20141216
ぽかぽか春庭知恵の輪日記>おい老い笈の小文(19)林住期遊行期、放浪
林住期遊行期、放浪
at 2003 10/25 05:43 編集
世界中さまざまな国の留学生に教えてきた。
あらためて数えてみると、教えたことのある留学生の国は、100ヵ国にのぼる。
「アジア」=韓国、中国、モンゴル、台湾、フィリピン、インドネシア、ブルネイ、マレーシア、タイ、ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマー、バングラディシュ、インド、ネパール、パキスタン、イラン、トルコ、レバノン、シリア、ヨルダン、パレスチナ、イスラエル、サウジアラビア、クエート、アラブ首長国連邦、オマーン、バーレーン。
「アフリカ」=エジプト、リビア、チュニジア、アルジェリア、モロッコ、セネガル、ナイジェリア、カメルーン、エチオピア、ケニア、南アフリカ。
「ヨーロッパ」=ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、ラトビア、エルトリア、フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、イギリス、アイルランド、オランダ、ベルギー、フランス、スペイン、ポルトガル、イタリア、オーストリア、チェコ、クロアチア、ハンガリー、ボスニアヘルツェゴビナ、クロアチア、ユーゴ、ギリシア、ブルガリア、ルーマニア。
「南北アメリカ」=カナダ、USA,メキシコ、ドミニカ共和国、ジャマイカ、グァテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、パナマ、コロンビア、ベネズエラ、ペルー、ブラジル、チリ、パラグアイ、ウルグアイ、アルゼンチン。
「オセアニア」=オーストラリア、ニュージーランド、西サモア、パプアニューギニア。
(思い出せない国名もあって、留学生に申し訳ない)
我ながら、ずいぶんたくさんの国名だなと思う。日本語教師をしていなかったら、ぜったいに覚えることがなかったろう、と思う国名も多い。
子供の頃の「世界中を旅したい」という夢は、まだ「おあずけ」だが、仕事をしながら、世界中の人とふれあうことができた。そして、仕事をリタイアしたら、これらの国を放浪して歩くのが夢だ。
「遊行」の中に生きた人々。西行、芭蕉の先達から、現代の尾崎放哉、種田山頭火まで。女性では伝説の八百比丘尼、実在の「とはずがたり」の二条。
老後を遊行放浪の旅の中ですごす、というのは、インドから伝わる人間の本性にもとずく究極の晩年生活である。
インドでは、人生を四つの時期に分ける。マヌ法典には人生を4つにわけた四住期が示されている。第3期と4期を分けずに、林住=遊行を同時進行とする考え方もあるそうだが、1から4までを書いておく。
1. 学生期:学問や修業をする期間。
2. 家長期:結婚して家庭生活を送りながら家長としての努めをする期間。
3. 林住期:家長としての努めを果たし終えた後、家督を譲る日を待ちながら遊行に備える期間。
4. 遊行期:解脱を求めて聖地などを巡礼する期間。現在の一生を終え、次の一生の準備に入る。
私も子育てを卒業したら、林住期に入ろうと思っている。遅く生まれた息子は現在15歳。20歳になったら、「あとは、自分の力で好きに生きろ」と、放り出し、私は林に住む。
あと5年のあいだに、林住期に入る準備が間に合うだろうか。この「おい!老い、笈の小文」執筆も、「心の冬支度」のひとつである。
こころおきなく林住期に入り、遊行三昧の日々をおくることができるように、と願いつつ、昨日も今日も、さまざまな言葉が飛び交う教室の中、バタバタと走り回る毎日。
今日の教室は「インドネシア、タイ、ミャンマー、ベトナム、バングラディシュ、中国、メキシコ」という編成。ひらがな練習を終えたばかりで定着していないクラスに、カタカナを突っ込んだ。
学生達は同じ「a」の音を書き表すのに、「あ」と「ア」のふたつを使いわけなければならない表記法を持つ日本語に、早くもパニック。来週から漢字授業が始まる。どうなることやら。
☆☆☆☆☆☆
春庭千日千冊 今日の一冊No.32
(ふ)藤原新也『印度放浪』
『印度放浪』は、藤原新也の処女作。1944年生まれの藤原、23歳のときの旅の記録である。藤原は『インドは、命の在り場所の見えるところである。自然の中のそれぞれの命が、独自の強い個性を持って自己を主張している。』と、書く。
『地上における生き物の命の在り場所をはっきりと見たし、合わせて自分の命の在り場所もはっきりと見ることができた。それは、私の二十代の一つの革命だった。』
こんなふうに「命の在り場所」を見ることができた藤原の二十代を、私は羨むばかりだった。母の死に打ちのめされたままの私は、生きているのかいないのかわからないような二十代をすごした。ようやく私がケニアへと出発したとき、二十代も終わりになっていた。ケニアのナイロビで30歳の誕生日をむかえた。
ケニア東側海岸の小さな島で、無数の蛍が一本の木にクリスマスツリーのように群れて輝くのを見つめたり、トゥルカナ地方の半砂漠地帯で、白くされこうべになって横たわるらくだの姿を見たり、サバンナ草原でライオンやキリン、シマウマが、命の連鎖の中で追うもの追われるものの命の限りを尽くしたりするのを見た。
やっと、私にも「地上における生き物の命の在り場所」を感じ取る感覚が戻ってきた。
旅について、生と死について、藤原の写真と文章を『チベット放浪』『全東洋街道』『西蔵放浪』と読み継いできた。
海外放浪篇以外も『東京漂流』『丸亀日記』『僕のいた場所』『沈思彷徨』など、好きな作品が多い。ときには彼の発言に「?」と思ったり、「ちがうんじゃないか!!」と反発したり。
沢木耕太郎や藤原新也のように旅をして文を書きたい、というのが、「あこがれの生き方」だったけれど、できないまま、もはや林住期を待つ身となった。
若い時代に旅をするのと、林住期遊行期になって旅をするのでは、感じ方考え方がちがってくるだろうと思うけれど、私の林住期にどんな旅が広がっているのか。今はバタバタと教室を駆け回りながら、林の中に入っていく日を待っている。
日本語、入門期の教室。ひらがなの書き方練習。
ほら、「りょこう」は、「りよこお」って書くんじゃないの。「よ」は、小さい「よ」ですからね。「You studied おline' s long vowel system last week.. Don't forget! It's not O. U is お line's long vowel letter. あ、だけどね。 とおいhas a irregular long vowel letter. Don't write とうい。Please write とおい」
留学生が間違えるのも無理はない。日本人学生さえ、レポートに、漢字のみならず「ひらがなミス」を連ねてくる表記システム。
「りょこう」できる日は、まだまだ、「とおい」
~~~~~~~~~~~
201412116
2003年から11年たって、教え子の国籍はずいぶんと増えました。数少なかったサハラ以南のアフリカの国々も、マリ、シオラレオネ、コートジボアール、モザンビークなど、それまではその国の首都を言うことも出来なかった国の留学生と出会いました。
今期、教えているアフリカからの留学生は、ウガンダとアンゴラ。アンゴラは、留学生がスピーチで「私のくにはアンゴラです。しゅとはルアンダです」と、発表するまで、首都名も知りませんでした。アンゴラで大学卒業者というのは、すごいエリートで、彼も高いプライドをひっさげて日本に留学してきました。日本語の進歩はいまひとつですが、きっと母国のために有用な人材に育っていくことでしょう。
<つづく>
ぽかぽか春庭知恵の輪日記>おい老い笈の小文(19)林住期遊行期、放浪
林住期遊行期、放浪
at 2003 10/25 05:43 編集
世界中さまざまな国の留学生に教えてきた。
あらためて数えてみると、教えたことのある留学生の国は、100ヵ国にのぼる。
「アジア」=韓国、中国、モンゴル、台湾、フィリピン、インドネシア、ブルネイ、マレーシア、タイ、ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマー、バングラディシュ、インド、ネパール、パキスタン、イラン、トルコ、レバノン、シリア、ヨルダン、パレスチナ、イスラエル、サウジアラビア、クエート、アラブ首長国連邦、オマーン、バーレーン。
「アフリカ」=エジプト、リビア、チュニジア、アルジェリア、モロッコ、セネガル、ナイジェリア、カメルーン、エチオピア、ケニア、南アフリカ。
「ヨーロッパ」=ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、ラトビア、エルトリア、フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、イギリス、アイルランド、オランダ、ベルギー、フランス、スペイン、ポルトガル、イタリア、オーストリア、チェコ、クロアチア、ハンガリー、ボスニアヘルツェゴビナ、クロアチア、ユーゴ、ギリシア、ブルガリア、ルーマニア。
「南北アメリカ」=カナダ、USA,メキシコ、ドミニカ共和国、ジャマイカ、グァテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、パナマ、コロンビア、ベネズエラ、ペルー、ブラジル、チリ、パラグアイ、ウルグアイ、アルゼンチン。
「オセアニア」=オーストラリア、ニュージーランド、西サモア、パプアニューギニア。
(思い出せない国名もあって、留学生に申し訳ない)
我ながら、ずいぶんたくさんの国名だなと思う。日本語教師をしていなかったら、ぜったいに覚えることがなかったろう、と思う国名も多い。
子供の頃の「世界中を旅したい」という夢は、まだ「おあずけ」だが、仕事をしながら、世界中の人とふれあうことができた。そして、仕事をリタイアしたら、これらの国を放浪して歩くのが夢だ。
「遊行」の中に生きた人々。西行、芭蕉の先達から、現代の尾崎放哉、種田山頭火まで。女性では伝説の八百比丘尼、実在の「とはずがたり」の二条。
老後を遊行放浪の旅の中ですごす、というのは、インドから伝わる人間の本性にもとずく究極の晩年生活である。
インドでは、人生を四つの時期に分ける。マヌ法典には人生を4つにわけた四住期が示されている。第3期と4期を分けずに、林住=遊行を同時進行とする考え方もあるそうだが、1から4までを書いておく。
1. 学生期:学問や修業をする期間。
2. 家長期:結婚して家庭生活を送りながら家長としての努めをする期間。
3. 林住期:家長としての努めを果たし終えた後、家督を譲る日を待ちながら遊行に備える期間。
4. 遊行期:解脱を求めて聖地などを巡礼する期間。現在の一生を終え、次の一生の準備に入る。
私も子育てを卒業したら、林住期に入ろうと思っている。遅く生まれた息子は現在15歳。20歳になったら、「あとは、自分の力で好きに生きろ」と、放り出し、私は林に住む。
あと5年のあいだに、林住期に入る準備が間に合うだろうか。この「おい!老い、笈の小文」執筆も、「心の冬支度」のひとつである。
こころおきなく林住期に入り、遊行三昧の日々をおくることができるように、と願いつつ、昨日も今日も、さまざまな言葉が飛び交う教室の中、バタバタと走り回る毎日。
今日の教室は「インドネシア、タイ、ミャンマー、ベトナム、バングラディシュ、中国、メキシコ」という編成。ひらがな練習を終えたばかりで定着していないクラスに、カタカナを突っ込んだ。
学生達は同じ「a」の音を書き表すのに、「あ」と「ア」のふたつを使いわけなければならない表記法を持つ日本語に、早くもパニック。来週から漢字授業が始まる。どうなることやら。
☆☆☆☆☆☆
春庭千日千冊 今日の一冊No.32
(ふ)藤原新也『印度放浪』
『印度放浪』は、藤原新也の処女作。1944年生まれの藤原、23歳のときの旅の記録である。藤原は『インドは、命の在り場所の見えるところである。自然の中のそれぞれの命が、独自の強い個性を持って自己を主張している。』と、書く。
『地上における生き物の命の在り場所をはっきりと見たし、合わせて自分の命の在り場所もはっきりと見ることができた。それは、私の二十代の一つの革命だった。』
こんなふうに「命の在り場所」を見ることができた藤原の二十代を、私は羨むばかりだった。母の死に打ちのめされたままの私は、生きているのかいないのかわからないような二十代をすごした。ようやく私がケニアへと出発したとき、二十代も終わりになっていた。ケニアのナイロビで30歳の誕生日をむかえた。
ケニア東側海岸の小さな島で、無数の蛍が一本の木にクリスマスツリーのように群れて輝くのを見つめたり、トゥルカナ地方の半砂漠地帯で、白くされこうべになって横たわるらくだの姿を見たり、サバンナ草原でライオンやキリン、シマウマが、命の連鎖の中で追うもの追われるものの命の限りを尽くしたりするのを見た。
やっと、私にも「地上における生き物の命の在り場所」を感じ取る感覚が戻ってきた。
旅について、生と死について、藤原の写真と文章を『チベット放浪』『全東洋街道』『西蔵放浪』と読み継いできた。
海外放浪篇以外も『東京漂流』『丸亀日記』『僕のいた場所』『沈思彷徨』など、好きな作品が多い。ときには彼の発言に「?」と思ったり、「ちがうんじゃないか!!」と反発したり。
沢木耕太郎や藤原新也のように旅をして文を書きたい、というのが、「あこがれの生き方」だったけれど、できないまま、もはや林住期を待つ身となった。
若い時代に旅をするのと、林住期遊行期になって旅をするのでは、感じ方考え方がちがってくるだろうと思うけれど、私の林住期にどんな旅が広がっているのか。今はバタバタと教室を駆け回りながら、林の中に入っていく日を待っている。
日本語、入門期の教室。ひらがなの書き方練習。
ほら、「りょこう」は、「りよこお」って書くんじゃないの。「よ」は、小さい「よ」ですからね。「You studied おline' s long vowel system last week.. Don't forget! It's not O. U is お line's long vowel letter. あ、だけどね。 とおいhas a irregular long vowel letter. Don't write とうい。Please write とおい」
留学生が間違えるのも無理はない。日本人学生さえ、レポートに、漢字のみならず「ひらがなミス」を連ねてくる表記システム。
「りょこう」できる日は、まだまだ、「とおい」
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201412116
2003年から11年たって、教え子の国籍はずいぶんと増えました。数少なかったサハラ以南のアフリカの国々も、マリ、シオラレオネ、コートジボアール、モザンビークなど、それまではその国の首都を言うことも出来なかった国の留学生と出会いました。
今期、教えているアフリカからの留学生は、ウガンダとアンゴラ。アンゴラは、留学生がスピーチで「私のくにはアンゴラです。しゅとはルアンダです」と、発表するまで、首都名も知りませんでした。アンゴラで大学卒業者というのは、すごいエリートで、彼も高いプライドをひっさげて日本に留学してきました。日本語の進歩はいまひとつですが、きっと母国のために有用な人材に育っていくことでしょう。
<つづく>