Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

津村記久子「この世にたやすい仕事はない」

2023年07月23日 | 読書
 友人と隔月に読書会を開いている。テーマは交代で選ぶ。7月はわたしの番だったので、村田紗耶香の「コンビニ人間」と津村記久子の「とにかくうちに帰ります」を選んだ(二人は同世代だ)。ところが読書会の前に友人と連絡を取ると、友人は勘違いして津村記久子は「この世にたやすい仕事はない」を読んでいるという。わたしはそれを読んだことがなかったので、良い機会だからと、読んでみた。

 そういうわけで、偶然のきっかけから、「この世にたやすい仕事はない」を読んだ。これもおもしろい。芸術選奨文部科学大臣新人賞の受賞作品だが、そのような晴れの舞台がふさわしくないと思えるほど、目線の低い、弱い者・うだつのあがらない者に寄り添う(つまり津村記久子ワールドが展開する)作品だ。

 本作品は5編の短編小説からなる。主人公は大学卒業以来働いていた職場で燃え尽きた36歳独身の女性だ。生活のためにハローワークで仕事を探す。担当者から紹介された短期の仕事を転々とする。その仕事の話だ。

 どんな仕事か。それを書いてもよいのだが、まだ読んでいない方のためには、書かないほうがよいような気がする。まずどんな仕事か知るところから読み始め、少しずつ仕事をする、その過程を主人公と共有したほうがおもしろいのではないか。

 仕事は5回転々とする。どれも変わった仕事だ。上述のように、元の仕事で燃え尽きた主人公は、今はいわば“リハビリ”状態だ。だからというわけでもないだろうが、1つ目の仕事はもっとも動きが少ない。じっとしている仕事だ。2つ目、3つ目と進むうちに少しずつ動きが出てくる。4つ目、5つ目では外の仕事になる(3つ目までは室内の仕事だ)。

 5編全体を通じて、主人公の精神状態は緩やかな上昇カーブを描く。燃え尽き症候群からの回復だろう。だが、5編全体は主人公の再生物語ではない。それぞれの仕事に戸惑い、でもなんとかやっていく主人公の、テンションの低い、戸惑いの物語だ。上述した作者の目線の低さが、読者に安心感を与える。そして私も(俺も)そうだよなと、素直になれる。

 5つの仕事の内容に立ち入らないように気を付けながら、各編に少し触れてみよう。1つ目の仕事には女性作家が出てくる。執筆に集中せず、散漫な生活をしている。それは津村記久子の自画像ではないかと思って読むとおもしろい。3つ目の仕事は津村記久子の筆がもっとも生き生きしている。津村記久子に向いている仕事ではないかと‥。5つ目の仕事では津村記久子は先の展開が読めるような書き方をしている。だが、実際の展開は予想をこえて裾野を広げ、5編全体を着地させる。
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