医者に製薬会社が払うお金の知られざる真実
支払いの実態を徹底的にデータ化してみた
上 昌広 : 医療ガバナンス研究所理事長
2019/02/01 東洋経済ONLINE
https://toyokeizai.net/articles/-/263058
1月15日、「マネーデータベース『製薬企業と医師』」が公開となった。これはワセダクロニクルと、私が主宰する医療ガバナンス研究所が共同で立ち上げたものだ。2019年1月23日現在、アクセスは90万件を超える。
このデータベースを使えば、2016年度に医師(医者)個人が、どのような製薬会社から、どのような名目で、どれだけの資金を受け取っていたかがわかる。
例えば、2016年当時に日本内科学会理事長を務めていた門脇孝(かどわきたかし)/東京大学糖尿病・代謝内科教授(当時)の場合、86回の講演会謝金などの名目で15社から総額1163万6265円を受け取っていた。会社別で最も多かったのは武田薬品工業で255万7076円だった。
異常に低い日本の製薬市場の成長率
このデータベースを公開するに先立ち、われわれはいくつかの調査研究を行い、その結果をトップページに掲載した。
「全製薬会社別 支払額ランキング」だ。多い順に挙げていこう。
第一三共 20億1500万円
中外製薬 11億8282万円
田辺三菱製薬 11億7100万円
武田薬品 11億6160万円
大塚製薬 11億4541万円
とくにトップ3は国内での売り上げ比率が高い。2016年度の連結売上高に占める国内の医療用医薬品の割合は、第一三共60%、中外製薬77%、田辺三菱製薬74%だ。
高齢化が進む先進国で、製薬業は成長が期待できる有望分野だ。その例外が日本である。日本の製薬市場の成長率は約2%。アメリカの7.3%はもちろん、先進国平均の6.2%を大きく下回る。
政府の薬価抑制は、今後も続く。日本の製薬会社が生き残るには、高い成長率の期待できるアメリカ、あるいは中国を含めた新興国に進出せざるをえない。そのためには新薬を独力で開発するか、外部から調達する必要に迫られる。武田薬品がアイルランドの製薬会社シャイアーを約6兆円で買収したのは、このような背景があるからだ。
ちなみに、2016年度、武田薬品の連結売上に占める日本の割合は29%で、アメリカ30%より少ない。欧州は16%、アジアは6%だ。今回の買収で、「武田はもはや日本の企業ではない」(日系製薬会社社員)というのが製薬業界の共通した見解だ。
海外で売れる新薬がない製薬会社は日本の市場を取り合うしかない。降圧剤であれ、糖尿病治療薬であれ、各社、同じような薬を売っている。売り上げに効くのは医師に対する営業だ。
製薬会社が売り上げを増やすためには、医師に金品を提供することは有効な策の1つだ。これはわが国だけの現象ではない。2016年8月にカリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究者たちは、20ドル以下の弁当でも、製薬会社から受け取った医師は、その製薬会社が販売する医薬品を処方する傾向があったという研究成果を報告している。
製薬会社から医師への利益供与で、弁当は最も些細なものの1つだ。やはり、いちばん効くのは金だ。
製薬会社から、大学や病院ではなく、医師個人に金を渡す方法は3つある。まず、講演料やコンサルタント料として支払う方法、2つめが、自社の記事広告に出演などの形でメディアを介して支払う方法、そして、NPOや財団など第三者機関への寄付金だ。今回、私たちが作成したデータベースで、明らかになったのは講演料やコンサルタント料として支払った金だけで、氷山の一角である。知人の製薬会社社員は「講演料と同等か、あるいはそれ以上の金をほかの方法で支払っています」という。
このように、われわれの調査には限界がある。メディアやNPOなどを迂回させる方法は、金の流れを隠蔽させる意図があるものもあり悪質なケースの可能性が高い。ただ、それでも、今回の調査からは、さまざまなことが分かってきた。
では、製薬会社は、どのような医師に金を支払っているのだろうか。
今回、データベースを公開するにあたり、「主要20学会別 理事平均受領額ランキング」も提示した。多い順に挙げてみよう。
日本内科学会 605万6879円
日本泌尿器科学会 499万9549円
日本皮膚科学会 457万8681円
日本眼科学会 251万2485円
日本精神神経学会 198万6443円
一方、製薬会社からの金が少ないランキングも見てみよう。
日本形成外科学会 38万7741円
日本プライマリ・ケア連合学会 41万2058円
日本臨床検査学会 57万4266円
日本麻酔科学会 61万9422円
日本病理学会 62万4098円
日本救急医学会 63万4990円
製薬会社と密接な学会ほど利益提供が多い
トップの日本内科学会と最下位の日本形成外科学会では15.6倍の差がある。新薬を使う機会が多いか少ないかで、製薬会社との付き合いは学会によって随分と違う。
製薬会社との距離が近い学会は、製薬会社の影響を避けられない。例えば、学会は各種診療ガイドラインを作成する。その作成者に、これだけの金が流れている。
2012年に社会問題となったノバルティスファーマの降圧剤論文不正事件(ディオバン事件)では、日本高血圧学会の理事に同社から巨額の金が流れていたことが分かっている。彼らの中には論文データを改ざんし、ノバルティス社が販売するディオバンの使用を促していた大学教授もいる。情報開示が進んでいたとしたら、ここまで「暴走」できただろうか。
日本専門医機構の理事長は寺本民生・帝京大学特任教授。専門は高血圧や高脂血症だ。2009~2013年まで日本内科学会理事長も務めた。学会の大物でもある。2016年度、15社から76件の講演などを引き受け、総額1096万6524円を受け取っていた。日本専門医機構と製薬会社の「親密」な関係がわかる。このような分析も、今回のデータベースができて可能となった。
厚労省は、この問題を重視している。医薬品の承認に関わる審議会の規定では、「審議品目の申請者等又は競合企業からの寄付金・契約金等の金額」について、500万円を超える年度がある場合には、「当該品目の審議又は議決中、審議会場から退室」、50万円を超え500万円以下の場合には、「分科会等への出席し意見を述べることができる。審議品目についての議決には加わらない」と規定されている。至極、妥当な基準だ。
もし、この基準を日本内科学会に応用すれば、学会の理事たちは、多くの診療ガイドラインの議決に参加できないことになる。
2016年当時、日本内科学会理事長を務めていた前出の門脇孝氏の場合、武田薬品、MSD、ノボノルディスクファーマ、アストラゼネカ、日本ベーリンガーインゲルハイム、アステラス製薬、田辺三菱、日本イーライリリー、小野薬品の9社から50万円以上の金を受け取っていた。
彼の専門は糖尿病だ。わが国で糖尿病治療薬を販売するのは約30社。このうち15社から金を受け取り、そのうち9社の金額は50万円以上と大きい。門脇氏の判断に、このような金が影響したかはわからない。ただ、少なくともこうした金の受け取りの情報は開示されるべきだ。そして、誰もが解析できるようにデータベースが整備されなければならない。これこそ、われわれが、データベースを作成し、公開した理由だ。
医師と製薬会社の関係についての情報開示は世界中で議論が進んでいる。わが国だけで問題となっている訳ではない。
嚆矢(こうし)は2010年にアメリカで制定されたサンシャイン法だ。アメリカ連邦政府が所管し、公的保険であるメディケア、メディケイドが管理するホームページにアクセスすれば、医師の名前を入力するだけで、製薬会社から受け取った金の総額、関連企業の株の所持といった情報を簡単に確認できる。データの二次利用も簡便で、その解析により、多くの学術論文が発表されている。
日本の製薬会社は情報公開を制限している
ところが、日本の状況は違う。ディオバン事件を受けて、日本製薬工業連合会は2013年から医師への支払いについて公開するようになった。しかしながら、それは形だけだった。というのも、一般人が利用できないように策を弄したからだ。
例えば、第一三共の場合、提供する医師名・施設名・金額の情報は「画像」情報で、テキストとして処理できない。これでは解析できない。
われわれは、このような「画像」をOCRで読み取り、1つずつ間違いがないか確認した。この作業には、のべ3000時間を要し、主にアルバイトの人件費として約400万円を費やした。
また、データを閲覧するに際しては、「本ウェブサイトに記載された内容を無断で転載・転用すること」を禁じており、違反が認められた場合には「情報提供の制限・その他の措置をとらせていただく場合があります」と警告していた。これは透明性向上の主旨に反する。この記述を知ったアメリカの医師は「アメリカではありえない。なんのための公開かわからない」とコメントした。
この状況に、われわれは問題意識を抱いた。だからこそ、データベースを作成し、公開した。まだ不十分な点もあるが、研究に資するデータベースになったと考えている。
このデータベースは無料で、誰でも利用できる。論文発表や記事作成に際して、誰の許可をとる必要もない。論文・記事を書いてもらって結構だ。
本来、このデータベースは日本製薬工業協会が音頭をとって、製薬会社自らが立ち上げるべきものだろう。ぜひ、2017年度分から始めてもらいたい。ただ、現在、そのような動きは聞こえてこない。その場合、われわれは次もやるつもりだ。蟷螂の斧かもしれないが、少しでも情報開示を進め、わが国の医療のレベルが向上することを願っている。
(終わり)