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ぽかぽか春庭「2003年の花見」

2015-04-21 00:00:01 | エッセイ、コラム
20150421
ぽかぽか春庭知恵の輪日記>2003三色七味日記4月(1)2003年の花見

 12年前のひつじ年2003年の日記を採録します。2003年4月の日記です。
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2003/04/02 水 雨
日常茶飯事典>桜散歩その1 外堀

 午前中Aダンス。

 午後、昨日に引き続き、桜散歩をしようと思ったのに、花散らしの雨。

 昨日の散歩。飯田橋からお堀端沿いに市ヶ谷まで桜並木を歩く。土手の下から生えている桜の枝が、外堀通りの歩道の目の前に来るので、下から見上げる花見とはまた違った美しさ。すぐ目の前に花房がある。市ヶ谷から総武線で四谷へ。
 四谷上智大学前から市ヶ谷まで土手上を歩く。こちらは大木の枝がはるか頭上にある花見。宴会準備の青いシートがあちこちに広げられ、番人がひまそうに坐っている。あれも給料のうち。

 当方は3月中授業がないゆえ4月は「給料なし」なのだ。それで、缶コーヒーさえ飲まずに市ヶ谷から地下鉄で帰った。

 今日は一日ネット読書。サイコドクター読冊日記再開、うさぎやリニューアルオープン。

本日のねたみ:花見席取りシートに1日寝ていて給料もらえる人、うらやましいぞ


2003/04/03 木 曇りのち晴れ
日常茶飯事典>お台場ジョイポリス

 午後、お台場へ。ゆりかもめに久し振りに乗って、汐留サイトのなかを通っていく。「モノレールがビルの中で空中に浮いている感じがする」と、娘が言う。
 お台場海浜公園で降り、デックお台場へ。

 ジョイポリスは、私の苦手な室内アミューズメントパーク。閉所恐怖症なので、こういう閉じこもった場所に長くいると息苦しく、気持ちが悪くなってくる。一カ所でも外が見える窓があればいいが、そうでないとダメ。
 バーチャルスカイハングライダーとアクアノーバをやって、外へ出た。
 ひとりで、午後3時半から2時間、お台場散歩。

 5時半にジョイポリスに戻って、娘息子と合流、バーチャルジャングルドライブと急流下りの乗り物に乗る。
 バーチャルのいいところは、こわくなったら目をつむってしまえば、ただ椅子がガタガタゆれるだけ。ジャングルの吊り橋が壊れて下の峡谷に落ちるシーンで、目をつむった。
 娘は「ほんとうに吊り橋から落ちるなんて体験をしたら落ちるときの景色をみる余裕なんてないんだから、どんなふうに落下するのか、どう見えるのかちゃんと見なきゃだめじゃない。実際に死ぬわけじゃないのに」と言われた。それもそうだな。ちゃんと見ておけばよかった。だけど、こわかったんだもん。
 パニックには冷静に対処できない人間である。願わくは一生の間、戦争地震火事飛行機墜落&ジャングルドライブで吊り橋から落下、には出会いたくない。
 バーチャルジャングルツアー車は、後半なぜか性能アップして空をとぶ。娘は「空が飛べるのなら、橋から落ちずに最初からとべよ」と、ツッコミをいれながらも「ああ、楽しかった」。

 急流下りの方は、後半大波にもまれるシーンがあったが、こんどはがんばって波がどうかぶさってくるのか見ていた。実際に波にもまれたら、波のようすを観察する余裕はないだろうから。大波だが、逆巻きも砕けもせず実際の波とはちがうので、揺れるが転覆はしない。でも船酔いしそうだった。

 娘息子は「せっかくパスポート券買ったから閉館まで遊ぶ」というので、私は先に帰ることにした。
 ゆりかもめの中から見るお台場のビルの光と観覧車のライト。汐留付近の光と東京タワーのライト、レインボーブリッジのライト、ひさしぶりにお台場を訪れて、観光客になって楽しんだ。都市のライト。宇宙から見ても東京近辺の明かりの多さは地球の中でも異例というが、本当にきらきらで、都会的。
 これほどキラキラさせるために、どれだけ電力=石油やウランをつかっているのかと思いつつ、このきらめきを美しいと思うならアラビアの石油のために戦うことを拒否できまいと問われたら、どうする。自問自答。

 精神的な問題では今のほうがいいが、物質的な生活では50年代に戻ることもできるだろか。竈でご飯を炊いたことを覚えている最後の世代の人間だから。電気釜も洗濯機もなければないで生活できるとしても、パソコンは手放せない気がする。インターネットが変えた伝達を手放せないなあ。
 アトム誕生の2003年4月7日、手塚治虫は車は空を飛ぶものとして描いたが、お茶の水博士は黒いアナログ電話で通信する。1960年にも70年にも、一般人が世界中の人へ向けて発信できるとは夢にも思わなかった。

 ゆりかもめは相変わらず運行不順で、国際展示場駅で車輌事故が起きたからと、ストップした。それほどの遅れはなく新橋に着いたが、平日だから観光客より通勤客のほうが多い車内、運行不順に慣れているのか、皆さっさと下車していた。7時半。通勤客は家路を急ぐ。

本日のつらみ:ハイテク無人モノレールは、しょっちゅうストップ


2003/04/04 金 曇り夜雨
ニッポニアニッポン事情>桜散歩その2 不自由の女神の国

 昨日、3時半から5時半まではお台場散歩。

 はじめて「自由の女神」のレプリカを見る。この像がお台場にお目見えしたときの大騒ぎ。見物のために列を作り、警察官が誘導にあたったのだという。それから思えば、レインボウブリッジを背景に立つ姿がもう周囲になじんでいる感じがした。
 この像は、USアメリカ52番目の日本州が属州としての自分自身を自覚するためのレプリカだったのか、と気がつく。1960年には全国こぞって52番目の州となることに異議申し立てをした一般庶民。51番目は、プエルトリコ、イスラエル、イギリスの3つが属州化をねらって争っていると言うが、52番目は日本がすんなり決まったよなあ。

 今回の「属国化」には国民一同、騒ぎもせず、コイズミがブッシュにへこへこするのを認めている。ハンバーガーいっこ59円に慣れて、独立国家の気概も尊厳も忘れ、日本には石油ないんだからしょうがないよなあ、アメリカに守ってもらわなきゃジョンイルがミサイル打ち込んでくるよなあ、と首をすくめ、レプリカ女神が東京の街の風景にとけ込んでいるのを違和感もなく受け止める。
 桜満開の中の女神の姿が絶妙のマッチング。このように桜の中にたつならば、われわれのDNAは「自由の女神も神代よりの伝統」と思って受け入れられるのだろう。八百万の神の中にひとり増えても大差ない。

 「戦争反対」のピースウォーキングとやらに参加した人たちの何割が「戦争大賛成」の内閣を拒否できるのかと思うと、デモも「いちおう私、戦争反対って表現したからね」という免罪符になっている気がする。次の選挙につながらないいらだたしさ。民主主義の国であるならば、「戦争反対」なら「戦争賛成の政府」を変えることから始めるべきであろうが。
 デモクラシーではなく、「っても、暮らしぃ」の国の人々の花見。自由の女神越しにレインボウブリッジをながめたり、満開の桜と女神の構図の下、お台場海浜公園を歩く。不自由の女神の国の、「っても暮らしぃ」。「戦争反対、でも、暮らしが優先するから、暮らしを守るためには戦争賛成の内閣に一票」の人々の花見。

 女神像の次に、デック4階のお台場1丁目商店街。1960年代の商店街をテーマにしたショッピング街。
 ショウウィンドゥにある電化製品を指さして、おばさんたちが「ほら、あれあれ、うちにあんなのあったよね」と騒いでいる。電化製品がボーナスごとに家の中に増えている喜びに満ちていた頃。豊かさは家電品の数で目に見え、右肩上がりをだれも疑わなかった。会社村の中で一生を終えることが人生だった男たち、「専業主婦」と呼ばれ、名字が変わることがステイタスだった女たち。
 懐かしさはあるが、再びこの時代の「豊かさ実感」にもどるのがいいか、といわれれば、私はいやだ。ようやく女が窓をあけて外の空気を吸い、ドアから外に出られるようになったんだもの。物質的には昔にもどってもいいが、精神的には「ウーマンリブ以前」はつらい。
 この商店街もビルの中だが、ところどころに海側への出入り口があるから、それほど息苦しくはならない。でも、ひとまわりしたら飽きたので外に出た。

 無料シャトルバスでお台場の中を一周した。パステルタウン、ビッグサイトなどを回って、2時間のお台場ウォッチング。
 昔来たときは都市博中止後の空き地ばかり目立ち、閑散とした荒れ具合が「生まれる前に廃墟となっていた廃都市」光景としてなかなかの味を出していたが、今はこぎれいになり華やかになった。どっちがいいというなら、無論私は廃都市派だ。華やかなショッピングモールは経済活動によってお金を生み出すが、廃墟は何も生み出さず荒涼と立っているだけ。

 バクダッドのミサイル打ち込まれた後の映像はあまりに生々しくて、あれは廃墟ではない。あれは、殺されて血を流している死体。廃墟とは、既にされこうべになっていて「あなめ、あなめ」と風に声をさらしている姿。

本日のうらみ:戦火に巻き込まれている民もあれば、30年前の電化製品を豊かさの象徴となつかしむ民あり


2003/04/05 土 雨 
トキの本棚>『霧のむこうのふしぎな町』比較級「千と千尋」

 一日雨だから洗濯もできないし、とウダウダ。散ってしまうだろう桜を惜しみながら、それでも、夜中の12時に「日本語教授法」の一部をプリントした。

 『霧のむこうのふしぎな町』読了。「青い鳥文庫」をはじめて読んだ。ひらがなのひらき具合が、いい感じ。漢字にはほとんどにルビ。留学生に読ませるなら、最初に「千と千尋」を見せて、ジャポニズム風呂屋を味わってから、こちらを読むといい。

 作品としてどちらかひとつを選べというと、ファンタジー少女文学とアニメという異なる媒体だから、比較がむずかしいが、あえてひとつだけなら、私は「千」。
 ジブリファンには評判がいまいちだったし、私もジブリの中では「ナウシカ」や「トトロ」の方が優れていたと思うが、『霧のむこうのふしぎな町』は、このままアニメにしたら作品として弱い。女の子がほんわかすてきな一夏の思い出を作って、それなりに人々の様々な生活や喜び悩みを知って、成長して両親の待つ暖かな家庭に戻る。いい話だ。
 でも、「心温まるいい話」は、大人まで巻き込んでアカデミー賞ねらうところにはいかない。

 比較級、その1。まず、労働の質が違う。湯屋で千が命じられた労働は、一人前の大人と同じ「労働力」を求められている。登場するカオナシやハクの性格がよくわからないしキャラが弱いというのもわかるが、私は千がちゃんと労働をこなしていることだけでも、「きけ、万国の労働者階級出身者」として評価する。だいたい今時の子で、ぞうきんがちゃんと搾れてぞうきんがけができるなんて、えらいぞ千尋。
 一方、リナが「気ちがい通り」で体験するのは、本屋でも瀬戸物屋でも「手伝い」である。瀬戸物の中から偶然「王子」を発見してわがままな王子を変身させるのも、小学6年生が体験するにちょうどいい「ままごと」のように感じてしまう。登場人物は、みんなイイヒトで、ちょっと陰のあるオバサンも最後には息子の待つ家に戻ってめでたし。たぶん、この作品を素直に受け取るには年をとりすぎたのだ。

 比較その2。ピコットばあさんの挿絵と湯婆婆がイメージそっくりなのは笑えた。
 母と子の関係。湯婆婆の赤ん坊ねこっかわいがりが、赤ん坊自身が求めた成長によってぴしりと拒絶されたことは、ひょっとこお面の坊やが「母ちゃん恋し」から一歩踏み出して成長しないのと比べて、いい感じ。赤ん坊も小学生の女の子も自分の力で成長するのだよ。

 1975年にこのファンタジー小説が発表されたときには、ちょっとしたセンセーションだったというのだが、私はまったく知らなかった。当時はナルニア国とか、フランバーズ屋敷とか、外国ものばかり読んでいたような気がする。当時これを読んでいたら、少女の「ひと夏の思い出」話としてさらっとうけとめ、「中学校の図書館にいれてもいいかな」って判断したかもしれない。
 でも、もっと過酷で凄惨な成長もあることがわかってしまった大人にとっては、ちょっとものたりない。自分自身には一筋の傷さえ受けずにさらりと成長できる好運な女の子への嫉妬か。

 今や、クレヨンしんちゃん映画、仮面ライダー、○○レンジャーものまで、子供のパパママねらいのへんに大人びた小理屈つきの話にするのがはやりだから、気ちがい通りの話も、湯屋に底上げしなければ大人を巻き込めないという計算は見事にあたったというべきであろう。

本日のひがみ:私の役回りは、豚になる「千」の母親


<つづく>
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