北陸新幹線開業後、新潟の115系電車は大宮工場で重要部検査を受けるようになりました。その第1陣となったL11編成やN39編成が5月中旬に出場して運用に入っています。それらに代わり、L13編成やN7編成が大宮工場に入場しています。また、更に長野からC3編成が転入しており、2両抜かれて「L99編成」となっています。
一方、E129系の勢力は日に日に増しており、A16編成が昨日の1924Mの前位に入ったのが確認されています。E129系の更なる運用拡大も近いでしょう。
それでは、2014年10月分の新潟の115系電車をお伝えします。特記以外は新潟駅での撮影です。
張子は、2014年10月4日の信越線1323M。N21編成+S11編成でした。新津駅で撮影。
新潟駅に行き、白新線1630Mを。N22編成+N30編成でした。
9番線で白新線1632Mを。N33編成+N36編成の長野色揃い踏みでした。
しばらく時間をおいて羽越線931Mを。今話題に上ったL13編成でした。
2番線の先端に行き、越後線137Mを。N14編成でした。
2014年10月5日。信越線429Mは、要検直前のL12編成でした。
柵をかわして信越線432Mを。N30編成+N22編成でした。
8番線に行き、信越線1721Mを。N15編成でした。
9番線上にて信越線1323Mを。N29編成+S10編成でした。
228D出発後に白新線1632Mを。N18編成+N37編成でした。
2014年10月11日。新津駅にて羽越線123Mを。N12編成+N15編成でした。
新潟駅に行き、9番線で信越線429Mを。L10編成でした。
通路にて信越線432Mを。N19編成+N18編成でした。
J-TREC新津事業所の公開から戻って越後線1536Mを。再びL10編成でした。
2014年10月12日。羽越線931MはL4編成でした。
2番線の先端に行き、越後線137Mを。N4編成でした。
3番線の先端に行き、信越線436Mを。L7編成でした。
2014年10月13日。白新線1632Mは、N21編成+N13編成でした。
時間をおいて羽越線931Mを。L10編成でした。
2日連続で越後線137Mを。N17編成でした。
これまた2日連続で信越線436Mを。再び要検直前のL12編成でした。
2014年10月17日。新津駅で信越線427Mを。N21編成+N35編成でした。
しばらく動かずに信越線429Mを。今話題に上ったL11編成でした。
新潟駅に行き、越後線150Mを。N21編成+N35編成でした。
2番線に行き、越後線153Mを。Y3編成でした。現在、Y編成は全て運用から外れ、新潟車両センターの片隅にそれぞれ留置されています。
9番線に行き、信越線441Mを。N6編成+N31編成でした。
新津駅に戻り、信越線443Mを。N3編成+N1編成でした。
2014年10月18日。荻川駅にて信越線429Mを。L5編成でした。
2014年10月19日。信越線430Mは、L7編成+N5編成でした。
越後線1521Mは、全検から出たばかりのS9編成がN8編成を従えてました。
4番線に到着する越後線129Mを。L2編成+N23編成でした。
9番線に行き、信越線1323Mを。N12編成+S11編成でした。
夕刻になり、さつき野駅で信越線445Mを。L9編成でした。
2014年10月27日。信越線1321MはL8編成でした。
新津駅に行き、信越線1723Mを。N38編成+S5編成でした。
新潟駅に戻り、羽越線930Mを。L4編成でした。
3番線の先端に行き、越後線1529Mを。N9編成+N14編成でした。
2番線の先端に行き、越後線137Mを。長野色のN35編成でした。
最後に、越後線1536Mを。L11編成でした。
大変長くなりましたが、2014年10月分の新潟の115系電車は以上です。最近、巷で話題になっているL99編成ですが、N7編成の回送の御伴に使われたのみで、営業運転に入っている様子はありません。1日でも早く、信越線などの普通列車に入る姿を見てみたいものです。
ところで、E129系の4両編成ですが、下半期に入ることが決まりました。若番台のモハ車が入っているL2編成やL4編成は今日も活躍してますけど、前回の要検から3年余り経過しているので、そう遠くないうちに運用離脱するかもしれません。新潟の115系電車の大淘汰劇はこれからです。記録・乗車はお早めに。
次は、「飯田線全駅下車への道・第10回」をお伝えします。
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485系T18編成は5月30日にラストランを終え、そのまま廃車と相成りました。その先頭車のうち1両が新津鉄道資料館でDD14形と共に展示されることとなり、7月18日~20日にお披露目されることになりました。新潟の485系の運用は「きらきらうえつ」と「糸魚川快速」のみになり、実際に稼働しているのもきらきら編成、R25編成及びR28編成に限られています。R21編成については廃車作業が進行しており、R26編成及びR27編成は廃車説も取りだたされています。JR東日本秋田支社のHPを見てみると、485系国鉄色6連の「つばさリレー号」が9月12、13日に秋田~新庄間を走るということです。恐らく、仙台のA1+A2編成になるのではないでしょうか。
さて、これから紹介するのは2014年6月分の「485系いなほ号」です。全て新潟駅での撮影です。どうぞ御覧下さい。
2014年6月1日。「いなほ4号」はR27編成でした。
2014年6月2日。「いなほ12号」はR28編成でした。1年のうちでもっとも日の長い時期なので、「いなほ12号」もジャンジャンUPしちゃいます。
2014年6月3日。「いなほ12号」はR27編成でした。
2014年6月7日。「いなほ4号」はT13編成でした。
2014年6月8日。「いなほ3号」はR22編成でした。回送の115系N33編成と並べました。
2014年6月15日。「いなほ11号」はこれまたR22編成でした。
2014年6月19日。「いなほ12号」はR21編成でした。
2014年6月20日。「いなほ12号」はT13編成でした。運用変更でそのまま「北越10号」になりました。
2014年6月22日。「いなほ3月」はR22編成でした。回送の115系N17編成と並べました。
2014年6月23日。「いなほ12号」はR21編成でした。7月11日で「485系いなほ号」の定期運転が終了なので、450Mを待つ客をかわしながら毎日「いなほ12号」を撮影したものです。
2014年6月24日。「いなほ12号」はR27編成でした。
2014年6月25日。「いなほ12号」はT15編成でした。
2014年6月26日。「いなほ12号」はR21編成でした。
2014年6月27日。「いなほ12号」はR23編成でした。
2014年6月28日。「いなほ4号」は運用則通りのR23編成でした。
「いなほ3号」はR26編成でした。回送の115系N30編成と並べました。
折角なので越後線137Mとのカップリングも。115系N26編成と並びました。
2014年6月29日。「いなほ3号」はR23編成でした。終焉が迫るにつれ、女性の撮り鉄の姿も目立つようになりました。
2014年6月30日。「いなほ12号」はR27編成でした。
「485系いなほ号メモリアル」は以上です。「いなほ」といえばもうE653系に固まってしまった今、カヌ色の485系を御覧になって懐かしいと思った方もおられたでしょう。つい1年前までは485系のいなほ号を日夜記録したものです。今となっては懐かしい思い出です。
当ブログでは北越号の写真を全てUPしていません。12月に入ったら「特急北越号メモリアル」を始める予定です。乞うご期待下さい。
次は、新潟の115系電車についてお伝えします。
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北陸線453Mは、13時33分に高岡駅4番乗り場に到着。ここで「はくたか15号」を退避します。
階段を上がって改札を抜けました。自動改札の右手には自動券売機と「みどりの窓口」。橋上駅舎化に伴って開放的なつくりとなりました。
さて、北口(古城公園口)に出ました。昨年3月29日開業の新高岡ステーションビル「クルン高岡」になっています。
駅前の様子。西側にマンテンホテル、東側にα-1があります。
そうこうするうちに、万葉線の電車が到着「クルン高岡」開業と同時に延伸開業して高岡駅と接続して便利になりました。しかし、それから1年も経たないうちに優等列車と接続しなくなってしまったのは何とも皮肉なものです。
南口へ向かいます。でもその前に、「カワセカフェ」の横のセブンイレブンで買い出し。
自動改札の前を通過すると、左手に車両区が広がっていました。今は金トヤの派出所になったみたいですけど。
南口(瑞龍寺口)に出ました。こちらはすっきりとした姿です。高岡駅は平成23年8月28日に橋上駅舎化されましたが、駅前広場の整備が完了したのは昨年の3月23日のことです。
駅前の様子。ホテル77とnew jaranが道路を挟んで向かい合っています。
駅前ロータリーには前田利長公のモニュメントが。
折角なので、CHAO前の発車メロディー体験コーナーで実際に演奏してきました。何とか形になったかな。
14時4分発の「北越5号」(485系R22編成)で新津に帰還しました。
D席をゲット。大阪から関屋に帰るという老夫婦と相席になりながら、日本海の絶景を味わってきました。
「予土線全通40周年キネン乗り継ぎ」は以上です。昨年のGWに予土線全駅下車を決行したのは、「鉄道ホビートレイン」がデビューしたのと「北越」で帰れる最後のチャンスだと考えたからです。京都から窪川を経て足摺に至る「しまんとブルーライナー」が利用できて且つ予土線の始発列車が利用出来たのも大きかったです。
もし、この予土線全駅下車行を今年のGWにやろうとすれば、大阪から新津への乗車券は1枚で済むだろうけど必然的に上越妙高から金沢まで北陸新幹線を利用することになります。北陸線を乗り継いで新津に帰還したのは今となってはいい思い出です。関西から北陸線を乗り継いで新津に帰った乗り継ぎ旅はもう1つだけ残っています。秋頃にはUP出来るかな。北陸新幹線の駅巡りも今年中にUPしたいし。
最後までお読みいただきありがとうございます。
参考サイト さいきの駅舎訪問
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前回はこちら
高槻駅から8時1分発の新快速電車3204M(223系V56編成+W7編成)に乗り継ぎました。京都にて比良山系の見える席をゲット。マキノへハイキングに行くという眼鏡女性と相席となり、予土線の写真を見せてもらったり。
敦賀にて北陸線237M(521系J12編成+J19編成)に乗り継ぎました。大聖寺駅では「しらさぎ3号」(683系S07編成+S28編成)に抜かれました。
11時54分に寺井駅に到着。島式ホーム1面2線の構内です。橋上駅舎化されたと聞いて再訪に至りましたが、何やら工事中ですね。
階段を上がり改札を出ました。委託駅ながら左手に「みどりの窓口」があり、営業時間は7:00~18:30です。改札内にトイレは無いようです。
さて、西口に出ました。橋上駅舎化されたのは昨年の3月9日です。階下にトイレがあります。よく見ると、駅名の表記がないですね。
駅前の様子。閑静な住宅地が続いています。北方に能美市立病院があります。
再び改札前を通って東口へ。階段を下りると、何やらバーケードが築かれてました。
東口に出ました。W7系を意識したカラーリングの、三角のデザインとなっています。こちらの階下にもトイレがあります。この時点で駅名が書かれていないのにはちゃんとした理由があり、北陸新幹線の開業を期に「能美根上駅」に改称されたのです。
駅前の様子。商店街になっています。読売巨人軍やニューヨークヤンキースなどで活躍した松井秀樹氏の出身地で、「ホームラン通り」と名付けられています。
再び改札へ向かいます。自由通路には「長いもデート」のギャラリーがありました。
ホームに上がってもバリケードが目につきました。何せ、駅前整備事業が完成したのは今年の3月1日なのだから。12時17分発の641M(521系J03編成+J07編成)で金沢へ。
金沢駅からは453Mに乗り継ぎ、もう1つの橋上駅舎化されたばかりの駅へ。521系G18編成のみで、小松から高岡に帰るという眼鏡女性と相席に。北陸新幹線がもう現実のものとなっていました。
つづく
参考サイト さいきの駅舎訪問
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前回はこちら
2014年5月6日(火)の朝となりました。三ノ宮駅前で客扱いを行った後、前面のカーテンが開けられ朝日が入って起こされました。定刻より少し早い6時21分に東梅田駅前に到着。
新津までの片道乗車券で帰ります。6時41分発の高槻行きの510B(321系D18編成)で出発。
6時53分に岸辺駅に到着。島式ホーム2面4線の構内です。1番と4番は通過線となっています。
改札を出ました。5台の自動改札の右手に「みどりの窓口」があり、営業時間は5:30~23:00です。通路を挟んで向かいにはハートイン。尚、トイレは改札をくぐって右手にあります。
東口に出ました。平成24年3月17日に橋上化されてガラス張りになりました。以前は国鉄後期型の駅舎でした。(参考記事はこちら)
駅前はフレンドマートというスーパーになっています。道路を挟んで向かいのローソンで日経新聞を購入しました。尚、450mほど進むと阪急正雀駅です。
自由通路を通って西口へ。改札を過ぎると広大な吹田操車場が手に取るように。
西口に出ました。東口と同様にガラス張りですが、こちらは羽を両手に伸ばしたような形状です。大阪方には公衆トイレがあります。
駅前の様子。閑静な住宅地で、マンションも少なくありません。駅舎から77mの所にセブンイレブンがあります。
西口はもともと駅裏だった所で、まだまだ開発中の一帯もありました。
岸辺駅はバス乗り場以外に座れる場所がなく、7時28分発の110B(207系H13編成+S47編成)に乗車。7時41分に高槻駅に到着。朝食は敦賀行きの3204Mを待つ時間を利用して。
続きはこちら
参考サイト さいきの駅舎訪問
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松丸駅から18時9分発の4829D(キハ32 2)に乗車して予土線全駅下車達成の地へ。
18時19分に近永駅に到着。島式ホーム1面2線+引き込み線2本の構内です。
まずは駅名標から。近永駅は「G40」です。松野町から鬼北町に戻っています。
構内踏切を渡って駅舎の中へ。「きっぷうりば」とありますが、営業している様子はなく事実上の完全無人駅です。
それでは駅舎撮影。昭和8年8月築の、端正な形の木造駅舎です。トイレは北宇和島方にあります。この駅に降り立って予土線全駅下車達成。
時刻表を。窪川行きが6本、江川崎行きが2本、宇和島行きが12本となっています。下りが回送扱いとなる4836Dを含めて当駅折り返しが5本となっています。尚、現在は土休日に限り江川崎行きの「鉄道ホビートレイン」が設定され、当駅折り返しは4本となっています。
それでは周辺散策。住宅地を2分ほど歩くと、広見郵便局と伊予銀行を通過。
間もなくして三間川を渡ります。右手からは告森川が寄り添ってきます。
1つになって三間川になります。やがて広見川と合流し、四万十川とも合流して太平洋へと流れます。
橋を渡り切ると、弓瀧神社に到着。予土線全駅下車達成のお礼参りしてきました。竹森城址だそうです。河後森城の番城であり、1585年に豊臣秀吉に開城したとか。
すっかり日が暮れなずみ、駅に戻って八海山で打ち上げ。ほろ酔いになったところでホームに上がると、ランプ小屋のような建物が目に入ってきました。
19時ちょうど発の4830Dで窪川へ。駅裏に北宇和高校があるにもかかわらず乗車したのは私だけ。近永発車時に乗車してたのは男子高校生数人と女のコ1人。江川崎にて最後の女のコが下車して私1人になったところで夕食タイム。川奥信号場で交換した4833Dは何と乗客0人!
20時40分に窪川駅に到着。予土線全駅制覇の記念にお世話になった「キハ32 11」を。運転士さんの「ありがとうございました。」が印象的でした。
改札を出ました。高知方面への列車は既に終了しており、わずかに中村行きの特急列車が2本だけ。土佐くろしお鉄道の普通列車は17時台で終了。終着の列車が2本あるものの、窪川駅は長い静寂の時を迎えました。
22時10分を過ぎると送りの車が据え付けられ、急に静寂が打ち破られました。「しまんとブルーライナー」に乗車して大阪へと向かいました。近鉄バスの車両(大阪200か16-13)で、4列シートだったものの何とACアダプタありでした!南国SAから先は記憶なし。
続きはこちら
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前回はT18編成引退関連の記事をお伝えしました。予土線駅巡りに戻りましょう。
その16はこちら
そろそろ出発の時間となりました。二名駅から16時ちょうど発の4824Dで窪川方面へ。「鉄道ホビートレイン」(キハ32 3)ということで近永まで座れず。
16時26分に松丸駅に到着。到着するや否や大撮影会状態に一見する限り片面ホーム1面のみの構内ですが、よく見ると駅の前後で線路が不自然に曲がっており、交換設備が撤去されて棒線化されているのが分かります。
まずは駅名標から。松丸駅は「G38」です。宇和島市から松野町に入っています。「森の国ぽっぽ温泉」下車駅ですって!では行ってみよう。
では駅舎の中へ。ホームに向かって左手はトイレですが、右手はインフォメーションコーナーになっており、切符も販売されています。
で、インフォメーションコーナーの手前は「展示室」。とはいえ、マウンテンバイクばかり。
それでは駅舎撮影。平成14年10月開業の「松野町ふれあい交流館」です。右半分は「松野社会福祉協議会」。
時刻表を。定期列車は1日8往復ですが、「しまんトロッコ」も停車します。折角なので、18時9分発の列車まで過ごすことに。尚、現在は土休日に限り「鉄道ホビートレイン」による普通列車が1往復増発されています。
松丸駅の名物である駅内温泉は左半分です。510円で2階の浴場に直行。男性は「明治の湯」に案内されました。
「森の国ぽっぽの湯」は正式には大門温泉。低張性アルカリ冷鉱泉です。流石にも「こどもの日」で家族連れが多く内部の撮影を見合わせましたが、大風呂とミストサウナの他、平成13年まで「伊予美人」の醸造に使用された大小4つの樽から成る露天風呂が設けられ、十二分に楽しめました。
折角なので足湯をもと思いましたが、浴場は22時までの営業でしたが、足湯の方は17時をもって終了ということで周辺散策。駅前には喫茶店がありましたが、何と臨時休業
で、そのまま直進すると、「野武士」の蔵元である正木酒造場に到着。左手に進むと芝不器男記念館。背後には河後森公園で、松丸駅は散策にもってこいの駅でもあったりします。
駅前の道路を左に進みます。4分ほど歩くとAコープに辿り着き、今晩の夕食を格安でGETしました。
調子に乗ってそのまま進んでいくと、松野町役場に到着。
駅に戻ると、いつしかインフォメーションコーナーが閉まってました。出発する前に駅裏を眺めると、広見川の向こうに「森の国公園おさかな館」(道の駅虹の森公園まつの)がありました。
つづく
参考サイト さいきの駅舎訪問
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