日々の恐怖 1月28日 古都の暗闇(3)
京都のタクシーが運転が荒いのは知っていましたが、乗客に死の恐怖を感じさせるほどではありません。
このときは、本当に死ぬかもしれないと思いました。
“ おろしてくれ!”
と叫びたかったですが、情けないことに、人間本当に怖いと声が出てこなくなるようです。
なにより、運転手に下手な刺激を与えたくなかったので、俺はただただじっと石像のように固まっていたのでした。
そして、恐ろしいことに車は○○通りへはあきらかに行けない方向へ進路を変えだしたのです。
もう限界でした。
俺はやっとのことで、
「 あ・・・、お、おろしてください!
ここで、ここで大丈夫ですから!」
となんとか声を出しました。
すると、意外にも運転手は、
「 あれ、そうかい?ここじゃ遠くないかい?」
と、ごくごく普通なトーンでしゃべりながら車を脇に寄せました。
「 話相手にしちゃって、ごめんね~。」
などと言いながら、さきほどと比べると自然な普通の対応で運転手は俺に金額を告げました。
俺は、
“ さっきまでの恐怖心は、自分の思い過ごしだったのか?
俺が神経質に感じ取りすぎていたのか?”
と、いったい何が現実だったのか分からなくなるような、白昼夢を見ていたような気分でした。
解放されたということで、少し放心状態でもありました。
“ とにかく、外に出よう・・・。”
そう思い、急いで金額を渡し、運転手の、
「 ありがとうございました!」
という声を愛想笑いで受けながら、ギターケースをひっつかんで外へ足を踏み出そうとすると、運転手が、あの張り付いたような笑顔で言いました。
「 お客さぁん、もしかして○○大の学生さん?」
そのあと近くの友達の家に駆けこんでこの体験を話したんですが、うまく伝わりませんでした。
体験した俺以外は怖くないのかもしれません。
ですが、あの異常な運転手は今でも京都の夜を走っているかもしれないと考えると、得体のしれない恐怖がよみがえってきます。
京都の方はくれぐれもお気を付けください。
ちなみに俺は、そのときは四条大宮で乗りました。
童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ