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ぽかぽか春庭「ドストエフスキー『白痴』」

2016-11-16 00:00:01 | エッセイ、コラム
20161116
ぽかぽか春庭@アート散歩>劇的なるロシア(1)ドストエフスキー『白痴』


 14日スーパームーン満月。東京は、雨で見ることができませんでした。15日夜、十六夜の「SuperMoon runner up ほぼスーパームーン」を見ました。薄雲がかかっていて、薄ぼんやりの十六夜でした。
 娘息子は録画のフィギュアグランプリフランス大会エキシビジョンを録画で見ていて、「スーパームーン?3割大きい、それがどうした」と、関心なし。

 我が家、テレビをいっしょに見るのが、親子ですごす日々の娯楽。家族そろって昭和生まれだもんで、「テレビが娯楽の昭和の家族」やってます。
 毎期、娘は、これからの3ヶ月に見るドラマを選びます。秋からの3ヶ月は、ほかのシーズンに比べてドラマ枠がすくなくなります。フィギュアスケート、グランプリシリーズ、ジュニアグランプリシリーズ、放映される競技は、全選手全演技、エキシビションまで見るから、ドラマを見る時間がなくなるからです。

 この秋の、「親子3人でいっしょに見るテレビドラマ」は、戦国史研究の息子に解説してもらうのが楽しみな「真田丸」のほか、「クイーン・メアリー」「戦争と平和」という海外ドラマ2本になりました。

 「戦争と平和」は、リリー・ジェームズが主役のナターシャを演じるというので、娘が「岩波文庫で6巻もあるのを読むのはしんどそうだから、全8回ドラマ見て「戦争と平和」ストーリーわかるならいいかも。リリーはかわいいし」と、見る気になりました。リリーは、ディズニー実写版シンデレラ役に抜擢された現代のシンデレラガールです。

 私はトルストイの原作ほか、オードリーヘプバーンのナターシャもリュドミラ・サベーリエワがナターシャ役のソ連映画も見たので、娘からは「母はすぐに先走ってストーリーをしゃべるクセがあるから、ぜったいに先のすじをしゃべっちゃ駄目」と、釘を刺されています。このかわいいペーチャは、戦死しちゃうんだよなんて口走ろうものなら、「もう二度と母といっしょにドラマ見ない」と言われます。

 トルストイの小説のほか、ドストエフスキー、ゴーゴリ、ツルゲネフ、チェホフなど、ロシア文豪の名作は、映画や演劇でおなじみの作品が多いです。娘と同じように、長大なロシア文学を読み通すのはたいへんだから、映画やドラマで見たら楽しいかも、と思う人が世界にはたくさんいるのかも。需要と供給。

 『戦争と平和』ほかのトルストイ作品、「アンナ・カレーニナ」など、何度も映画化テレビドラマ化されています。
 ロシア文学、そのほかにも、ドストエフスキー(1821-1881)の『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』なども、何度も映画やドラマになっています。
 黒澤明は、ドストエフスキー『白痴』を日本の札幌に舞台を置き換えて映画化するなど、お気に入りの作品でした。

 友人のK子さんが属している劇団がドストエフスキー『白痴』を上演してきました。私は両国のシアターカイで2度見ました。
 今年の夏、劇団はロシアの演劇祭に招かれて『白痴』を上演してきたということで、帰国後、渋谷の文化総合センター大和田さくらホールで「ロシア凱旋公演」を行いました。私も、K子さんに招待券をいただいたので、見てきました。

 K子さんが所属しているのは、スタニスラフスキーのメソッドを取り入れて演劇活動をやっている「スタニスラフスキー・スタジオ」というところ。
 リアリズム演劇の基礎を作り上げたのがスタニスラフスキーであり、現代演劇はどんな演技をするにせよ、スタニスラフスキーメソッドの影響を受けていない演出家や俳優はいない、ということなのですが。

 中学校教師の時代、部活動指導で、私は演劇部の受け持ちになり、中学生を指導するためにずいぶんと演劇の勉強もしました。しかし、具体的な生徒への指導としては、「もっと声を響かせないと、客席のうしろまで聞こえないよ」と、発声練習をさせたくらいで、あとはスタニスラフスキーもへったくれもなく、ただただ、言うこときかない中学生ドモをまとめるのに必至でした。ほら、そこ、声をだせ、声を!と怒鳴っていました。

 『白痴』を客席数100のシアターカイで見たとき、みな、すばらしい演技と思いました。今回のさくらホール、キャパは500人くらいで、演出が変わる、と、いうことを聞きました。どんなふうに変わったのか興味がありましたが、舞台装置ほかの演出の変更はあまり感じませんでした。

 ただ、常設劇場の椅子が28席という下北沢にある本拠地ミニシアターのスタジオや通常160席の椅子を100席ほどに縮小していたシアターカイに比べて、ホールが大きくなったのに、女優の声が客に届かなくて、聞こえなかったのが残念でした。
 声を張り上げる場面の台詞は聞こえるけれど、ささやく声やうつむいての台詞がよく聞こえてこないので、ありゃりゃ、でした。

 私は若いときから耳が弱かったのに、年取ってますます聞こえが悪くなっているので聞こえないのかと思いましたが、私の後ろの席の若いお嬢さんふたりが「え、聞こえない、ねぇ、今なんて言った?」「あ、私もわからなかった」と、ささやいている声はよく聞こえたので、舞台の声が私にわからなかったのは、私の耳のせいではないみたいでした。

 K子さんが教わっている演出家は、「登場人物の心」を俳優がくみ取って演技を組み立てていかなければ、声を出しただけではその演技が客の心には伝わらない、という指導をしているのだ、と聞いたことがあります。でも、ささやく声でも客席のいちばん後ろにまで聞こえるのでなければ、俳優の声ではない。
 近頃の劇場ではマイクを使うので、発声訓練などしない若いタレントでも、声の心配などしなくてよく、テレビで人気がでれば舞台に使われるということですが、スタニスラフスキーメソッドという劇団の俳優の中に、聞こえない声があったのは、残念至極。

 明治時代の日本での翻訳で『白痴』という語に当てられた「Идиот」は、英語では「Ideot」。現代なら「おバカさん」くらいの訳語になったのではないか、と、前に白痴について書いたときも同じこと書いたので、前回の感想を見たい方はこちら。
http://blog.goo.ne.jp/hal-niwa/e/333e4d5b34b16a6635595f36b7ae3381/?cid=8f57963c51f05c52ba844fdae8489229&st=0

以下、『白痴』のネタバレを含む。

 ドストエフスキーが患った病は、「側頭葉てんかん」でした。その持病の悩みもあったからでしょう、主人公ムイシュキンがスイスに治療におもむいた病を「てんかん」と書いています。てんかんは脳の神経の病気であり、発作が起きると激しいけいれんなどによって低酸素脳症となり、知能の働きが阻害される。
 差別用語の「白痴」は、重度知的発達障害を意味しており、現代の社会では使用されない語です。また、てんかんと診断されても、発作を抑える薬をきちんと飲んでいれば、日常生活が不自由になることはありません。

 ムイシュキンのかかっていた「てんかん」が、具体的にどのような症状だったのか、詳しくはわかりません。ムイシュキンはスイスでの治療で「よくなった」と、自分では言っています。
 ムイシュキンが舞台の最後に現れたとき、東京ノーヴィーの演出では車いすに座ってぐったりとしており、思考能力を失っているように見えます。
 様々な衝撃に耐えられず、ムイシュキンが「てんかん」の発作を起こし、低酸素脳症で思考能力が失われたのかと思います。愛する人を失ったショック性の思考能力の低減かもしれません。

 ムイシュキンを「Ideot」と言うのなら、2000年前のローマ世界に現れたかの人も「Ideot」であった、と、ドストエフスキーは作品タイトルをつけたという解釈があります。 無垢なる魂は、19世紀のロシアでも21世紀の日本でも生きづらく、「Ideot」とされることでしょう。

 今回の舞台でも、ムイシュキンの「無垢な魂」は伝わりました。
 でも、彼の無垢さが、結局はあの時代のロシアでは社会のなかで浮き上がり、彼の周囲の誰をも幸福にしなかった、ということ、たったひとりの女性を幸福にしてやることができなかった、ということ。

 私は、ドストエフスキーによって作り上げられたキャラクター「ムイシュキン」を、「だれも幸福にしなかった無垢な人」にしたのは、なぜかなあと思います。「Ideot、おばかさん」は、ただ純粋無垢なだけでは「美しい人」にならない。ムイシュキンは、ナスターシャとアグラーヤというふたりの女性を救うことはできませんでした。

 「完全に美しい人」を描きたい、というのがドストエフスキーの小説執筆の意図だったそうです。彼にとっての美しい人とは、19世紀ロシアの現実のなかでは、破滅へ向かうしかないのでしょう。美しい人とは、他者に共感でき、他者の苦しみを共に背負える人、とドストエフスキーは思っていたと。
 帝政ロシア社会では破滅してしまったムイシュキン。しかし、この無垢な美しい人がこの世代には存在する、ということが、21世紀の私を励まします。

観覧記録 
2016年10月5日木曜日 
渋谷区文化総合センタ@ー大和田さくらホール
東京ノーヴィーレパートリーシアター 
演出:レオニード・アニシモフ
脚本:ゲオルギー・トフストノーゴフ
出演:ムイシュキン:菅沢晃 ほか。  

<つづく>
コメント (3)
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