2013.7.20(土)晴れ
古代の文化を考える場合、稲すなわち農耕と鉄すなわち金属というのが底流としてあるように思う。農耕と金属は車の両輪の関係だと考えている。もちろんベースは農耕なのだろうが、古代の国家の成立や権力の集中という意味では金属が大きく寄与するのではないだろうか。農耕は収量の多寡は地方差があったとしても、どこでも何らかの収穫は得られるものである。ところが金属は産地も限られるし、権力が能動的に力を入れないと獲得できない。
農作物の保存期間は数年で、金属は半永久的である。権力が力点を置くのは金属ではないだろうか。
古代史を研究する人たちの間では農耕文化を基調にする方と金属を基調にする方の論争がよく見られる。車の両輪と考えれば対争うことは無いように思うのだが。
ところが世の中というのはそれほど単純なものでなく、測量という分野が出てきた。測量というだけではさほど注目されないのだろうが、根底には祭祀という古代ではもっとも重要視されたものがあるので無視できない。
この金属分野と測量分野の葛藤が「古代の鉄と神々」(真弓常忠)と「知られざる古代」(水谷慶一)の論争である。論争といっても真弓氏の一方的な水谷氏への批判であるが、金属一辺倒の考え方のあったわたしは、真弓氏の立場に立った記事を書いた。(2010.1.10~12日)
この2冊は読み比べると面白い。
現在少し考え方が変わってきている、古代人が呪術的、宗教的なものを日常生活から政治の分野でも重要視していたことは誰もが認めることである。それでいながらレイラインだの陰陽五行説は非科学的だと言って無視、排斥するのは矛盾である。
「飯の山の秘密」の岩田女史に逢ったことは、大きな転換であった。上林老富の生守山は金属由来で解こうとしても限界を感じていたところである。
「飯の山の秘密」は画期的な論文であるが、理解するのは難しい。何度も読み返しているのだが理解できない部分もある。それならば同様のジャンルの本を読んだほうが楽しく学習できるのではと思い買った本が本書である。
「古代史を解く三角形」大谷幸市著 中日新聞社 昭和57年3月第一刷 古書
実は既に3冊の本を読んでいる。
【作業日誌 7/20】
庭木剪定2日目(かなめ、1/3)
カナメだけでなく、ユーカリもばっさり。
【今日のじょん】上林の草刈りは超一流である。綾部のホームセンターの草刈り用品の売り上げは上林で持っているという、何とも怪しげな噂があるぐらいだ。ところが最近草刈りのレベルを落としている連中が居る。シルバー人材センターと年一度の府道の草刈りである。府道の草刈りは落札業者が変わるので一概に言えないが、ここ3年は低レベルである。今日も散歩中に、じょんが「この草刈り変やで」というので見てみると、これは地元の人の手ではない。いよいよ府道の草刈りが始まったかとわかるのである。