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ぽかぽか春庭「2003年の大腸菌」

2015-04-28 00:00:01 | エッセイ、コラム
20150428
ぽかぽか春庭知恵の輪日記>2003三色七味日記4月(6)2003年の大腸菌

 2003年三色七味日記4月の再録を続けています。
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2003/04/16 水 晴れ
日常茶飯事典>大腸菌

 午前中、病院へ。10時20分に受付をする。1時間半待って、内科で3分、泌尿器科で3分の診察。検査結果を聞いただけ。
 内科では血圧を測って「上110下70異常なし。泌尿器科へ行ってください」と言われた。また15分待って、泌尿器科では「前回の膀胱炎の菌は大腸菌でした。今回は異常なし」と言われた。1分の診療。まあ、治ったのだから、よしとしよう。

 午後、教授法2コマ。教室は希望したのと違って椅子が動かない部屋だし、人数は多すぎるし、社会人入学のおじさんがいるし、いろいろ去年とは違う。

本日のうらみ:90分待ち3分診療


2003/04/17 木 晴れ夏日
ジャパニーズアンドロメダシアター>『池袋ウエストゲートパーク スープの回』

 「日本事情」初日。図書館に本を返して、去年1年間授業をした1号館に行ったら、今年はまた7号館に戻った、という。うろうろとまた7号館に。
 今年は2年生のみのクラスになって、人数も12人なので、去年より楽と思う。

 夜、『池袋ウエストゲートパーク スープの回』録画ビデオを見た。2000年のシリーズを見ていないので、面白くないだろう、と予想して見たのだが、面白かった。ビッグになってしまった坂口憲二や窪塚洋介の出番は一部分だろうという予想はあたった。加藤あいはアメリカ留学から一時帰国のちょい出演とか。
 とにかく、原作の石田衣良、脚本クドカン、プリクラデビューが売りだった妻夫木聡とか、関わった人全部が3年で全国区になってしまった、というのがスゴイ、というミーハー趣味で見たのだけれど。
 ストーリーは、ぶっこわれているミュージシャンが「究極のサウンド」を求めて起こす「骨音」クエストと、それを解決するスーパーヒーロー誠。
 最後の解決が、アフリカ帰りのキングタカシがスープだしの骨をぶったたいて、というオチは、ちょっと、いくら視聴者年齢層が低いとふんでも、それはないよ、という終わり方だったけれど、面白かったから許す。途中途中の小細工というか、「微分演出」がとても愉快だった。たとえば。

 加藤あいヒカルが出版した「トラウマリハビリのための本」のカバーが、もろ柳美里の「不倫の子生んじゃいましたシリーズ」のパクリ。ヒカル著作の三部作『虎』『馬』『誠』の、『誠』では赤ん坊大のこけしを大事そうに抱えている写真。とってもとっても笑えた。
 ラストのおまけで、ちょっと大きくなったコケシが本を見ながら「カーちゃん、俺、こんな写真を本にさらされて、町歩けねーよ」なんて言って、「バカ言ってんじゃないよ、オモニはねぇ、これでミルク代稼いだんだから、文句あんならあんた捨てたおやじ憎みな」ってな会話をつけたしてくれたら、微分演出としておもしろかったろうなあ。

 タレントの私生活暴露もの「プラトニックセックス」の売られ方と、「文学作品」であるはずの『命』三部作が結局は同じ大衆の視線にさらされるしかない日本の「文学業界」を、あのカバー写真一枚でさらけ出す手腕は、単なるパロディを超えて鋭い文学批評であり社会風刺であり、なんとも面白かった。
 ワイドショウも私小説も「人様の内情をのぞきたい」という視線によって売れ、どんなに文学的にすぐれた私小説であっても、のぞき興味からはずれれば、売れない。そういう大衆と業界のなれあいを映し出していました。

 続編だすなら、池袋イーストゲートパークにしなければならないラストシーンだったが、あれ?東口に公園あったっけ。
 
とにかく池袋は3年たっても相変わらず「どんだけビルが増えてもあか抜けない町第一位」を続けていて、遊んでいるガキどもは「どいつもダサイタマだべやぁ」という雰囲気で、洗練されそうもないのがいいな。

本日の負け惜しみ:東口には、椅子に座って本を読んでいられる本屋がふたつある。いい街だ(私の基準は本屋の充実度)


2003/04/18 金 晴れ夏日26度
ニッポニア教師日誌>私もコーシです

 3コマ。ビデオ1組と2組。1組の教科書。

 初期の国費留学生に比べ、このところ学生の質が落ちてきたという先生方の評価だったが、今期はまた、まじめで熱心な学生たち。でも、1組はまだひらがなも定着していないし、カタカナはようよう拾い読みというところだが、来週から漢字が始まる。たいへんだ。

 インドのフラが私の身分を聞くので、「私はプロフェッサーじゃありません。レクチャラーです」と言ったら、うれしそうに「In India, I'm lecturer too, 」と胸を張る。
 そこで覚え立ての「も」を定着させるべく、「フラさんは講師です。ハル先生も講師です」を言わせる。「インドで、フラさんは講師です。日本で、フラさんは講師じゃありません。学生です」も言わせる。「です/じゃありません」の復習もたっぷり。

 週末3コマぎっしり詰め込み、私も疲れた、学生も疲れた。終わりに「In this week, you had hard study.You are good students !」と、ほめたら、フラが「You are a good lecturer. You are our No.1 teacher.」と、ほめてくれた。ありがとね。

本日のつらみ:給料の低さもNO.1


2003/04/19 土 晴れ 
アンドロメダM31接続詞>絶望書店「小谷野メール」

 教授法の授業案を6月分まで作る。シラバス提出は半年も前だが、実際の授業は学生の顔ぶれ見て、やる気みてそれから授業案をまとめることになる。いきおい、配られたシラバスは「建前」にならざるをえない。

 3月26日イラク戦争への言及の後、更新がなかった絶望書店が「小谷野メール」公開で復活。とても面白い。小谷野が「有名大学の教授になりたい」とメールに書いているのを見て、あんたは将来に夢を抱く厨房だっだのね、と納得。阪大助教授を辞めた後、彼が未だに明治東大非常勤講師でしかなく、自分では「こんなに本も売れて、有名になったのだから、常勤職について当然である。教授になりたい」と思っているのは、発言のはしばしから分かっていたことであるが、こんなに露骨に書くほど素直な人だったとは!

 2チャンネルのある意味レベルの高さを無視して「学術論文はエライが、2チャンネラーは新聞も本も読まない馬鹿」とか言っているので、もう、ネットを甘く見ちゃいかんなあ。これでまた、2チャンネル小谷野ウォッチャーにネタを提供して、世の娯楽に貢献したのは偉いけど。と、思って、2チャンネル小谷野スレも読んでみた。絶望書店の小谷野いじり具合がよろしい、という評。同感。いじりがいのあるキャラ。おもしろいや。これでますます絶望氏から目が離せませぬな。赤いクレヨンしんちゃんが新学期活動停止状態なので、つまらないスキを埋めてくれます。

本日のさらみ:「もてない」が売れたので結婚した夫人とはすでに別れたらしい。サラ身。


2003/04/20 日 晴れ
ニッポニアニッポン事情>ヒトゲノム

 日曜地学ハイキングの例会「パナソニック恐竜館見学」の日だったが、娘体調不良につき、参加とりやめ。
 恐竜大ファンの娘は、恐竜館を楽しみにしていたのだが。例会参加なら、地学の先生方にいろいろ説明が聞けるところだったが、恐竜館は、いつでも行けるからと、今日はあきらめ。

 琥珀の中に閉じこめられていた蚊が吸った血のDNAから恐竜を復活させるのがジェラシックパーク。

 以下、DNA雑感。
脳のニューロン組織完全解読とヒトゲノム完全解読は、21世紀を大きく変える技術のものになり、思考を変えるもとになると思っている。朝日朝刊ヒトゲノム解読完了について、榊佳行のインタビューを読む。榊はヒトゲノム国際機構会長理化学研究所ゲノム科学総合研究センタープロジェクトディレクター。
 30億文字の塩基配列の中で、基本設計図は3万程度で、予想の10万より少なかったことが、早期解読終了の原因。単純に遺伝子が解読できれば人間生成の秘密がわかると思われていたのが、遺伝情報のネットワークが働くという。理科系に弱い私にも、遺伝情報ネットワークのことが理解できた。個々の存在にネットワークが重なることでものごとが動くのは、遺伝子レベルでも、世界情勢でも個人の人生でも変わらないということが「ふむふむなるほど」である。この基盤データは、無料公開を原則とし、自己の利益を追求しないで、人類の共通財産とするという姿勢がよろしい。

 遺伝子に思うこと。何で読んだのか、誰が書いたのかも忘れたネタモト不確実の記憶であるが「ノーベル賞玲於奈博士の教育者としての発言」として書いてあったもの。「ヒトゲノムが全解読されたあと、小学校の入学前健康診断で遺伝子情報を読みとれば、この子は理系最先端科学コース、この子は地道こつこつ技術者コース、この子は、という具合に適切な進路を用意してやることも可能」と言ったそう。
 本当に江崎玲於奈が言ったのかどうかもわからない未確認発言だが、言いそうな気もする。たぶん悪気もなく「子供の適性を考えてやるのは教育者として必要なこと」と本気で信じているんだろうとも思うが。でも、やだな。自分の将来のコースがが生まれたときから分かっている社会。

 私に関しては、中学3年生のとき受けた職業適性検査で「数字を扱う仕事は不可。ことばを扱う職業に向いている」という診断の通りになったことは認めるが、だからと言って私が経済アナリストや銀行窓口嬢になる可能性を閉ざされていたわけではなかった。
 私は自分でことばを商売道具にすることを選んだのであって、強制されたわけではない。生まれたとき、あるいは小学校入学時に「あんたの可能性はこれとこれ。こちらになれる可能性はゼロ」と将来を描き出してもらって、子供は幸福なんだろうか。

 病気の可能性がわかることについて、これから保険会社の暗躍が推測される。早期に病気にかかる可能性のある遺伝子を持つ人たちに対しての保険加入の可否。

 たぶん、生物の生きる目的は遺伝子を伝えることにあるのだろうが、なぜ遺伝子を未来に伝えなければならないのか、よくわからない。ピカイアの遺伝子が私までつながるとして、なぜ、ピカイアはそれを伝えなければならなかったのだろうか。遺伝子は宇宙の創生再生に必要な情報でも担っているのかもしれない。

 「コピーせずにはいられない」というのが、今のところ私に理解できる「遺伝子情報がこの世に存在する理由」である。そして「コピーしていると、必ずミスコピーが生まれる」のが、いいところ。男性の突然変異率が女性の2倍、というのは、XXとXYの差で生じるのだろうか。再生産用の肉体は突然変異しちゃいけないのか。

本日のひがみ:そりゃ、うちらのDNAなんぞ、箸にも棒にもひっかからないものだろうけど、ノーベル賞とれなくても、うちの子はかわいい


2003/04/21 月 小雨のち晴れ
日常茶飯事典>更年期仲間

 漢字と作文2コマ。

 帰りのバスで、「これからお世話になった方のお見舞いに行く」という教授といっしょになる。先週、姉の一周忌の品を渡したときに「更年期がたいへんで」という話を聞いたが、今日は音羽近辺の散歩コースの話。

 5年前、この女性教授から、「私は結婚している人は嫌いです。結婚していて、それ以上何を欲張ることがある」と言われて以来、嫌われていると思ったので、こちらから近づくこともしなかったが、なんだかこのごろは「更年期仲間」として公認されたみたい。
 今は、それほど嫌われていないのかもしれない。確かに助教授や講師には、まだ更年期の話は通じないかもしれないし、目をかけていた一番若い講師は「結婚!」してしまったし。
 私にとって、更年期症状は五十肩だけだったが、更年期についての話し相手はできる。

 独身女性教授というのは、私には「おそれおおい、遠い存在」のように思えたが、話してみれば、いい人だ。

本日のひがみ:更年期仲間とはいえ、私の年収の4倍の方とは、タメ口はきけない


<つづく>
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