徒然なるまま”僕の趣味と遊ぶ”

タイガース、水彩画、鉄道などの、僕の気ままな”独り言”

虎、来期に向けて始動・・・・

2006年10月22日 11時39分46秒 | 野球・タイガース

昨日から日本シリーズが始まりました。
昨年の虎は、千葉マリン球場の霧にまかれて、屈辱の4連敗を喫し、今年は、セ・リーグの連覇と日本一の奪回を目指しましたが、後一歩で悔しい思いをしました。
追い上げは見事でしたが、全シーズンを通じて投打とも波に乗り切れなかったと思います。

そこで、虎も来期に向けて、コーチ陣の一新と補強に取り組んでいます。
コーチの陣容が大きく変わるようです。
ヘッドコーチを廃止して、バッテリー、野手のチーフコーチを新設しました。
バッテリーチーフコーチには、今まで投手コーチの久保が、また野手チーフコーチは、前の外野守備走塁コーチの吉竹が、それぞれ就任しました。

   新打撃コーチの広沢氏

打撃コーチには、解説者で元虎戦士の広沢が抜擢され、以前の打撃コーチの和田が守備走塁コーチに就任しました。
2軍監督には、ヘッドコーチの平田が就任しました。
今までの1軍のダクアウトのムードメーカーは平田でしたが、広沢がなるのでしょう。

外国選手には、元パイレーツのライアン・ボーグルソン(29)投手の獲得に乗り出しました。 ボーグルソンは191cmの長身で右の本格派とのことです。
ウイリアムス、ダーウイン、シーツの残留が決まっています。
他にWBC台湾の林恩宇(25)投手の獲得も目指しているようです。

FA権獲得の広島の黒田投手ソフトバンクと残留交渉が難航しているズレーターの去来にも注目です。
FA権と言えば、虎にも金本、今岡、桧山が権利を獲得しており、その交渉は11月から始まるとのことですが、この方のいくえにも注目です。

明日から、イタリア旅行に行ってきます。
ローマ、ナポリ、カリブ島、ボンベイ、フィレンツェ、ベネチア、ミラノを観光してきます。 心配なのは、天気です・・・・・
11月1日に帰国しますが、その時分には、日本シリーズが終わっていますが、果てさて、どちらが日本一になっているのでしょうか?

 


数字の付く地名・・・・

2006年10月21日 10時02分45秒 | 独り言・社会・ニュース

10月の始めに函館・青森方面を旅行しましたが、青森には、数字の付く地名が多くありました。
なぜなのでしょうか?

京都や札幌は、区画どおりに一条、二条、三条と地名が付けられているので、当然数字地名が多くなっています。
こういう都市を別にすると、一般的に数字地名は西日本より東日本に多く、特に東北地方に集中しています。

とりわけ数字地名が多いのが青森県ではないでしょうか?
五所川原、三沢、十和田湖、二戸、三戸、五戸、六戸、七戸、八戸、六か所、十二湖、十三湖、七里長浜、八森、八甲田山、百石、三厩、二股、二ツ森、三つ岳、と兎に角多いように思われます。

  

なぜなのか、残念ながらその理由は、はっきりしません。
ちなみに、東北以外で数字地名の多いのは千葉県です。
ここは、理由ははっきりしています。
明治時代の政策のなごりで、当時、政府は、この地で大々的に開墾事業を進めたのですが、その時の入植の順番を指すものだそうです。

 


今年も、コスモスが咲きました。

2006年10月20日 11時44分53秒 | 独り言・社会・ニュース

9月2日に種を蒔いたコスモスが今年も武庫川の河原に咲き始めました
毎年、恒例となりました「髭の渡し花咲き会」がボランテアで植えた500万本のコスモスが風に揺れています。
でも、昨年よりは、育ちが悪いようです。

  

「髭の渡し」は、江戸時代に西国街道が、武庫川を挟んで人足が肩で担いで、尼崎側の西昆陽村、常松村と現在の西宮側の上大市村、下大市村、段上町を結んでいましたが、江戸の末期には、渡し船が行き来するようになり、現在の尼崎側に、髭を生やしたお爺さんが詰めていた茶屋があり、この付近を髭茶屋と呼ぶようになったそうです

  
    武庫川の河原にある髭の老人碑

この渡しは、その下流に甲武橋が出来るまで続いていました。
今は、新しく国道171号線が出来、橋巾も広がって交通量も増え、京都方面から神戸方面の重要な幹線道路となっています。

 


今日は、何の日!!!

2006年10月19日 10時28分22秒 | 今日は、何の日

今日、10月19日は、「遠く(10)へ行く(19)」と言う語呂合わせで「海外旅行の日」だそうです。
最近は、海外でのテロを初め、ローマでは地下鉄事故、トルコではバスの横転事故ギリシャでは、大雨でツアーが中止とか、何かと最近は海外旅行に心配ごとが耐えません。
が、来週23日からイタリアに行ってきます。
イタリアの天気を調べると余り良くありません。
おまけに出発日の23日は大阪の天気も悪いようです。

関西空港からKLMオランダ航空で12時間かけてアムステダムに入り、その日の内にローマに向かいます。
もし、出来るなら携帯で写真やコメントを送りたいと思います。
日本と電圧が異なるため、充電器は勿論のこと変圧器も持ってゆきます。
充電はなにも携帯だけではなく、ビデオやデジカメにも使います。
日本との時差は8時間ありますが、3月末から10月末まではサマータイムでこの間の時差は7時間となります。

 
   今日の絵は、”神戸・北野・うろこの館前” F10号

「海外旅行」の日の他に「バーゲンの日」でもあります。
1895年(明治29年)に東京の大丸呉服店が冬物の大売出しを開催し、日本初のバーゲンが行われたのに因み制定されたようです。

又、1956年(昭和31年)には「日ソ国交回復の日」でこの日に日ソ両国が共同宣言を発表しました。

1987年(昭和62年)にはニューヨーク株式相場が大暴落し、この下降率は22.6%と世界恐慌の引き金となった1929年の「暗黒の木曜日」を上回り、この年の
10月19日は月曜日と言うこともあって「ブラックマンデー」と呼ばれました。

 


音の鳴らない目覚まし時計?

2006年10月18日 09時22分22秒 | 鉄道は正確が当たり前!!

鉄道には正確な運行が求められますので、発車の遅れは許されません。
では、不規則な生活になりがちな運転士や車掌はどうやって起きているのでしょうか?

昔は、乗務員の宿泊所に「お越し番」と呼ばれる係がいて、それぞれの乗務員を起床時間に起こすのが一般的でした。
その「お越し番」が居ない時は目覚まし時計をセットしていました。

   
    今日の絵は”美山町のわらぶき” F8号

しかし、今日ではもっと進んだ方法をしています。
JRでは「自動起床装置」なるユニークな目覚ましを使用しています。

この装置は、敷布団の下の背中辺りに空気袋を入れ、起床時間をセットしておくと、設定時間に送風機から空気袋に空気が送り込まれる。
送風機は7秒間隔で送風と停止を繰り返し、それにともなって空気袋が膨らんだり縮んだりします。

すると、身体が持ち上がられたり、降ろされたりし、始めは小さいが、繰り返すうちに段々大きくなっていき、最も大きく膨らんだ状態で、空気袋は、約20cmまで達し身体は弓なりに状態となります。

この装置だと、普通の目覚まし時計と違って音が鳴らないので、まだ眠っている人を起こしてしまう心配がありません。

実際、自動起床装置を導入してから、寝過ごした人は誰もいないそうです。

 


セ・リーグ全日程終了

2006年10月17日 10時54分28秒 | 野球・タイガース

昨日でセ・リーグのペナントレースは、全日程を終了しました。
虎の最終戦は、昨日のヤクルト戦を3対0で勝ち有終の美を飾りました。
井川が、10奪三振をし、セ・リーグの奪三振王を川上と並び奪取しました。

金本も26本目のツーランを放ちましたが、3年連続の100打点は達成出来ず、98打点に終わりました。

      
   昨日の井川・14勝目   金本26号ツーラン(いずれも日刊スポーツ)

昨年と今年の比較は、
       勝利 負数 引分 勝率  打率  得点  防御率
 2005年 87  54   5  0.617  0.274   731    3.24
 2006年 84  58   4  0.592  0.267   597    3.13

これで見る限り、打率、得点が昨年より悪く、特に得点は、昨年に比べて134も少ない。 これは、昨年、今岡の147打点が、そのままチーム得点に影響したものでしょう? 打点と得点では異なりますが、大体連携していると考えて良いのではないでしょうか?

さて、これからのストーブリーグも見逃せません。
井川や松阪・岩村の大リーグの移籍は・・・・
FA宣言した広島の黒田を虎が獲得出来るのか・・・
他球団では、巨人の小久保はFA宣言して、その去来は・・・・

今年の虎は、”あきらめない”を実践し、最後の追い上げは見事でした。
そのお陰で、虎主催の観客動員数は、昨年より増加し1試合平均4万3218人、これは優勝した昨年の4万2907人の0.7%増です。

セ・リーグ全体でも全試合438試合で昨年より1.8%増の1187万7677人で1試合平均は2万7118人となっており、他球場でも虎人気が大いに影響したもののようです。
ちなみに巨人は、昨年に比べ1.0%減の1試合平均の観客動員数は、3万9626人と悪くなっています。

やはり、勝負事は、勝たなくてはならないようです。
球団とすれば、客が入った割には、優勝をしなかったため、選手の報酬を余り上げなくとも済みそうで、経営面では大いに潤うことでしょう。

今年で、金本の全イニング出場試合数は、1042に増やし来年も全試合フル出場して欲しいものです。 そして来年は、セ・リーグもプレイオフがあり、3位までなら優勝の可能性を秘めています。
でも、勝率で勝っていてもプレイオフで負ければ優勝は出来ず、昨年のようにロッテが勝率ではソフトバンクより悪くても優勝しているのを思うと、この制度は、あくまで球団の営利主義が出て、本来のペナントレースの意味合いがなくなっていくのは残念です。

 


神戸の復興再生事業・・・・

2006年10月16日 12時47分28秒 | 変貌する街、過去・現在・未来

前に大阪北の開発計画について調べましたが、今日は神戸の復興再生事業について調べてみました。

まず、10月4日に開業した”ミント神戸”は、震災で倒壊した旧神戸新聞会館を商業施設として再生されました。
復興の再生のシンボルとしてプロジェクトが組まれ、三宮駅前に多機能な商業施設や業務施設を備え、情報発信拠点を構築する目的で2004年からスタートしました。
若い世代をターゲットに、衣・食・住・遊・学・職などあらゆるライフスタイルを提案すると唱えています。
シネコン・大型LEDビジョン・サテライトスタジオなどのメデア機能も備え、神戸最大の集客力を誇る都市拠点となりそうです。

   

2008年に完成予定なのが”神戸芸術センター”です。
新神戸駅前の神戸市バス車庫跡に、芸術ホールなどが入る高層マンションが出来ます。商業エリアと住宅エリアの間という立地条件のを生かし、周辺住民はもとより来街者も落ち着いて芸術を楽しめる環境を整備するとしています。

神戸学院大学ポートアイランド新キャンパスは、2007年に完成予定で、神戸湾内に浮かぶ人工島ポートアイランドが、学生街として変貌をとげます。
今の西区にある有瀬キャンパスから、法、経済、経営、薬学部が、この新キャンバスに移転し2007年4月に開港の予定です。

   神戸学院大学の完成予想図

JR貨物神戸湾駅跡地には、復興記念公園が2010年に完成予定です。
”みなとのもり公園”と名付けて震災の教訓を次世代に伝えるのを目的に、神戸市が復興特定事業として、総工費110億円を投じるプロジェクトです。
甲子園球場の1.4倍の広さに、市民参加型のワークショップにより基本計画が練られています。 
ここは災害時に最大5万人を収容出来る避難場所や緊急ヘリコプターの着陸地となる芝生広場を始め緊急車両の出入口や非難経路、救護所となるパークセンター、緊急用仮設トイレや雨水貯留槽、太陽発電などの設備も設置される予定です。

  

この他の復興事業として新長田駅南地区震災復興第2種市街地再開発事業を2009年に、又、中山手地区の低層木造建築の密集地の再区画を2008年に完成予定で進んでいます。

 


日本のODAはどうでしょうか?

2006年10月15日 20時02分52秒 | 独り言・社会・ニュース

昨日は、日本の国連分担金について調べましたが、日本のODAは、どうでしょうか?
ODAとは、政府開発援助のことで、先進工業国が発展途上国の経済発展や福祉の向上を目的に行う援助のことで、贈与及び贈与相当額が25%以上のものを言います。

国に対して供与する2国間ODAには、返済義務のない贈与(無償資金協力と技術協力)と、返済を求める有償資金協力があります。

  
      今日の絵は、京都植物園の”ハス” F8号

では、ODAで供出している金額の1番多い国は、アメリカの157.9億ドルですが、日本は、2位の88.8億ドルです。
3位はフランスの73.4億ドル、4位はドイツの66.9億ドル、5位はイギリスの61.6億ドル、6位はオランダの40.6億ドル、7位にはイタリアの24億ドル、以下カナダ、スエーデン、ノルウエー、ベルギー、デンマーク、スイスと続いています。

その日本のODA供与額の多い国は、インドネシアへ11.4億ドルとトップに、なんと2位には中国への7.6億ドル、3位にはフィリッピンに5.3億ドル、以下ベトナム、インドとなっています。
中国に対しては、1980年から開始され、主に道路、橋などの社会基盤の整備に使われたいましたが、最近、中国の急速な経済発展を続けるいるため、ODAによる援助の役割は終了したという見方や、この援助が軍拡につながると言う非難が出ています。 こうした背景から、日本政府は2003年から環境分野と人材育成に限定し、08年までには新規円借款中止を発表しました。

しかし、日本のODA実績額に占める贈与比率は低く、総ODA額に対しては53.3%です。
比率の多いのはオーストラリアやニュージランドなどは、総額も低いですが、100%を無償供与しています。
アメリカは、99.2%ドイツも90.4%、イギリス96.3%、フランスも87.9%を占めています。(以上の数字は、2003年現在のものです)

このように日本のODA額が多い割には、返済を求めない贈与額が低いのは、日本が発展途上国の自助努力の支援を原則としているためです。が相手国の円借款の返済が進まず累計残高が増え続けるなど、大きな負担になってきています。

 


2番目に多い日本の国連分担金

2006年10月14日 12時20分22秒 | 独り言・社会・ニュース

今、北朝鮮の制裁をめぐって、国連安保理で審議されています。
常任理事国(米、英、仏、中国、ロシア)には拒否権がありますが、日本は非常任理事国で、拒否権はありません。
国連自体が、第2次世界大戦の戦勝国が決めたものですが、正確には、中国は戦勝国とは言えません。

この国連が運営されるのには、各国の分担金で賄われています。
分担金の分担率は、過去9年間のGNI(国民総生産)を元に算出され、3年毎に改訂されます。
各国の分担率には、上限(22%)や発展途上国に対する割引処置があるが、日本はこれまで途上国の割引分を負担する形で、実勢の経済力よりも割高な分担金を負担していました。

そこで日本は、国連安保理の常任理事国入りを目指していましたが、廃案となり「日本は、財政負担相応の国際的地位が与えられていない」と国内では声が上がっています。

  今日の絵は、「室生寺」 F8号

一番の分担額を負担しているのが、アメリカの4億3960万ドルで負担率は22%。
二位が日本の3億4640万ドルの19.47%。
三位がドイツの1億5410万ドルの8.66%。
四位がイギリスの1億900万ドルで6.13%。
五位がフランスの1億730万ドルの6.03%。
六位がイタリアの8690万ドルの4.89%。
七位がカナダの5020万ドルの2.81%。
八位がスペインの4480万ドルの2.52%。
九位が中国の3650万ドルで2.05%。

ロシアは、1960万ドルの1.1%で常任理事国では最低の分担率で、2002年に新規加盟したばかりのスイスでも分担率を1.2%拠出しています。
日本は、ロシアの17.7倍もの負担をしています。

しかし、この金額をそのまま信じてはいけません。
分担金の未払いしている国があるのです。
その最高額は、アメリカのなんと5億3028万ドル(2004年10月末現在)もあります。 アメリカの1年分以上の金額が払われていないのです。
未払い額の総額は、アメリカを含めて7億1595万ドルもあります。

日本のGNIの割合が13.6%(2002年)であることを考えると、余りにも日本の負担額は多すぎ、その割には、国際的地位が低いのは、言われるままに出してきた当時の政府機関が悪く、外交手腕の無さが招いたものなのでしょうか。


雨の五能線

2006年10月13日 17時02分42秒 | 旅行・観光

先週の6日は、青森から弘前を経て五能線に乗ってきました。
しかし、青森を出る頃から雨が降り出し、弘前を出るころは、本降りとなってきました。
5日の天気予報では、台風が熱帯性低気圧となって、津軽方面を始め北海道・東北全域に亘り、風雨とも強まると言っていました。

函館が異国情緒の街で明治時代を代表する建物や風景が目を楽しませるとすれば、この津軽半島の町は、明治以前の面影を残し、江戸時代を彷彿させる風景や人情があるようです。
五能線は、普通、青森の川部から秋田の東能代間147.2Kmを普通列車が深浦で乗り継ぎ約6時間40分かけて1日2往復、走っています。

が、冬季を除いては、全席指定の快速”リゾートしらかみ”が3編成列車、走っています。 この快速は、青森から秋田まで約4時間かかって走っています。

その”リゾートしらかみ”「ブナ」に青森13:50に出発しました。
この快速は、観光列車ですが、地元の人も乗っています。
その人達の話し合っているのを聞くと、全く分かりません。 外国に来たようです。

  
  青森駅の「ブナ」              曇りガラスを手で拭いて写しました

外は嵐に近い風雨が吹き荒れ、暖房が効いているので、窓ガラスは曇って外を見ることも出来ない状態です。
本来なら、穏やかな蒼い日本海と白神山地・岩木山といった景観の素晴らしい光景が見え、線路脇には、波うち際ギリギリに走る五能線を堪能するはずだったのですが・・・・・
日ごろの行いが悪かったのでしょうか?
五能線の魅力が、半減しました。
その日は、途中の深浦に16:24分に降り、ここの温泉に一泊しました。
翌日は、深浦10:54分発の「青池」に乗って秋田まで行きました。

  
  深浦駅ですれ違う”ブナ”と”青池”   イカの天日干し(函館で写しました)

尚、この”リゾートしらかみ”は、「ブナ」「青池」「まげら」の3編成あり、その時期によって時刻が異なり、日によっては1本乃至2本が運休する場合があります。

函館の透けるような青空の下に津軽海峡を望んできましたが、この青森・秋田は、全く異なる天候で、函館の冷房、五能線や深浦のホテルの暖房と季節を一度に味わう事が出来たのは、幸運だったと思いたいですねぇ。