gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

片貝まつりは今年も雨降らず

2012-09-12 20:27:00 | 花火

▲世界一 正四尺玉「昇天銀竜黄金すだれ小割浮模様」

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 週末は片貝まつりだった。
 片貝の集落とはちょっと離れているが、私も小千谷の人間。どうしてもソワソワする。

 ただ、今年は日曜&月曜開催で、9日は激混みなるだろうと予想。実際、13時にはすでに片貝バイパス(片側のみ無料駐車可能)が満車状態だったようだ。
 知人に朝から場所取りをしてもらい、日が傾いてからのっそり参陣。見物場所から歩いて30分弱の位置の車を止めるのだが、すでにその辺りも車がいっぱい。そして、大分会場にから離れているというのに、こんなところで見るんですか!って人がわんさかわんさか。団体ツアーの駐車場から動かない人もいるもんなぁ~。




▲日本一 正三尺玉

 片貝の町中に入っても明らかに人口密度が高い。
 まぁ、日付固定の片貝まつりでは何年に一度のことだから仕方ない。
 前回の週末開催の時は2日とも雨にたたられた。もう、足元を川のように雨水が流れるほどだった。さすがに私も中途撤収したほどである。
 今回も日本海側に鎮座ましましている寒冷前線の影響か、予報はずっと雨傘。しかし、日中はこれでもかって晴れていた。念のために持ってきた『枝豆テルテル坊主』をリュックに忍ばせていったためか、打ち上げ直前に雨傘は見事に消えた。

 凄いぞ、このテルテル坊主。たまむらの時がマグレじゃなかったんだ~。

 桟敷下の畑の一角に陣取って準備をすれば、日もとっぷり暮れて打ち上げ開始である。


▲二尺玉 黄金千輪二段咲き
 10日の四尺がこの玉名だが、それの半分版ってところか。


 9日は番外が異様に多い。
 翌10日に比べて50番ぐらい多いのである。まぁ、その分番号が少ないのだが(10日は番号ものが多い)。次から次へと番外が打ち上がる。名物アナウンスの横山さんも必死である。
 もう何十年もこのアナウンスをしている横山さん、年代は推して察すべし。そんな横山さんに挑戦するかのように、今年も花火番付に若者言葉が踊る。

 きゃりーまみゅまみゅ組です★つーけまつーけま組女子♡ 
 ワイルドだろぅ?
 うちらの友情は永遠だお♡♡
 ずくだんずんぶんぐん

 これ、読む人も大変だけど入力する位下印刷も大変だわ…。



▲二尺玉2発同時打ち
 奉納主のオムニホールディングスって何?って調べたら、地盤調査やそれを基にした災害に強い家づくりをしている長岡の企業らしい。


 時折遠雷が光ってはいたものの、桟敷北側は煙はけも比較的よく、終始花火を楽しめた。
 そして相変わらず「大柳火」が上がるタイミングが分からない。厳密には昇銀竜が付いているものの1/3がそれなのだが、この辺りは常に賭けである。
 さらに今年は大柳火に小割千輪を入れたものや、キラキラを入れたものがあったりして、この古いタイプの和火があらぬ方向へ進化しようとしている感じがした。
 そんな中、笑えるのは「鯛芯花火」「スマイル芯花火」「ハート芯花火」。
 そりゃ原理は多重芯より簡単だろうけれど、こんなのを作るのってここぐらいだよな(褒めています)。挙句の果てに伊勢で鯛芯上げちゃったりしているんでしょ(笑)。
 
 来年以降バリエーションが増えるのか否や…。


 大柳火と合わせて、カメラ族にとっては非常に悩ましい花火が増えてしまった。


▲慰十六会奉納創立五十周年記念 大スターマイン
 やけに気合いが入っているぞって思ったら、会長が本田社長だった。


 新作といえば、千輪のバリエーションも増えていた。
 常総で上がった山百合系もあったし、リング千輪、雪千輪、そして千輪二段咲き。尺の同時打ちで千輪二段咲きをやられると、なかなかに迫力がある。
 二尺も1発は二段咲きだった。

 千輪好きとしては、なかなかに楽しみな行方である。

 


▲団体ツアー参加者一同奉納 特大スターマイン
 昨年から奉納を始めた団体ツアー一同。個別に奉納している旅行会社もあるが、小さな会社や地元個人旅館も一緒になれるのがいい。


 翌10日もなぜか夜だけ雨傘マーク。それも夜更けに向かってだんだん強くなる数値を示している。
 なんだかそれだけで嫌気がさして、乳幼児込の家人と一緒に遠花火となる。
 でも小粟田の辺りでも時折横山さんのアナウンスって聞こえるものなんだね~。農道には遠花火観覧組がかなりたくさん連なっていた。

 途中で乳幼児が熟睡した時点で撤退。それでも三尺を見てからの撤退となった。
 実家に付いた時点で三尺2発目の音が響く。

 その後3階に上がって北側の窓を開けると、5キロちょっと離れた場所からも尺玉がしっかりと見える。最後の四尺に至っては、近くで見ていたら分からない高度感までしっかり見ることができ、しかも非常によい千輪の広がりであった。
 翌朝、新潟日報を見て、近くよりちょっと離れたウチの方がよっぽどきれいにこの花火が見られたこと知る。まぁ、横から見ている感じになるからだけどね。




 ちなみに、雨傘は実用されることはなく、結局2日とも天気予報はよい方向へ大外れであった。
 


▲つどい会奉納 祝還暦大仕掛け超特大スターマイン
 9日の盛り上がりの一翼を担う還暦スターマイン。いつもは黄金錦一色なのだが、今年は千輪好きの会長なのか、最初と最後に大量の千輪をブチ込んだ。歓喜である。




大曲の小ネタ

2012-09-05 22:53:00 | 花火

▲大会提供花火「Believe」@大曲の花火 【合成】

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 先週末から右の手首が痛く、月曜日には完全セメント化。これは腱鞘炎か!?と思いつつ、朝も昼も夕方も仕事のアポが入っていたためどうにも病院に行けず、くっさい湿布を張って通勤。
 そういう日に限って、細かい「赤字」を入れなければならないわけで、決してきれいではない私の字が力の入らない右手により、より幼稚化していく…。

 それでも何とか定時に仕事を終わらせて(いやお○○帰りして)前に左手のお世話になった接骨院に駆け込んだ。

 血行障害による炎症。
 どうもストレスがそんなところに出るらしい。


 というか、今現在ストレスらしいストレスは抱えていないのだが…。
 私の場合ストレス性の疾患(十二指腸潰瘍とか円形脱毛症とか、顔面麻痺とか、謎の左手痛とか)はすべて当人がストレスを感じていないときに発症する。鈍いんだか、敏感なんだか…。
 ということで、接骨院の電気温熱治療と手業でとりあえず握力が戻る。以前たまたま飛び込んだところだが、ありがたいところである。
 まだ力いっぱいに荷重をかけるわけにはいかないが、日常生活にはほとんど影響のないところまで回復している。赤字でもなんでも持ってきなさい状態である(笑)



▲大会提供花火「Believe」@大曲の花火 【合成】


 今週末には片貝だし、とりあえず大曲での小ネタを出しておく。って、今回はそれほどないのだが…。

 今回、大曲の観覧席はカメラマン席が当たった。ラッキー!!とは思ったが、以前から評判がよくない所であることは知っていた。
 そして現場に立っていろいろと悩ましいことが…。

 眼前に障害物多すぎやんけ~!!

 極力トリミング等で外しているが、非常に精神的に困難なミッションであった。

 「あぁー、トイレから上がっている~」
 「あの回転灯ジャマ~」
 「電線が横断している…」→露店のため臨時電線がより広がったらしい
 「そんなところにライト設置するんじゃねぇ!!」→後半で悲惨なことに…



▲大会提供花火「Believe」@大曲の花火


 何よりも、カメラマン席は虫が嫌いな人には1秒も我慢ならんところであるということかな。わたしゃ、田舎育ちでよかったよ。
 カメラマン席の後方から非常に明るい灯光器が会場を照らしていたのだよ。
 夏の夜、光が溢れるところには無条件で虫が集まってくる。

 えぇ、えぇ、今回も「虫めづる姫」真っ青な状態でしたよ!

 カメラの周りもブンブンブン、顔面めがけてブンブンブン。当然カメラめがけて飛んでくる写りたがり野郎もブンブンブン。空を見上げてみれば、ヒッチコックの「鳥」張りに虫が飛んでいるのが目視。ファインダーからも虫が見えるのだよ~。
 ただ、見えるのは人の目であって花火のように長時間露光では「カメラの目」には動きの速い虫が写らないのだけが救い。

 それでも虫を何とかしようと、虫よけシート(通常はこれで首筋を拭いたりするもの)をカメラ周りや三脚周りに張ったり、頭に結び付けたりと、悪戦苦闘。


 しかし飛んでくる虫にはほとんど効果がなかったかも…。



▲大会提供花火「Believe」@大曲の花火 【合成】

 

 そしてこの話には後日談が…。
 ポケットに入れていた虫よけシート気づかずに洗濯をしてしまい…。

 洗濯物を干したベランダには細かい紙吹雪がいっぱいだったorz いったい何枚洗ったのだろう。


 ライトに関しては、おいでんに引き続きである。
 大会提供花火終了と同時に、バナナ階段には一斉に走って会場脱出者が続出した(すべて終了してから脱出しようとすると大変な混雑に巻き込まれるためである)。あわてた主催者が、危険な階段を明るくしようと、追加の灯光器を持ち出した。
 それ自体は当然なんだけれど、私の席からだと10号割物の真下にそれが入ることになる。
 曲導から取りたいタイプなので、長時間シャッターを開けていると投光機によるゴーストが大量発生。
 うっかり低空開発したり、引き先が長いものだったりしたらもう光の乱交状態となる。というか、もはや照明のレイプだな。

 それなのに割物優勝の信州煙火さんの自由玉は冠菊だったもんなぁ…。写真を撮りつつ、泣きそうになったのは感動のためではない、残念ながら…。



 ここが普通のC桟敷であれば致し方ないのだけど、一応「カメラマン席」として買っているのよねぇ。はぁ。




▲大会提供花火「Believe」@大曲の花火 【合成】


 今回初めて花火鑑賞士会の「花火セミナー」のお手伝いをした。私の担当した場所は少数での運営となり、ほとんど休みなしだった。
 そしてカメラマン席は原則立ち撮りである。
 まぁ、座って撮ってもいいのだけど、できるだけ高い位置で撮りたいのがカメラマン心理である。
 都合約10時間ほぼ立ちっ放し状態で、花火終了後の歩きが生まれたての小鹿状態。途中、ババヘラの補給ができなければ、かなり行き倒れになっていたに違いない。

 そういえば、一時期流行った動物占いは小鹿だったな。



 そして、花火会場から「わらび餅」が消えていた小さな哀しみ。
 何故花火会場でわらび餅なのか、という疑念を持ちつつも、ここ数年暑い大曲の花火で、あの冷え冷えツルツルのわらび餅は貴重な食材であった。
 今年もわらび餅を求めて屋台前を右往左往したが見つからなかった…。バナナからアップル辺りまで歩いたんだけれどねぇ…。
 やはり、わらび餅は花火会場じゃないよねぇと自嘲。

 そして貴重な休憩時間に無駄に歩いたことが上記にさらなる拍車をかけたものと思われ…。


▲大会提供花火「Believe」@大曲の花火


 まぁ、そんな些細なこと(本音か!?)を除けば、今年も渾身の花火をいくつも見ることができて、それ自体には満足である。運さえよければ、なんだかんだと来年も会場にいるんだろうなぁと思うよ(またおぢやまつりと重なるんだよなぁ)。




 もう2年も使ってきた画像ソフトに「合成」機能があることに気付いた8月。
 今回のように煙が滞留する環境下ではこまめに切って、あとで合成(重ね)という方法をとってみた。写真下に【合成】と書いてあるのがそうである。

石巻にも行ってきた

2012-09-01 23:28:00 | お出かけ
<object width="'460'" height="'335'"><param name="'movie'" value="'http://www.digibook.net/p/94-sMMJdv2UPzqVa/'"/><param name="'wmode'" value="'transparent'"/><embed src="'http://www.digibook.net/p/94-sMMJdv2UPzqVa/'" type="'application/x-shockwave-flash'" wmode="'transparent'" width="'460'" height="'335'"></embed></object>
▲大曲の翌日、石巻に行ってきたときのスナップをまとめました。デジブック30日限定公開です。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 大曲の花火の翌日、宮城県の石巻に行ってきた。
 先の震災、津波にで大きな被害を受けた町である。長岡花火がフェニックス花火を贈っている町である。昨年石巻で開催されるはずだった「花火サミット」は来年の夏、石巻で開催される予定だ。

 行ってきたといっても、鉄路はまだ結構不便である。便利なのは、仙台から30分おきに出ている宮城交通の高速バスだ。予約不要定員制。片道800円、往復なら1,500円になる。
 石巻は被災地にしては震災後の情報管理がうまく行っているようで、観光的情報もかなり詳しく更新されている。私のように全くの外からここを訪れる際には非常に役に立つサイトだ→東北に行こう! 石巻

 三陸自動車道を下りた石巻の町は全然被災地の顔をしていなかった。
 津波は内陸部にまで達してはいないのだから、震度5強ではそんなものだろう。インター近くのイオンではワーナー系のシネコンが夏休みっぽいラインアップを上映していた。
 
 石巻の駅の辺りは市庁舎をはじめ町全部が1階部分まで水没していたそうだが、震災1年以上もたつ今となってはその痕跡を求めるのは難しい。
 それでも海沿いは、更地も目立ち、残っている家々の被害は津波の破壊力を想像するのに十分な状況であった。

 高台の日和山公園に上る道は、結構急だった。汗をかきかき上ると、視界が開けてくる。
 白いUFOのような外観は石ノ森萬画館。トヨタの「RE BORN」CMに登場したところだ。http://youtu.be/OG9Ngj1Ktbw

 日和山公園は石巻市街と海側の南浜、門脇地域、旧北上川を挟んで漁港エリアが見渡せる高台にある。遠くは奥松島や牡鹿半島(女川原発がある)まで見える。かつて芭蕉と曽良もこの地と訪れたという。

 その高台から見る風景は、緑だった。

 津波が町を洗い、さらに火事が残った建物を焼いてほとんど更地となっている。季節がめぐって、そこに雑草がはこびり出した姿、それが今の風景だ。災害の跡地に立つたびに思う、「自然の残酷さ」はここでも平等に残酷であった。
 ちょうど、どこかの行政団体が視察に来ていて、一緒に付いてきていたボランティアガイドの話を小耳にはさみながら、その風景を見ていた。
 ここにはそういう団体のほかに、家族連れなど個人で訪れる人が意外と多かった。いや、町中もそういう人たちが意外と目に付いた。

 石巻でも古くからの市街やこの界隈は比較的復旧作業(復興の前段階)が進んでいるようで、ガイドの人もこの辺りを中心に案内しているようであった。
 ちなみに山のあなたの北上川本流近くにある大川小学校ではいまだに4名の児童が行方不明で、毎日親御さんが捜索活動を続けているという。ここには案内できないとガイドが言っていた。

 旧北上川のほとりに下りてみる。
 更地が目立つが、それはかつて人が住んでいたところであり、日曜だというのに土埃を上げて走る4トントラックが目立っていた。それは中越地震の後の小千谷の風景と被る。

 そして、石巻の内陸と海沿いの復興格差はこれから難しい問題を一時発生させるだろう。それはどの災害の被災地も通った道であるから仕方ない。とはいえ、当人たちは生きることに必死だから、なかなか苦しい時期になる。

 こんなに頑張っているのに…。もう、頑張るのに疲れた…。

 「こころの復興」が必要な時期になる。これは、一斉にブルドーザーを持ってどうにかできることではない。一人ひとりの心の復興には一人ひとりのケアが必要だから。

 だからこそ、外側にいる私たちは彼らを忘れてはならないし、応援していかなければならないのだと思う。





 JRびゅうでは震災復興応援ツアーを企画している。http://www.jreast.co.jp/tabidoki/tohokuouen/index.html?src=rcmd
 東京発のコースもあるので、まずは現地に行って見てはいかがだろうか。美味しいお土産をたくさん持って帰って来れること間違いなしである(私は買いすぎた~)。


▲石巻で見かけた大曲の花火のポスター。実際行った人がいるらしい。


▲石巻の「ビフォー」