2010.6.30(水)曇
今日も梅雨の合間の晴れ間で、湿度が低くて爽やかな日である。前線の上がり下がりで雨が降ったり晴れたりするわけだが、九州あたりでは降雨が続き水害の危険もあるようだ。先日テレビで大規模な土砂崩れである深層崩壊の報道をしていた。従来は表層崩壊というのが一般的だったのが近年深層崩壊が増加しているとのことである。こういう大規模な土砂崩れとなると従来古地名で安全と思われる地域も安心していられない。ましてや危険と思われる地域の地名「押切」「クラカケ」「ジャク」「クドレ」「サルウチ」(「とちぎの地名を探る」から)なら不安なことこの上ない。
幸い念道はそういう意味の地名ではないようだが、背後の斜面といい、急な谷筋といい決して安全な場所では無さそうだ。これはじょんのび村も一緒で、危険は予想できるのだが、さりとてどうすりゃ良いのさという感じとなる。
さて念道に対する言葉の意味は数多く候補が出たが、本来は同じ地名を探して、共通点を見つけるのが常道である。ところが今のところ見つけた念道は和束町杣田にあるのみである。杣田は字のとおり杣山(湯谷山)の麓に展開した村で、大嘗祭に良材を出したといわれている山林の村である。現在は写真で解るとおり、茶畑が拡がり、茶業が盛んなようだ。和束川の支流杣田川に沿った街道が杣田川を渡り、本流を離れ南西に向きを変えた辺りが念道のようだ。山の麓、川のそばという点は共通点だが、そういった地形はいくらでもあり特徴的なものではない。ただ一つ気になったのは、和束町は古代からの金属産地であり、別所、金垣内、釜塚、菅谷など金属地名が並び、真言密教の寺院も数多いことである。とりわけ著名なのが鷲峰山金胎寺(じゅぶせんこんたいじ)で役小角(えんのおづぬ)開祖といわれる真言宗醍醐派の大道場である。ひょっとしたらこの鷲峰山(685m)が、木屋峠から下りてきて念道にさしかかったら望めるのではなかろうか。地図を幾ら眺めてもこればっかしは現地に行ってみないと解らない。気になるのは上林の念道には上林街道を遡って、初めて君王山光明寺が望め、思わず念仏を唱えるという言い伝えがあるのだ。(念道のこと(3)2009.8.27参照)私は地名を考える際漢字にとらわれるのは附会が多いと考えている。念仏を唱える道だから念道というのはあまりにも後から附会した様に思えるので無視していたのだが、実は光明寺も真言宗醍醐派の寺院なのだ。ひょっとしたら宗教上の用語、修験道用語の中に念道というのがあるのかも知れない。
正面に君王山光明寺が望める。最も高い稜線は若丹国境である。
そうなると今までの説はご破算にしてまた新たな説として紹介することとなる。今回はここで一旦筆を置いて調べ直してみたいが、柳田国男氏が、「地名の研究というのは労多くして実りの少ない学問である」というようなことを言っておられたことがよくよく解るような気がする。この項おわり。
【作業日誌 6/30】
プッコチ、鷹の爪再播種
今日のじょん:巧妙な脱出後編
じょんは敷地から出たらいけない、怒られるというのは解っている。ところが以前ぽんぽこぽんのボールを蹴飛ばして、道路まで追いかけていったことがある。夢中でボールを追いかけたら、そのむこうにお友だちが居た、そうなると吾を忘れてしまうようだ。その経験があったためか、ボールを咥えて帰ってこずに芝生まで行き、ボールを落として、脱出するのだ。みえみえとはいえ、巧妙な脱出劇だ。もっともしこたま怒られて、しょぼちんとなっていたが、、、、。
普通はこのまま帰ってくるのだが、、、、、。