”やはり”というべきか、9月の失速は予想通りになってきました。
これは、今年に始まったことではないのは、トラ自身が一番知っていたはずなのですが・・・
中村GMが急逝しました。
謹んでお悔やみ申し上げます。
なぜ、この時なのか、心労が重く圧し掛かったのでしょうか?
果たして今年の結末を知らなかった方が良かったのかも知れませんが、ここでトラが弔い合戦として、かすかに残る可能性を奇跡に変えるように奮起する意地があるのか、そのままこのまま終息してしまうのか、トラナインの心意気が示されるようです。
30年前 球団社長が日航事故で急逝したことを思い出しますが、30年まえの球団創設50周年を、トラは日本一で、報いたのですが・・・
果たして今年、球団創設80周年は・・・・
1992年、ペナントも終わりに近づいた9月、中村監督率いるトラは2位に3ゲーム差をつけ首位として遠征に出掛けました。
その時の中村監督は「良い土産をもって帰るので期待して欲しい」旨の話をした結果、それが重荷となり固くなったトラは惨敗しました。
それと同じようなことが思い出されました。
今年の7月ごろから、中村監督は、「9月が決戦の時」と言い続け、その9月になるとトラナインは、固くなったのかどうかわかりませんが、肝心の9月に力が発揮できませんでした。
これも、中村監督の言う決戦の時期の備えが出来ていたのでしょうか・・・
それだけの力を蓄えて、決戦に挑んだのでしょうか・・・
はなはだ疑問に思われる経過を辿っています。
過去の9月の成績は・・・
2012年9月は11勝12敗
2013年9月は、6勝16敗(10月以降は10勝18敗)
2014年9月は、12勝13敗(6連敗を含む)
トラの9月失速は、何もこれだけではありません
2007年9月には12連勝して12ゲーム差をひっくり返すがそののち9連敗して結局3位。
2008年7月には2位巨人に9.5ゲーム差つけ独走していながら、9,10月に13勝16敗2分と負け越し結局2位。
真弓監督の時代、2009年9,10月で17勝15敗とし3位をかけてのヤクルト戦に連敗し、結局4位でCSにも出れませんでした。
2010年9月にマジックを点灯させるも、波に乗れず中日に1ゲーム差で優勝をさらわれました。
このように、トラのDNAには9月に失速するというトラウマがあるのです。
今年のシーズン半ばから、トラの成績は、順位に見合う内容の数字が残せませんでした。
それは、ほとんどが改善されることなく、一体、守る野球をするのか、攻める野球をするのか、分からないような試合内容で、迷采配も目立ち、中途半端だったようです。
この際、個人的な考えではありますが、この機会をとらえて、フロントや監督を初めとするベンチの一新を図って欲しいものです。
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