2007年7月の第21回参院選で安倍晋三首相は
「宙に浮いた年金5000万件は来年の3月までに名寄せして、最後のお一人までしっかりとお支払いします」
と演説した。
参院選で配布された「安倍晋三首相より、国民の皆さまへ」と題したビラには、安倍氏の署名つきで
「自民党は責任政党です。出来ることしかお約束いたしません」
「最後のお1人に至るまで、責任を持って年金をお支払いすることをお約束します」
と明記された。
安倍内閣メールマガジン(第31号 2007/05/31)には
「私の内閣においては、年金の「払い損」は絶対に発生させません。
1億人の年金加入者に対して、導入前に3億件あった番号を整理、統合する作業を始め、導入直後にも2億件が残りました。その後、一つひとつ、統合を進めた結果、今残っているのが5千万件です。これらについて、徹底的にチェックを進め、1年以内に全記録の名寄せを完了させます。」
と記述された。
ところが、2007年12月11日、公約実現が不可能であることが明らかにされた。同日東京新聞は以下のように伝えている。
宙に浮いた年金記録五千万件について、38・8%の1975万件は入力ミスなどで持ち主の特定が困難であることが11日、社会保険庁の調査で分かった。これまでにコンピューターの名寄せ作業で持ち主を特定できたのは21・6%の1100万件にとどまっている。
また、町村信孝官房長官は記者会見で「来年3月までにやるのは、5000万件の(記録の)解明をすることだ。来年4月以降も精力的にやっていこうということで、最後の一人、一円まで(払うことを)全部、来年3月までやると言ったわけではない」と釈明した。
安倍前首相が偽りの公約をしたことは明白だが、このことについて、福田政権の町村官房長官の「選挙中だから『年度内にすべて』と縮めて言ってしまった」と発言した。公約を守らなかったことを陳謝するのでなく、詭弁を弄して間違いを押し通す行動が示された。
その延長上にある紙台帳とコンピューターデータとの突合問題だが、舛添厚労相は「社保庁の後継組織ができる時(10年1月)には解決する決意」としていたが、結局、「時間とカネがかかる」として、すべての記録の照合は当面しない方針が示された。
09年度までに、国民年金を含めて約8億5千万件分ある紙台帳を画像ファイル化し、基礎年金番号で検索できるシステムを作り、10、11年度に記録確認の申し出があった人の分だけ照合する、とのことだが、これでは、正しく年金が支給されない国民が膨大な数に達することは明白である。
民主党は、以前から一刻も早く社保庁、市区町村が保管しているすべての厚生年金、国民年金の手書き納付記録と、コンピューターデータを付き合わせ、コンピューターデータを徹底的に訂正しろと主張してきたが、その実行は政府の当然の責務である。
舛添厚労相による新たな公約違反が表面化したわけだが、当の舛添厚労相は、表明したのはその方向で取り組むとの「決意」であって「公約」ではないとの詭弁を弄している。
国民は選挙に際しての政府・与党の公約が、その当事者である幹部自身によって、どのように認識されているのかをしっかりと知っておかなければならない。選挙に勝つためには、嘘でも詐欺でも手段を選ばないとの行動様式が如実に示されているように思う。
昨日6月27日のテレビ朝日番組「報道ステーション」でコメンテーターの月尾嘉男氏が「韓国で牛肉輸入自由化に対して国民が行動を示し大統領支持率が急落したことを参考にして、日本でも国民が怒りを行動に示す必要がある」と発言したが、その通りだと思う。
国民は主権者であるが、代議制民主主義制度の下では、選挙に際しての投票行動が最大の意思表示手段である。選挙に際して国民は政党、政治家の発言、公約を踏まえて投票する。ところが、その公約が偽装されていたのでは話にならない。ことの重大さはウナギの産地偽装の比ではない。
与党の政治家、政党がいつからここまで堕落したのかを考えると、その分岐点は小泉政権であったと思う。
2003年1月23日の衆議院予算委員会総括質疑で小泉首相は、国債発行額を絶対に30兆円以上発行しないとの公約を果たせなかったことを追求されると、
「その(公約)通りにやっていないと言われればそうかもしれないが、 総理大臣としてもっと大きなことを考えなければならない。大きな問題を処理するためには、この程度の約束を守らなかったというのは大したことではない」
と答弁した
私はテレビ番組で、
「明確に国民に約束したことを守れなかったことについて、このように開き直って強弁して、それを押し通してしまうことの教育的悪影響は計り知れない」とコメントしたが、小泉首相の時代から、日本政府の無責任体質は極めて深刻な状況に陥って現在に至っていると思う。
政治家は国民、有権者に対して責任を負う存在である。公約違反があれば、率直に事実を認め、正すべきものを正さなければならない。子供達は大人の背中を見て育つ。間違いは間違いとして素直に認めて正すことが大切だ。
小泉首相は2004年11月10日の民主党の岡田代表との党首討論で、「非戦闘地域の定義を言ってほしい」との民主党の岡田代表の質問に対して、
「どこが非戦闘地域で、どこが戦闘地域なのか、私に聞かれたってわかるわけがない」
「自衛隊がいる所が非戦闘地域だ」
とまったく通用しない答弁を示してそのまま押し通した。
当時は、イラク全土に非常事態宣言が出され、米軍を中心とする多国籍軍がファルージャで武装勢力に対して大規模攻勢を続けていたさなかだった。
また、2004年6月2日の衆議院決算行政監視委員会で、小泉純一郎首相が、かつて勤務実態がないにも関わらず不動産会社の幽霊社員として厚生年金に不正加入していたことについて追及された際には、
「人生いろいろ、会社もいろいろ、社長もいろいろ」
と強弁した。
次期総選挙が近づき、自民党は官僚主権構造に対する国民世論の強まりを察知して、「天下り根絶」、「官僚利権根絶」などを検討しているような装いを施し始めている。自民党内「上げ潮派」と「脱藩官僚の会」などが提携して、官僚主権構造打破を選挙公約に示す可能性もあるかも知れない。
しかし、これまでの経緯を国民は忘れてならない。後期高齢者医療制度は明らかに「高齢者いじめ」、「高齢者切り捨て」の制度である。その最大の証左は、この制度では高齢者の保険料負担率増加率が非高齢者の保険料負担率増加率をはるかに上回ってゆく設計になっている点に示されている。
政府、与党は小手先の激変緩和措置によって、目先の負担感を低下させようとしているが、制度をいったん廃止して、より望ましい制度をしっかりと再構築させる考えをまったく示していない。
国民の民意は直近の参議院選挙に示されている。その民意を反映する参議院がガソリン税率の暫定税率廃止を決め、後期高齢者医療制度廃止法案を参議院で可決した。しかし、福田政権は参議院の意思決定をことごとく無視している。
年金記録問題にしても、政府の行動は国民との信頼関係を尊重したものではない。明らかな公約違反であるのに、公約違反でないと強弁して、それを押し通す間にうやむやにしてしまう。
官僚主権構造を打破する選挙公約を自民党が仮に示したとしても、その賞味期限は選挙期間中に限定される可能性が高い。国民にとって必要な施策を本当に実行するのは誰か、国民の幸福を本当に考えているのは誰かを、しっかりと考えなければならない。
事態を変化させるのは国民である。国民が政治に対して厳しさを持たなければならない。日本では妥協することを美徳とする考え方が強いが、それは問題の内容に依存する。人間関係においては妥協や協調が必要なことが多いが、政治の不正、約束違反に対して国民が厳しい姿勢を貫かなければ、政治の改善は望めない。政治の不正を正すために国民が積極的に、そして厳しく行動することが求められている。