)とエリーゼ・ハンペル(1903‐1943)。オットーは工場労働者。エリーゼは(当時の多くの女性がそうだったように)ナチスの婦人運動に参加していた。要するに当時の典型的な労働者夫婦だった。

 ある日二人のもとにエリーゼの兄弟の戦死の通知が届いた。そこから抵抗運動が始まった。二人は葉書にヒトラーへの抵抗を呼びかける文章を書き、ベルリン市内にそっと置くようになった。それは1940年9月から二人が逮捕される1942年秋まで続いた。

 今なら監視カメラで簡単に捕まってしまうだろうが、当時だって、監視カメラこそなかったものの、厳しい監視社会だった。よく2年間も捕まらなかったものだと思う。捕まったら最後、激しい拷問の末に処刑されることは、二人とも覚悟の上だったろう。それでも抵抗運動を続けたのはなぜか。映画が示唆するように、抵抗運動を通じて、自分がナチズムから解放されるように感じたからだろうか。

 二人は1943年4月にベルリン市内のプレッツェンゼー刑務所で処刑された。同所は今でも保存され、一般公開されている。わたしも行ったことがある。赤茶色のレンガ造りの建物の中に、同所で処刑されたレジスタンスの人々(ナチスが政権を取った1933年から敗戦の1945年までに2,891人が処刑された)の写真と略歴カードが何枚も貼ってあった。

 ドイツの敗戦後、二人に関する記録文書が作家のハンス・ファラダ(1893‐1947)に渡され、ファラダはそれに基づいて小説を書いた。小説では二人の名前はオットーとアンナのクヴァンゲル夫妻とされ、戦死したのは二人の息子とされた。

 2009年にその英語訳が出ると、ベストセラーになった(2014年には日本語訳も出た。赤根洋子訳「ベルリンに一人死す」みすず書房)。映画は2016年の製作。英語の映画である点がひっかかるが、クヴァンゲル夫妻を演じる二人の俳優は、寡黙で存在感のある演技を見せている。

 二人を追い詰める警部が登場する(創作上の人物だろう)。捜査の途中でナチスの非人間性に目覚め、自らの職務との葛藤に苦しむ。今のわたしたちも、当時ならそうなったかもしれないと慄然とする。
(2017.7.12.新宿武蔵野館)

(※)本作のHP
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